鈍色の祭典

電咲響子

鈍色の祭典

△▼1△▼


「よお、例のもんは出来てるかい?」


 こいつからは嫌厭いやな臭いがする。だが、地上うえの捜査を逃れ地下街アンダグラウンドに潜む私に、それをとがめる権利はない。


「ああ。きっちり調整済みだ」

「へえ! 機械音痴の俺からすりゃ、なんもわからん。が、まさか殺戮型奉仕機械スレイロイドを直せるとはな」

修理者リペアをなめるなよ。このくらいお手のものだ」


 私は客の要望にこたえ、客はそれに対価を払う。商売相手を選ぶ必要はない。理由もない。この掃き溜めに存在するのはカネのやり取りのみ。


「……なあ。ここ地下街がそんなに魅力的か? 真上うえに立ってるビルのほうが、よっぽど店を構えるのに相応ふさわしいとは思わないのか?」

他人ひと識見かんがえなんざどうでもいいだろ。さっさとカネを置いて消えろ」

「ちっ。相変わらず素っ気ねえな」

 

 札束と腐臭をぶちまけて常連客が去る。互いに目を合わせることもなく、取り引きは終わった。


△▼2△▼


 椅子に腰かけ、瞳を閉じ、ゆっくりと思考を巡らせる。


 技術の粋政府の見栄を駆使して建築された超高層ビルの真下ちかに、汚濁おだくにまみれた地下街アンダグラウンドが存在するとはも知るまい。元来、私は地上うえで生まれ育ち、研究者としての立場を明確に築いていた。しかし少々やりすぎた。

 私、いや、いだいている野望。

 それが権力者どもには気に入らなかったのだろう。謀略の髄政府の意地を駆使して社会から追放された私たちに選択肢はなかった。ただひとつ、地下街に逃げ込む以外には。

 されど私の目的を果たすにおいていびつながら整った環境だ。大丈夫。私は大義を成せる。ならば最後までやり遂げてみせよう。志半こころざしなかば散ったあいつのために。


「よっ。いい情報ネタあるぜ」


 心臓が跳ねた。

 に対する備えは充分にしているが、あまりにもタイミングが悪すぎた。


「せめてノックぐらいしろよ」

「すまん、こんなに驚くとは」


 情報屋のリクドは謝罪の弁を述べる。

 

「鍵がかかってなかったんで、つい入っちまった。だがせん。あんたが棲家ねぐらの鍵すら売り払うほどカネに困っているとは到底考えられん。……何かあったのか?」

「こいつを創るためだ」


 私の指が示した先には機械人形E-0614が立っていた。


か?」

「新作だ。が、新作じゃない、とも言える」

「そうかい。よくわからんが、ま、それはどうでもいい。俺がこんな僻地まで足を運んだのは、当然ながら商売のためだ」

「また廃理者クルイの情報か?」

「いや、今回は違う。こないだまでここ地下街のあちこちで廃理者どもが暴れまわっていたのは事実。あんたがあらかた片付けちまったのも事実。ただ、最近そんな話はとんと聞かねえ」


 リクドが一枚の紙片を渡してきた。 


「なるほど…… 実に興味深い情報だ」

「ふう。あんたのからして、たんまりカネ持ってるもんだと思ってたんだがなあ。ま、ちょっとばかりサービスしてやるさ。いつもの半値でどうだ」

「……考えておくよ」

「お! 肯定と受け取っていいのかな? ま、腹決まったら連絡よろしく」 


△▼3△▼


 その紙に書かれていた文言は断片的なものだった。

 私の命を狙う者がいる。その動機は、かつて私にられた人間の身内が復讐をくわだてており、そいつとそいつの部下が組織くみを挙げ対象マトを襲う準備をしている、とのこと。

 

 例の件、か。

 

