第八通目 母の過去を辿る手紙

【お題】娘から謎の人物へ


藤野 真澄様


 突然のお手紙失礼いたします。

 私は高瀬 千重子の娘で、高瀬 かなと申します。

 三十年以上も前のことになりますので、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、先日亡くなりました母、千重子がお借りしたまま返せなかった『茶掛ちゃがけ』を、貴方様に返却して欲しいと言い遺しましたので、大変不躾ではございますがご連絡させていただきました。


和顔愛語わげんあいご』と書かれた掛け軸は、私が幼き頃より、我が家の玄関に掛けられておりました。毎朝、目の端に捉えつつも、茶道や禅語に疎い私は興味を持つことはなく、母にその真意を尋ねることもありませんでしたし、母も語ることはありませんでした。

 

 ですから、どのような事情で母がこの掛け軸をお借りし、なぜ今になって私に返却を託したのか。一切わからぬままに、貴方様に文をしたためることが果たして良いのかどうか、とても迷いました。

 ただ、母一人子一人、肩寄せ合って生きてきたなかで母が私に頼み事をしたのは、後にも先にも今回が初めてでした。そんな母の願いを無下にもできず、甚だご迷惑なことと思いつつ、こうしてお尋ね申し上げた次第です。


 もし差し支えなければ、経緯などをお教えいただけたら幸いです。

 でももし、そのままにして欲しいとお望みでしたら、この掛け軸は私の方で大切に保管させていただきます。

 お手数をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


          高瀬 奏

   


※茶掛とは、茶室の床の間に飾る掛け軸のこと。

今回は、母親は『茶掛』と言ったけれど、実際にはお茶席では無く玄関に無造作に飾られていただけ、という設定です。



💐【解答】藤野 真澄から奏へ


 高瀬 奏様


 はじめまして。藤野真澄ふじのますみと申します。

 お手紙、大変驚くとともに心から嬉しく思っております。

 貴女はお母上より私について何も聞いていないのですね。でも、あの茶掛ちゃがけを送るように言い遺したと言うことは、あの子が話しても大丈夫と判断したからだと思います。

 仔細について、お話させていただきますね。


 まず、私が何者かについてですが、奏さん、貴女の祖母です。そして、高瀬千恵子の本当の名前は、藤野美鈴ふじのみすず、私の大切な娘です。


 今から三十五年前、美鈴はアメリカの証人保護プログラムを受けて別人になると言って家を出ていきました。行き先もわからず、生死も不明。私達は途方に暮れ嘆き悲しみました。

 美鈴は何も言い残しませんでしたので、真相は私にもわかりません。ですから、ここからお話することは、私の想像でしかありませんので、ご理解いただけたらと思います。


 当時、二十三歳の美鈴は、大学を出て就職したばかりでしたが、恋人もできて幸せそうでした。

 茶道教室で知り合ったという彼は、日本人の母親とアメリカ人の父親のハーフで、名前はトーマス・フタヒロ・セキカワと名乗っていました。日本の商社に勤めていて、日本文化に造詣が深く、茶道の師範免許取得にも積極的だったと聞いています。我が家にも何度か遊びに来ていましたし、穏やかで誠実な印象を受けましたので、いずれ二人は結婚して温かな家庭を築くのではと楽しみにしておりました。


 ところが、ある日、彼は殺されてしまったのです。そして彼にスパイ容疑がかかっていることもわかり驚きました。

 美鈴は大層悲しんでいました。でも、いつかは乗り越えてくれるものと思っていたのですが······突然、置き手紙を残して消えてしまったのです。私達もあらゆる手を尽くして探しましたが結局見つからず。唯一彼女が持ち出していたものが、私の手書きの茶掛でした。

 

 写真を付けてくださらなければ信じることはできなかったでしょう。でも、己の字を忘れることはありません。『和顔愛語』の言葉は、私が美鈴に子供の頃より何度も伝えていた言葉でした。


 美鈴は、千恵子はどんな母親でしたか? 

 笑顔で毎日貴女と過ごしていましたか?


 ようやくわかりました。あの子が証人保護プログラムを受ける決意をした理由が。貴女が生まれることが分かっていたのですね。そして、奏さんに危険が及ぶのを恐れていた。

 それほどに、危険な状況だったのでしょう。

 美鈴にとって奏さんは、それだけ大切な存在で、父親であるトーマスさんのことも愛していたのでしょうね。


 長い年月の中で危険が去り、自分も亡くなることで一区切りついたと安堵したからこそ、奏さんにこんなお願いを託したのだと思いました。


 もし、奏さんさえ良ければ、会ってお話ししませんか。

 美鈴に、いえ、千恵子さんに線香を手向けさせてもらえないでしょうか。

 そして、この老い先短い私と、文通でもしていただけませんか。

 良いお返事がいただけることを願っております。


     貴女のおばあちゃんより



※多分、証人保護プログラムを受けるときは、誰にも言っちゃいけない気がするのですが、今回は大目に見てください〜m(_ _)m



💐★コラムニストSの考察


 スパイ、その存在が公の場で語られる事はほぼありません。普通に暮らしている人々にとって、それは映画の世界であり、現実味のない物語のように感じます。


 けれど、この世界には脈々と、スパイによる情報戦が繰り広げられているのです。


 実際には、映画のような派手なアクションは避け、地道に目立たぬように、普通の人に紛れるように生活しています。

 カモフラージュのために、あるいは情報源として、さり気なく近づき深い仲になっても一線を引き続ける。そんな生き方は、どれほどの孤独と緊張を強いられるのか。

 想像することさえできませんが、彼らの暗躍が、時に大きな歴史的『ターニングポイント』を作り出してきたと言うことを、忘れてはならないと思います。


         S



【作者より】


 ここまで読み進めてくださりありがとうございました。

 3ヶ月に渡って開催されてきました企画『ハーフ&ハーフ4』も、これにて閉幕です。主催者の関川様、共に走ってきた参加者の皆様、ここまで読んでくださった読者の方々、本当にありがとうございました。


 他の方々の素晴らしい解答はこちらから

   ↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093075168509858

 力作揃いです✨





 


 


 

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『Letter』 コラムニストSの考察 【ハーフ&ハーフ4参加作品】 涼月 @piyotama

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