「秘密」と、呟くのだった

 学校に通い始めて早一週間。

 少年・高倉玲音タカクラレオンはすっかりクラスに馴染んでしまった。


 孤高、クール。

 そんなイメージを目指しているが、玲音はクラスの中では大分賑やかな方だった。


 マイペースな天馬テンマや、休み時間には絶対に絡んでくる一颯イブキ

 この二人に出会ってしまったせいもあるが前後の席に座っているクラスメートともよく話すからだ。


 出会った当初はよくわからないと距離を取っていたが、話していくうちに会話しやすい事に気づいていく、そんな二人だった。


 後ろの席の青木晃アオキアキラ、髪はアップバングショートで爽やかかと思いきや目は眠そうだしいつもマスクしているせいで無表情に見える、体つきはスポーツマンのように見えるがゲーマーでいつもタブレット端末で何かしていた。

 前の席の藤嶋麻耶フジシママヤは文庫本をよく読んでいる物静かな女子、ストレートボブというよりはあまり手を加えていない髪、着飾ってないがするが地が良いのか凄く整って見える、ナチュラルな女子だった。


 朝教室に来ると玲音よりも早く来ている二人。

 孤高目指していた癖にボッチ回避が出来たと内心喜んでいた玲音は二人に挨拶をしつつ、まだ静かな教室で一息つく。


「おはよ、相変わらず二人とも早いな」

「遅れるよりマシ」

「私も、そんな感じ……」


 そんな短い会話で無言になってしまうがそれも悪くない。

 必要最低限でも嫌な気がしない、というのも天馬が来襲した途端に賑やかになってしまうからだ。

 一颯もそう、独特なノリで絡んでくる。

 賑やかになっても物静かな二人だが会話を嫌がっている様子もない。

 晃も話題を振れば話してくれるし、麻耶も口数は少ないが会話に混ざってくる。

 麻耶に関しては同世代に慣れてないらしく、地方からこっちに出てきたようで順応するので手一杯らしい。


「あの、レオン君ちょっといい?」

「ん、どうしたの?」

「そろそろ土日になるじゃないですか」

「なりますね」


 マヤの声は良く通り、丁寧にゆっくり喋る。

 敬語気味に喋る彼女に釣られ、麻耶の前では玲音の言葉遣いも普段より少しだけ丁寧になってしまうのは何故だろうと喋った後に苦笑い。


「まだこの辺の地理に疎くて、ですね」

「うん」

「土日ちょっと、時間あればこの辺何があるか教えてもらってもいいでしょうか?」

「それは別に構わないけど……」


 しかし玲音はぶっちゃけそんなに詳しくない。

 大きな駅周辺は店の移り変わりは激しい上に人込みが多く、玲音は毛嫌いしてそんなに出かけていない。

 生活必需品も大きなスーパーや薬局、家電量販店を覚えておけば苦労しないのだ。


「一応聞きたいんだけど、どういう場所を知っておきたいとかある? 遊ぶ場所、買い物するとことか、あとは――」

「駅周辺は地図で見てもわかりにくいから一人で出歩きたくないとかじゃないのか?」


 スッと晃が会話に交じってきた、珍しい。


「そうなんです、人酔いしそうで……」

「すっごいよくわかる、よしアキラも行こう、土日のどっちか開けといて」

「それは、大丈夫だ」


 晃は身長も高いのできっと目立つ。

 麻耶が迷子になったら探しやすそうだと、そんなノリで誘ってみたら快諾である。

 休日は家から出ないのかと勝手に想像していたので心の中でちょっとだけ謝罪した。


----


 昼休み、朝に決まった麻耶のお出かけ計画について話していたらやはりというか、当然のように天馬と一颯も混ざってきた。


「マヤちゃんが良ければ僕も着いていっていいよね、ありがと!」

「まだ何も言ってねぇよ」

「えー、五人の方が楽しいって、多分」

「五人て、イブキに確認とった、それ?」

「え、イブキちゃんの事誘わないつもりだったの!?」

「予定確認したのかって事だよ面倒だな! テンマ置いてこう、そうしよう」


 一颯の様子を見れば、何故か麻耶の手を正面から握っていた。

 机に広げられたお弁当は、箸を掴めないせいで放置されている。


「イブキ、なにしてんの?」

「マヤは私を置いていかないよねって、そうだよね?」

「う、うん……」

「嫌な絡み方してんな、普通に頼め」

「ん、もしかしてレオンも握ってほしかった?」

「なんでそうなる? 女子一人は居心地悪くなりそうだからイブキも誘おうって話はしてたから安心しろって」

「ん、僕は?」


 スルー。


「ざっくり駅周辺って言っても広いから、方向性は決めておこう」


 天馬を放置し、晃はタブレットに駅周辺を表示して見せてくれた。

 みんなで見る時は大きなタブレットは便利だなと玲音は関心する、音ゲーやってる時は異様にトントンと五月蠅いが。


(……なんかアキラのやつ、積極的だな?)


