ただ、暴力的なそれ。

 少年・高倉玲音たかくられおんは人の顔を覚えるのが苦手だった。

 というのも身長のせいで顔を見ようとすると見上げる事が多く、背伸びしている自覚がある玲音は顎を上げる仕草が好きになれなかったからだ。


 だから視線は相手の顎や首にいく事が多かった。

 女子相手なら同じような身長も多かったが、顔を見る習慣が少なくつい首元に視線を移してしまう。


 クラス中に玲音より身長が高く、首にチョーカーを着け、ポニーテールの似合うクールな女子が居たのなら、それは玲音に強い印象を与える事になる。


 小嶋一颯こじまいぶき、 クラスで口数が少なく、孤高という言葉が似合う彼女は玲音がつい目で追ってしまう程の魅力があり、唯一名前と顔を覚えていた女子だ。


 よりにもよってそんな彼女に涙目の自分を見られてしまった。

 羞恥で目が合った後に視線を外に向けていた。


 窓には耳まで赤くなった自分が映り、自分の姿を自覚するとますますつらくなってきてしまう。

 どうか気を使って何も聞かずに離れてほしい、そう願う玲音だったが一颯は隣に座っていた。


「……名前、レオン君で合ってた? 苗字は覚えてなくて、名前ばかり聞こえてきたから」

「高倉、名前は合ってる、何?」

「ちょっと、気になっちゃって……、迷惑?」


 一颯の声は優しかった、馬鹿にする訳でも慌てる訳でもなく、周りから見えなくする様に身体を少し寄せてきた。

 

「別に、迷惑じゃない……、それと、なんかあった訳じゃない」

「そう」


 誰が聞いても何かあったのは明白な回答に、一颯はちょっとだけ微笑んでいた。

 

「そういえば自己紹介してなかったね、小嶋一颯、イブキでいいよ、レオンって呼ぶから」

「……テンマといい、あのクラスはなんか距離感おかしいのしか居ないのか?」

「それで、何があったの?」

「だから何もない、しつこいな」


 強がりだと、一颯は気づいている。

 だが少しでも目で追った相手に、コーヒー飲めなくて困ってるとは言いたくない。

 格好が悪すぎる、それが堪らなく恥ずかしい。


「……あーもう、ホントになんでもない、しょうもない事だから言いたくないだけだ」

「そうなんだ、じゃあ……、何に困ってるの?」

「強いて言うならイブキが隣に座ったこと」

「美人で困るって?」

「は!?」


 お前そんなキャラなの!?

 そう言いかけて思わず口を抑える、揶揄っているのかと一颯の表情を見れば無表情に近い。

 

「今のはもしかしてボケか何か?」

「そう、お互い名前で呼んだし、気さくなこみゅにけーしょんってやつ」

「わかったイブキ。 お前さては馬鹿だな?」

「む、失礼な悪口はダメ」

「いやぁ? こっちも気さくなコミュニケーションだけど」

「そうなの? 会話って難しいんだね」

「そっちが下手なだけだろ……はぁ」


 一颯の表情は感情に乏しいままで、ホントにボケたのか天然なのかわからない。

 呆れたようにため息をつき視線をまた外に向けていた。


「もう大丈夫そう」

「何が?」

「真っ赤じゃない、クラスで見た時とおんなじ」


 すっかり一颯のペースに飲まれ、緊張感も失敗した落ち込みもどこかに飛んでいった事を言われてから気づき、玲音は平常心を取り戻していた。


 視線を一颯に向ければどこか優しそうに、柔らかい表情をしていた。


「……良い性格してるよ、悪かったな天才イブキさん」

「やった、褒められた」


 計算して会話していたのなら完全にうまく、してやられていた。

 見た目だけなら恰好いい彼女だが、どうやら愉快な性格でクールとは程遠い様だと玲音はわからせられた。


「で、凡人レオンは何に困ってたの?」

「調子のんな、あと、ホントに大した事ないから」

「大した事なら話して大丈夫、天才が解決する」

「なに、気に入ったのそれ?」

「うん」


 ちょっとだけ声色が楽しそうになった一颯に対し、もういいやと自重するようにコーヒーを口に含んだ。

 三口目、やはり美味しくない。

 その表情に一颯も何か察するように頷いていた。


「まぁ、その……、あんまり言いたくないけど……、アメリカーノ初めて飲んだら口に合わなくて困ってた」

「凡人はお子ちゃまね」

「はっ倒すぞ」

「はい、ごめんなさい」


 一度声に出してみれば、意外と気持ちは軽くなった。

 一颯と話して気を使わなくてもいい恰好つけなくていいとわかったからかもしれない、コーヒーの入ったプラスチックカップを持ち上げながら「困ったもんだよ」と玲音は苦笑いしていた。


「じゃあ、色々言っちゃったし、私がなんとかする」

「なんとかって? あー、ガムシロ持ってくるとか?」

「ううん、苦手意識あるのって味変えてもつらいでしょ」


 そう言って一颯は玲音の手からプラスチックカップを攫っていた。


「こうするの、天才でしょ」


 一颯は玲音のコーヒーを飲んでいた、ストローは変えておらず、玲音の顔を見ながら、ゆっくりと飲み干していく。

 顔が良いだけに、格好がいいだけに、それは玲音の目を釘付けにする。

 変化の少なかった表情が、思いついた悪戯を見せつける時は不敵に笑っていた。


 ただ、暴力的に表情それが可愛い。 


 それは玲音にとって初めての感情で、また真っ赤になってしまう。


「ね?」

「……いや、やっぱ馬鹿だろ、力技だし」

「えー?」


 誤魔化すように空になったカップを受け取り、席を立ち上がる。

 顔を見せればうっかり可愛いと思った事を悟られるようで、口元を手で隠してしまう。


「……ありがと、また明日なイブキ」

「うん、また明日」


 とんでもない奴だ。

 どこまで計算して、どこまで悪ふざけで、なんでそんな事をしたのかわからない。

 ぐちゃぐちゃになった感情を隠すように、玲音は足早に店の外に出て行った。


 一先ず一颯のせいでコーヒーの記憶は嫌なモノじゃなくなった、おかげとは言いたくない。

 女子イブキに対して初心な自分はクールとは程遠い、映画で見たような恰好いい返しも出来ていない。


 とことん計画通り、狙い通りにいかない高校生活にため息を一つ。


 明日からまた大変だな、と。

 疲れたような、楽しみのような感情が玲音を襲い、落ち着くことが出来なかった。

 

 


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