 奴らの異常異様行為なしごとは総じて惨澹さんさんたるものだった。まさしく欲望に飢えた獣。

 だから私は依頼を受けたのだ。

 効率よくカネを稼ぐためには、すべての依頼を満遍まんべんなく受け入れることが最善ベストなのかもしれない。だが、それは――


「ご主人様」


 E-0614が話しかけてくる。


「ご主人様、あの方はどのような」

「ただのケチな情報屋だ。気にするな」

「ご主人様」


 E-0614が話しかけてくる。


「私はあの方にきものを感じません」

「当然だ。彼奴きゃつの頭にはカネしかないからな」

「ご主人様」


 E-0614が話しかけてくる。


「ご主人様。あなたは私を創るために多額の金銭を用いたと、先ほど聞きました。それはいったい」

「なるほど。起動前知能記入インストールから漏れていたのか。……同類だよ。あいつも私も。しょせん自分自身の目的のためには手段を選ばないカネの亡者ということだ」

「ご主人様……」


 私はリクドに連絡し、情報ネタを買った。


△▼4△▼


 先手必勝。

 連中が集まる場所を知り、時刻を知り、武装を知った私は、戦地に向かうための行動を迅速に開始した。


「アヤ、きみの出番だ」

「はい、ご主人様」


 私は神為的完全殺戮型奉仕機械エクストラスレイロイドを起動する。それは地下街アンダグラウンド闇市場マーケットで流通している殺戮型奉仕機械スレイロイドの最上位互換。おそらく私だけにしか創れないであろうその殺人機械キリングマシンを、『アヤ』と名付けた。なぜなら命令する際に便利だから、だ。


「いつにも増して厳しいとなるだろう。敵の数は膨大だ。基部をになう作戦は私が考える。まずはその作戦を実行しつつ、戦況の変化にともない追加で指示を出す。万が一にも聴き逃さぬよう、音声感知に焦点リソースいておけ」

「はい、ご主人様」

 

 その直後、激しくひび割れたげんが飛んできた。

 

「私もかせてください!」

 

 E-0614の言が飛んできた。

 

「お前は私の日常生活をサポートする存在だ。そのために創った」

「私も戦えます!」

「確かに戦闘機能は持っている。だが、アヤとは用途そのものが違う。わかってくれ」

「…………」

「さあ。往こうか、アヤ」

「はい。ご主人様」


△▼5△▼


 私の棲家ねぐら真上うえに立っているビルの屋上。それこそが、今この刹那を奏でる戦地であり戦場であり戦域だった。


「貴様がどれだけ地下街アンダグラウンドで嫌悪されていると思う? この俺への不意打ちが成功したのも、どこぞの情報屋にもらった情報ネタ真性ほんものだったため、だろう? ふん。そいつの腕の良さだけは認めよう」


 今現在、私とアヤに急襲された集団のおさがしゃべる。

 かつて、私とリタに組織の頭をられ、その死体の前で泣いていた男、キグスがしゃべる。

 

「それがどうした」


 私は煽り返す。


「それがどうした。わざわざ地上うえに逃げてまで集めた烏合の衆に怯える馬鹿がどこにいる」

「ふん」


 キグスが煽り返す。


「地下街において、殺し屋の命はとても軽い。使い捨てありきの存在だ。それゆえ、長らく生き残っている奴らは全員例外なくしている。そう。貴様のようにな」

「…………」


 その通りだ。私は殺し屋のかおを隠し修理者リペアとして生きてきた。すべては地下街で生き延びるため、そしての目的のために。


「それがどうした。数分もたないうち、お前らはこの世から消える」


 私がそう言い終わるや否や、眼前に展開されていた予想内の戦力に加え、新たな予想外の戦力がぞろぞろと姿を現した。


「ふん。こればかりは例の情報屋も知らなかったらしい」

「だが。そいつらは全部旧型スレイロイドだ。私の新型エクストラスレイロイドに勝てるとでも?」

「ほう。ならば物量でし潰すまでのこと!」

「さあ。くぞ、アヤ」


△▼6△▼


 ひどい光景だ。


 あたり一面に散らばった鉄片。辺り一面を血で染めた肉片。

 それは他の誰でもない、私とアヤが完遂せし為業しわざの成果。


「ご主人様」


 もはや修復不可能なまでに損壊し、それでもなおみずからの責務を果たしたアヤがしゃべる。


「ご主人様。状況は」

「よくやった。それだけだ」

「はい。そして私が負った傷は修復不可能。そういうことですね」

「その通り。そして私は。何か不満が?」

「ありません、ご主人様」

「そうか」

 

 そうか。そうなのだな――

 だから私はE-0614を創ったのだろう。


 棲家ねぐらに帰った私はベッドに身を投げると同時に眠りに落ちた。


△▼XX△▼


 私は覚えている。私が創った機械によって死んだ人間たちの悲痛な最期を。

 私は覚えている。彼らの断末魔の悲鳴を。

 私は覚えている。自分自身がもろくなっていくさまを。


 そして今、地獄に堕ちる瞬間ときが近づいていた。


△▼7△▼


 !!ガガンッ!!


