存外、嫌いじゃない。

 朝十時、駅前に広場があるからそこに集合。

 段取りの決まった土曜日、高倉玲音タカクラ レオンは少し早く着いたなと欠伸を一つ。


 春先はなんだかんだと冷える、マウンテンパーカーを選んで正解だったなとスマホを取り出し『着いたけど誰かいる?』と一言残す。


 辺りを見渡すと広場のベンチに座っているアキラを見つけた。

 案の定というか、タブレットでゲームをしている最中だ。


 晃は高身長だ、玲音が半ば諦めているビッグロングTシャツ にカーゴパンツのストリートコーデが良く似合っている。タブレット等を持ち込むせいかリュックが少し大きめだが、特に違和感はない。


 無理に声をかけず近くに寄り、手が落ち着くまで待つ事に。

 グルチャを再び開くと、各々着いたとメッセージが書き込まれていた。


「二人ともおはよー! 早いね!」


 明るく話しかけてきたのは天馬テンマだ。

 ダブルシャツにインナーが裾からチラッと見える、レイア―ドコーデだ。

 こちらも玲音が諦めたスタイルであり、大きめのシャツが低身長だとなかなか厳しい。


 晃も天馬も、ファッションの流行りには気を使っているらしい。

 調べれば良く出てくるコーデでも、似合うかどうかは本人次第である。

 自分に合うのかどうか、二人はそれがよくわかってるようで、高身長組は選択肢が多くてズルいなと玲音のため息をひとつ。


「挨拶がため息とは流石だねレオン、朝弱い?」

「正直弱い、あとテンマの声がデカくてしんどい」

「テンション低いなー」


 二人の身長に挟まれたくないからだとは言えない。

 こんな感じになるし。


「……ホント、朝から声デカくて羨ましいよ」


 ゲームを閉じた晃がゆっくりと立ち上がる。

 タブレットをリュックにしまい、改めて挨拶する。


「レオンは、案内するとこ決まった?」

「いや、実はまだ悩んでる。 無難にご飯食べるとこ紹介しようとしてもそんなに詳しくないし、大きい施設は調べればすぐわかる事だし、マヤが何が好きとか知らないし……アキラは?」

「困ったことに、俺も決まってない」


 買い物する場所が多い駅前だが、遊ぶ場所と言われると悩んでしまう。

 カラオケやゲームセンターなら行きたいときに案内すればいい、どちらも麻耶マヤが行きたがるかはわからないが。


「テンマは決まってるんだっけ?」

「決まってるよ、少し歩くけど買い物の後の休憩に丁度いい感じ。 多分、イブキちゃんのが長くなると思うんだよねー」

「女子がお洒落に時間使うのは普通だろ?」

「その間多分僕ら、暇だよ」

「……、なにか言うのも難しいだろうな」


 天馬と晃は苦笑いしていた。

 長くなるなら晃と玲音の案内は、必要ないかもしれない。


「お待たせしました。 皆さんおはようございます」


 声が聞こえた方を振り向くと麻耶と一颯イブキが並んで立っていた。


「……おはよう」

「全然待ってないよー、二人とも可愛いね」

「お、おはよう」


 ローテンションの晃と、言いたい事をドンドンいう天馬は相変わらずだが玲音は若干動揺していた。


 麻耶の方は大きめのパーカーとスカートにスニーカー。もしかしなくてもあのスカート、制服でめっちゃ折って普段より短くしたやつじゃ?とは思ったが口には出さない。真っ白で大きなパーカーを着た麻耶に妙に似合っていて可愛いので大丈夫だろう。


 問題は一颯の方だ、アクセとボタンが白い以外はすべて黒一色。しかも全然見たことないような服だ。

 たまに見かける地雷系ファッションからフリルを取り去り、シックとクールに全振りした雰囲気になっている。

 シャツにベルトが付いたデザイン、腰のあたりで締めて体のラインを整え、裾はスカートの下部分くらいまで長くなっている。


 地雷系、サブカル系のクールで探せば見つかりそうだが、実際に着こなしてる人を見るのは初めてだ。一颯のポニテも良く似合っていると玲音は横目でまじまじと見てしまった。


 玲音のボキャブラリーではうまく褒める言葉が出てこず、目が合っても逸らしてしまった。


(イブキの奴、やたらカッコいいな、ズルい……)


