隣の老夫婦

闇島

隣の老夫婦

数年前の話。


就職に伴って独り暮らしをすることになった私は

都市部から離れてるけど、駅が近くにあって

家賃も安い築40年程のアパートを見つけ、入居を決めました。


私の部屋はアパートの2階の一番端でお隣には老夫婦が住んでおり、

引っ越しの挨拶に伺ったところ、とても温かい雰囲気の老夫婦で


「何か困ったことがあったら、いつでも言ってね」


と優しく声をかけてくれました。


実際、入居してからも老夫婦は、まるで私を孫のように気遣ってくれて、

初めての一人暮らしでホームシックになるかと思っていましたが、

心強い味方がいるような気がして、なんとか新社会人生活を送ることができました。


ただ、一つだけ困ったことがありました。


おばあさんが時々料理を作って持ってきてくれるのですが、

それが鯉こくとか、川魚と魚卵の煮物みたいなものばかりで、

味も臭いも酷く、あまり食べ慣れないものだらけだったんです。


手作りの蒟蒻を貰った時は、何時間煮ても灰汁が出てきて

とても食べられるようなものではありませんでした。

今思えば、私の料理の知識不足だったかもしれませんが・・・


私は、おばあさんに悪いと思いながらも料理を袋に詰めて捨てていました。


タッパーを返す時は、

「美味しかったです。ありがとうございました。」

と伝えるとおばあさんは本当に嬉しそうに笑うのですが、

その笑顔に対して、私は後ろめたい気持ちでいっぱいでした。


何度か断ろうと思ったのですが、おばあさんの気持ちを考えると

無下に断るのも悪い気がして、結局ずっと料理を捨て続けていました。




入居してから5年くらいたった頃のことです。


老夫婦とパタリと会わなくなりました。


どうしたんだろうと気にかけていましたが、

私も仕事が忙しく夜遅くまで残業することも多かったので

たまたま出会わないだけだろうと思っていました。


ある日、仕事から帰って

買ってきたコンビニ弁当を食べようと思っていると、


「ピンポーン」


と玄関のチャイムがなり、インターホンに出ると隣のおじいさんの声がしました。


『最近帰るのが遅いみたいだね、良かったら家でご飯でもどうだい』


夕食へのお誘いようです。


おじいさんの声を聞いて、なんだ、元気そうにしてるんだ。

やはり、たまたま会えないだけだったのかと少しホッとしました。


しかし、おばあさんの料理の味を知っていた私は

(どうしようかなぁ、断りたいなぁ・・・弁当も買ってきちゃったしなぁ)

と考えていたのですが、気を使って招待してくれた手前、

やはり断るわけにも行かず夕食を一緒にさせてもらうことになりました。


玄関を開けるとおじいさんは居なく、隣の部屋の玄関が少し開いていました。


『おーい、こっちだ、早くおいで』


奥からおじいさんの声がします


老夫婦の部屋の扉を開けた途端、物凄い異臭を感じました

料理の臭いとは思えないような強烈な腐敗臭・・・


『おじゃまひます』


となるべく鼻呼吸をしないように返事をして、部屋へ上がりました


部屋は真っ暗で廊下の奥の部屋からおじいさんの声がします


『料理はできてるよ、冷めないうちにおいで』


部屋へ向かうと悪臭はより酷くなっていきます。

いくら鼻呼吸をしないようにしたとしても限界があります。


そして、部屋の扉を開けた瞬間・・・

突然、周りの景色が暗くなり再び明るくなったかと思ったら・・・


私は椅子に座っていました。



机を見ると、ウジがたかる肉、ドロドロに溶けた魚、

カビの生えた悪臭を放つ”何か”がずらっと並んでいて

目の前には、黒い人の形をした物体が椅子に腰掛けています。


それは、黒く変色し変わり果てた姿のおばあさんでした。


隣には、腐ってぐちゃぐちゃになった料理を手づかみで食べるおじいさん。


あまりの光景に私は激しく嘔吐すると、そこで気がつきました。

体がまるで縛り付けられているかのように全く動かないのです。


『さあ、婆さんの料理だ・・・食べなさい』


おじいさんは私の顔を瞬きもせずに見ています


「あの、あ、あ、あの、何なんですか?

 おばあさん、どうしたんですか?」


おじいさんは表情一つ変えません


『お前さんが、ばあさんの料理を捨てていたこと、わしゃは知ってたよ』


心臓が一瞬止まりかけました


『婆さんの料理は、そんなに不味いか?』


私は涙が止まらなくなり、首を横にふるのが精一杯でした。


『ばあさんはな、昔は料理教室を開くほど、料理上手でな

 料理を作ることが何よりも楽しかったんだ

 いつごろだろうな、ばあさんはもう自分が何を作ってるのか

 味も何もかも、わからなくなってしまったんだ』


おじいさんが淡々と語る中、

私はすいません、すいませんと謝ることしかできませんでした。


『謝るのはよしてくれ・・・

 お前さんには、最後にばあさんの料理を食べてほしいだけなんだ

 最期の手向けに・・・さぁ食べてくれ、ばあさんが喜ぶ』


すると私の右腕は、まるで、おじいさんに操られているかのように動き始め

眼の前のウジがたかった肉を掴むと、

掴んだ肉をそのまま無理やり口に押し込んできました。


腐敗臭と、なんとも言えない味が口の中に広がり、

意識が薄れそうになる中、ああ・・・これはおばあさんの料理の味だと思いました。


すると、目の前のおばあさんの遺体が

顔をもたげてこちらをみると、にこやかな笑みを浮かべました。



気がつくと、私は自分の部屋の玄関で倒れていました。

部屋には朝日が差し込んでおり、

私の手には、ビニール袋に入ったままのコンビニ弁当がありました。


どうやら仕事から帰って部屋に入った直後に眠っていたようです。



嫌な予感がして、私は大家さんに頼んで隣の老夫婦の部屋を調べてもらいました。


案の定、酷い有様でした。

腐った料理の並ぶ机に、黒く変色したおばあさん

そして隣には同じく息を引き取ったおじいさんが座っていました。


警察が現場検証を行ったのですが、おばあさんは少なくとも2ヶ月以上前に

そして、おじいさんは1週間前になくなっていたそうです。


私は、すぐにそのアパートから引っ越し、別のアパートで暮らしています。


私が見たあれは・・・夢だったのでしょうか・・・

それとも・・・

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隣の老夫婦 闇島 @yamijima

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