 未明。静かげりし轟音に跳ね起き、すぐさま状況を察知する。

 私は狂った闖入者ちんにゅうしゃの攻撃を紙一重で避け、


「なにが目的だ!」


 と叫ぶ。


「おおおお…… てめえの言動、ずっと気に食わなかったァ! そんでもって、てめえのその容姿ルックスはずっと気に入ってたんだよォ! だからよ、俺様の殺戮型奉仕機械スレイロイドにその生皮、張りつけちゃうよォ!」


 例の常連客がのたまう。

 例の常連客がのたまう。


「――なるほど。お前は私の偽業なりわいにかこつけて、私のタマを狙っていた、というわけか」

「ぎゃはは! んの通り! どうせだろ? すっかり弱り切っちゃって、るのも簡単簡単イージーイージーってなわけよ!」


 この感じ。

 どうやら、ヘヴィな混成麻薬カクテルを喰らっておかしくなったらしい。

 そもそも鍵などなく常時開いている扉を壊す行動自体が異常だ。


「死ねェ!」


 奴が私の身体からだへ向け銃を放つ。容赦ない散弾を放つ。


「ご主人様!」


 E-0614が私と奴の間に飛び込んできた。


△▼8△▼


 E-0614の腕からほとばし紅重奏衝撃波ブラッディショックウェーブを受け粉々になった死体を見ながら、私は激痛とともにくずおれた。


「ああ、ご主人様…… 護りきれませんでした……」


 奴が放った散弾の一部が、E-0614のガードをすり抜け私を貫いたのだろう。

 あふれ出た血液が白い床に広がってゆく。


「今すぐ治療を開始します。心身の安静を保ってください」

「いや、その必要はない」

「あなたの日常生活をサポートするのは私の役目です」

「お前にもわかっているはずだ。もはや手遅れだということが」

「…………」


 予感はあった。そろそろだな、という予感。

 だが、それが訪れる前にあいつとの約束を果たすことができた。


 悔いはない。


 私は最後の気力を振り絞って立ち上がり、自室に向かって歩き始めた。


△▼9△▼


 愛用の安楽椅子に横たわり、まぶたを閉じる。

 彼方かなたからE-0614の声だけが聞こえていた。


「ご主人様…… なぜ、どうして、私に名前をつけてくださらなかったのですか」

「名前ならあるだろう。E-0614という名前が」

「それは製造番号にすぎません! だって他の機械はすべて名付けられていた!」

「そうか」

「この間の戦闘で破壊された機械にも、"アヤ"という立派な名前がありました!」

「そうか」

「あ。……申し訳ありません、ご主人様。傷病えぬあなたを前に興奮してしまって。――私は、ただ、欲しかった。名前という自己認識アイデンティティが」

 

 そうか。

 

「どうやら、私は、成功したようだ…… ごほっ!」

「ご主人様!」

「き、機械に…… ココロを…… 宿すことに」

「ご主人様!」

「E-0614は、製造番号などでは、ない…… 私の、私の大切な――」

「ご主人様! ご主人様!?」

「…………………………………………」

 

「カエデ様!!」


△▼△▼


 私は私の創造主の亡骸なきがらを抱きかかえ、地下街アンダグラウンドを出た。ゆらり、ゆらりと共同墓地に向かいを進める。

 見上げれば漆黒の夜空に満点の月。星々とは比ぶべくもない妖艶な輝きが、いたずらに私たちのココロを照らしていた。


 ああ。


 頬を伝う水滴が、ぽとり。


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈍色の祭典 電咲響子 @kyokodenzaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