「レオン、どうかした?」

「いや、べつに……」


 こちらの様子に気づいたのか一颯はスッと玲音との距離を詰める。


「今日、どうかな?」

「どうって……、服装?」

「そう」

「か、カッコイイんじゃねーの? 似合ってると思う」

「ありがと。 レオンは……、やっぱり凡人で普通だね?」

「なんで貶し始めた!? 褒めたじゃん!」

「褒め方が普通」

「厳しいな天才!」


 いつもの空気になってきたところで早速移動開始。

 一颯と麻耶は事前に打ち合わせしていたらしく、目的の店に行って実物を見るとの事だった。


「あんまり時間を掛けるのも悪いですし買い物は控えめです、沢山買うと移動も大変です」

「買い物し過ぎるとお金もね、荷物はレオンに持たせればいいと思うけど」

「なんで俺なの? アキラとテンマもいるじゃん!」

「レオンが一番大変そうかなって」

「はっ倒すぞ」

「……、藤嶋フジシマが持つの大変なら、俺が持つけど?」

「アキラやさしー、テンマと大違いじゃん」

「そもそも控えめってさっき言ってただろうが!」


 ふと、麻耶が「構ってくれるからあの二人もつい……」と言っていた事を思い出す。天馬と一颯もツッコミを入れる度に何か嬉しそうだった。


 存外、嫌いじゃない。


「なんだか嬉しそうですねレオン君」

「えっ!? いや、そんな事ないから、テンマ相手にしても疲れるだけだから」

「なんで僕だけ? イブキちゃんは?」

「言うの諦めてる」

「それはちょっと……、寂しいかも」

「何か言わなくてもこうだぞ?」

「……、楽しいくせに」

「聞こえてるぞアキラぁ! くそ、味方だと思ってたのに!」


 愉快な買い物案内は始まったばかりだというのに、玲音はもう疲れ始めていた。

 訂正、やっぱり嫌いかもしれない。



----


 麻耶と一颯が言ってたように服の買い物はあっさり終わった。

 試着室で微調整した程度の時間でそんなに待つ事はなく、大きめの袋一つで済んでいる。

 ちなみに荷物はマジで晃が持っていた、優しい。


「じゃあ今度は僕が案内するね、昼時だけど多分そんなに混んでないと思うし昼もそこで食べよう」


 駅から延びる大通りから少し外れ、ちょっとした小道に入っていく。

 人通りも多くなく車も通りづらい、街路樹の葉音が聞こえる中進んでいくと天馬のおススメの店が見えてきた。

 『Café・シュニール』ブックカフェらしい。


 中に入れば本とコーヒーの香り、古本が多く目に入り、店内には落ち着いたジャズが流れている。


 席数はそこまで多くはないが五人なら問題なく座れそうだ。

 カウンターの方を見れば色々お菓子も並んでいる。

 古本の販売にカフェ、お菓子の販売と色々手広くやっているらしい。


 注文を済ませると麻耶は早速本棚へ、なんとなく天馬と玲音も本棚へと向かう。


「テンマ君も本読むんですね?」

「読むよー、読むきっかけもここだし」

「意外だ」

「僕はその言葉が心外」

「悪かったよ」

「ま、似合わない自覚はあるけどね」

「読むのに似合う似合わないはないと思いますよ?」

「マヤちゃんは優しいからなー、やっぱレオンみたいな反応が普通だと思うよ、外見とか普段の様子でお前そんな事してんの?ってさ」

「悪かったって……」


 本棚に目をやると古い文芸書が多く、本屋では見かけないモノが多そうな雰囲気だ。


「古い本ってさ、電子にもなってない事あるし、表現も今とは違うし、出てくる道具も古いから逆に新鮮なんだよね」

「あー……、時代が違うもんな」

「カセットテープを冷蔵庫に入れて冷やす、とかね。 しかもそれが描写されてても目的が分からないまま、その時代の日常として書かれてるから冷やして何してるかわからないの、困ったよね」

「テンマ君はそれ、調べたんですか?」

「流石に気になって調べたよ、録音しすぎて伸びたテープを少しだけ縮めて再利用する為だって……、だから作中の人物は当時安かったテープも新しいのを買わずに利用する節約家と表していたのか、色んな音楽やラジオを録音する人物として書きたかったのか、それとも豆知識を持ってるオタクとして書きたかったのか。 その文章で人物像とか、イメージを持たせやすくしたのかもしれないけど時代が違うから僕には何してるの?の方が強くて」

「めっちゃ喋るじゃん」

「気になって調べるの面白いですよね」

「全部がタメになるとは限らないけどね、でも当時を知らないからこそ新鮮味を感じて面白い」

「もしかしてテンマ君は偉人の伝記集とか好きです?」

「アレ面白いよね、コイツやべーなって思う事多くて」


 天馬が本好きなのはホントらしい、しかし玲音はそこまでじっくりと読んだ事はない。


「本なー、あんまり好んで読んだ事ないな」

「好みの問題ですからね、それに慣れない作業は疲れますから、一度に沢山の活字を読んで想像するのも慣れがいると思います。 知らない単語を想像するのはレオン君も難しいでしょ?」

「それは無理……、そっか、ある程度勉強してないとそもそも読めない本もあるって事か」

「そそ、だからレオンも漫画とかから始めるのがいいよ」


 天馬が普通の事を言ってるとツッコミを入れそうになったが店内なので我慢する。


「でも、それでも本を楽しめるかはわからないよな?」

「そうだよ、まぁ、楽しめはしなくても読解力とか普段のボキャ増やすとかにはなるから損は少ない方だと思うな」

「ボキャ増えるのはいいな」


 なんだ、真面目な天馬は結構面白いじゃないかと玲音は評価を改める。

 今なら普段なら聞けない事も聞けそうだなと少し考える。


「ちょっと興味が出てきた、ちなみにテンマのおススメってどんな本なんだ、って言っても俺わかんないと思うけど」 

「聞きたい?」

「……、まぁ、今ので少し嫌な予感するけど聞きたいかな」

「ジャンルとしては恋愛小説や時代小説、ミステリ、純文学が多いかな」

「全然普通に聞こえるけど、てか幅広くない?」

「この手のジャンルってさ濡れ場があるんだよね、個人的に文字の方が絵よりも好きでさ、工夫次第ではキャラをよく知れるし、なにより――」

「「……」」


 天馬は語っているが玲音にはなんだかわからなかったが麻耶の顔が少し紅くなる。

 どうやら思い当たる事があるらしい。


「テンマ、それって何のこと?」

「あ、レオンにはわからなかったか、本読まないもんね」

「……マヤはわかる?」


 麻耶は回答するか困った後に、小声で教えてくれた。


「……えっちな場面の事です」


 言葉よりも早く、玲音は天馬を引っ叩いた。

 その後に麻耶にそう言わせた自分にも一撃を入れる。


「台無しだよ!!」


 天馬の評価は一瞬で地の底まで落ちていた。

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獅子は「にゃあ」と鳴く。 汐月 キツネ @kitsunekitsune

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