「薬局や百均の位置はわかるので、その、みんなで色々寄り道出来るところ見てみたいなって……」

「マヤ、みんなと遊びたいならそう言えばいいんだよ?」


 一颯は悟ったように麻耶に語り掛ける、いい加減手を放せ。


「え、あ、その……、はい、そうなんです、みんなを誘ってみたかったんです……、同世代の友達って、居なかったから」

「そうか、じゃあ服とかの買い物系は小嶋コジマが選んでくれ、俺やレオンはそうだな、良く見に行く場所でも案内しよう。 テンマは何か案内したいとこあるか?」


 淡々と喋っている晃が皆をまとめ始めた。

 玲音が案内先に悩んでいた事もなんとなく察していたようで、助け舟まで出してくれる。


「僕はそうだな、うーん……、よし、みんなが想像しない方向性を――」

「ネタに走るな」

「はい……、あ、そうだ、多分マヤちゃんなら気に入るところあったから当日楽しみしといて」

「大丈夫なのかよ……」

「レオンも何か考えとくといいよ、何も決まってないでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「レオン君も無理に考えなくてもいいからね」

「そう、マスコットはいるだけでも――」

「イブキなんか言ったか? あといい加減手を放してあげろ」

「やだ」


 そう言って一颯は麻耶の手を掴んだまま放そうとしなかった。

 流石の麻耶もちょっと困っている。


「はぁ、誘われて嬉しいのはわかったからご飯食べさせてあげろよ」

「しょうがない、レオンが妬いてきたから放すね」

「はっ倒すぞ」

「はいはい、じゃあこれで許してね?」

「あ? なにを――」


 急に頭を撫でだす一颯に玲音は固まっていた。

 一颯の距離感は未だに慣れない、しかも顔が良いから尚質が悪い。

 二秒間程経ってから再起動した玲音はすっかり耳が赤い。


「レオン照れてるー、真っ赤!」

「うるせぇ!」


 天馬はここぞとばかりに絡んでくるが晃は何事も無いようにパンを齧っていた。

 心なしか目がちょっと優しい。


「やっぱりレオンって、可愛いよね」

「なんだ急に!」

「うん、マスコットだ」


 やはり一颯に揶揄われている、玲音は距離感を間違えないように我慢しているというのに一颯は出会った頃から何も変わらず近い。

 

 そんな四人を眺めながら麻耶は笑いを堪えていた。


「あーもう、マヤも何かイブキコイツに言ってやれ」

「え、えっと、当日も楽しみにして、ます?」

「うん、私も楽しみ」


 そう言いながら一颯は麻耶の隣にスッと移動する。

 近い、食事中の距離感じゃない。


「だから距離詰めるのやめろ」

「大丈夫だよレオン君、流石に慣れましたから」


 そう言ってお弁当のおかず、卵焼きを箸で掴んで一颯に食べさせていた。


「まさかそれが目的じゃないよな?」

「実はそうなの、凄く美味しい」

「えぇ……」

「レオン君も食べたい?」

「いや、流石に遠慮する……、マヤの食べる分無くなるだろ」


 一颯に揶揄われるから嫌だとは言えない。


「はぁ……、当日も五月蠅くなるだろうからマヤも覚悟しといてくれ」

「レオンが一番声大きいよ?」

「誰のせいだろうな、テンマ?」

「イブキちゃんでしょ」

「お前ら二人だ!」


 悲しい事に、やっぱり一番騒がしいのは玲音である。


----


 そんなこんなで賑やかにしていると昼休みはあっという間に過ぎていた。

 天馬と晃は手洗いに行き、一颯も席に戻ると玲音の近くには麻耶しか居ない。


「今更だけど、五月蠅くてごめん」

「レオン君が構ってくれるからあの二人もつい……って感じなんでしょうね」

「揶揄われてるだけだよ、はぁ……」

「でも、楽しいんでしょ?」

「ノーコメント、毎日こんなんじゃ疲れる」

「いいですよね、毎日こう、話せるのって」

「……、なにさ急に」

門前成市もんぜんせいしって感じで街も学校も、こっちに来てから人が多すぎて、私も埋もれずにちゃんと友達出来るのかなって、話せる人出来るのかなって不安だったんです」

「もんぜ……、なに?」

「あ、人が多くて賑やかって意味合いです。 それでレオン君がテンマ君に嫌気さして私に話しかけてくれて、今こうやって毎日話せて……、だからみんなには本当に感謝してて……」

「大袈裟すぎ、そんな大した事はしてないの、実際にマヤと話してて楽しいからイブキやテンマ、俺やアキラだって話しかけるんだから……、なんだ、その……、不安がらなくても大丈夫ってことじゃねーの? 俺ら以外とだって大丈夫だって」


 うまく言葉に出来ない玲音はまた耳が赤くなる。

 その様子を見て、麻耶は嬉しそうに笑うのだった。


「ありがとう、レオン君」

「いいって」

「そうだ、私に協力出来る事があったら教えてね」

「えっ? 協力?」

「レオン君ってイブキちゃんの事大好きでしょ、何かあったらでいいので手伝いたいなって」


 何故こうも、鋭いのか。

 それとも自分がわかりやすいのか。


 指摘されて、玲音は麻耶の顔を見つめた。


「そんなに、わかりやすい?」


 麻耶は優しい笑顔で「秘密」と、呟くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る