第11話
私の予感は的中した。的中、してしまった。
「まっ、えっ、戸部さんっ?」
「先輩」
私が狼狽えていると、戸部さんはまた距離をぐっと縮めてきた。
「私に好きって言われて、先輩のここはどんな感じがしますか?」
戸部さんは人差し指を私の青いリボンにそっと立てる。
戸部さんは可愛い。それに、予感があったとはいえ不意に告白されたから、私の心臓は驚いて、これまで体験したことのない脈の速度でドクドクしている。
「そんなの、急に言われたって……。でも、答えは変わらないよ。戸部さん」
「どういう意味ですか?」
「初めて会ったときと同じように、まずはお友達からで……わっ」
戸部さんは不意に私の制服をぎゅっと引っ張った。今度は私が戸部さんに近づいて、戸部さんと体が重なる。戸部さんの腰、ほっそい……。
「先輩。私がなんのために先輩に告白したかわかってないんですか」
「え、ええ、そんなの、私と恋人になりたいからじゃないの?」
「……」
なんで黙るの!?
「ち、違うの……?」
私は戸部さんの拘束を解いて、戸部さんの表情を見る。見たっていつも無表情だから感情はわからないけれど――。
「なっ……」
声が出る。
私は、戸部さんの耳が真っ赤なのに気づいた。それに、よく見ると、親指の先が白くなるほど手をぎゅっと握っている。
戸部さんは、本気の本気の本気……だ。
「先輩。私、これまで告白なんてしたことありませんでした。……私も恋をしたことがないから当たり前ですが」
「でも、これが恋なんだって、気づいてしまったから。先輩が屋上に来るまでずっと、ずっと先輩のことで頭がいっぱいで、胸がきゅうって苦しくて」
「私、先輩のこと、好きで好きで仕方ないです」
「う、うう……」
戸部さんは恥ずかしげもなく、私に対する気持ちを並べ立てて、緑色のリボンをくしゃりと握って。その小さな胸のうちを明かしていく。本当に私が読んだり見てきたりした、告白のワンシーンそのものだ。それが目の前で繰り広げられていて、その登場人物は私だというその事実に、気絶してしまいそうなほどドキドキしている。
けれど、どうしてだろう。
違和感が喉の奥にこびりついている。
この状況、何かが変だ。
「ねえ、せんぱい」
「ひゃっ」
戸部さんが声をきゅんと上擦らせて、私の耳元にささやく。戸部さんの高くて、でも少しだけ低いような声。それが私の鼓膜を甘く震わせて、脳を揺らした。
「先輩は私に好きって言われて、何を感じましたか? どんな気持ちになりましたか?」
「え、ええ〜っと……」
「――描写してください」
「はえっ?」
戸部さんはさっきまでとは打って変わって、いつも通りの声のトーンで、いつも通りすんと言った。
「きゅ、急にどうした!?」
「え、告白終わったので」
「お、終わった……? いや、確かに終わったけど……」
戸部さんはリボンを整えて、息を吐いた。
「はい。終わりました。それでどんな感じでした? 私の告白。描写してください」
「え、待って。もしかして今の全部……」
「はい。演技です」
「えーーーーっ!?!?」
私はこの真実に対する驚愕を、夕日に向かってめいっぱい叫ぶ。戸部さんは「うるさいです」と両耳を塞いだ。
この屋上で告白されるという一連の流れは全て、天才戸部澄火の迫真の演技だった。違和感を覚えた理由に納得がいく。
それにしても戸部さん、演技もできるのか……。
「ど、どうりでおかしいと思ったんだよな〜〜……。なんか、言葉に表せない違和感があったというか」
「告白をして、先輩がそれを描写したら、先輩の作家になりたいという夢の助けになれるかなと」
「戸部さんなりの応援だったのね……」
戸部さんは小さく頷いた。私は頬が緩む。
二次創作のときもそうだったけれど、戸部さんはやりかたが少し雑だったり、突然だったり、言葉足らずなだけで、本当はとっても優しい女の子なんだ。そうでもないと、嘘で告白だなんてしない。私は戸部さんに笑ってみせる。
「ありがとう戸部さん。おかげで参考になりそうだよ」
「そうだと私も嬉しいです」
「うん……あ、描写か。描写……ええっと、すごくドキドキして、心臓がばーってうるさく、なりました」
「わかりますよ。でも、私は描写してくださいって言ったので、もう少し文学的にお願いします」
戸部さんは真顔でそう言った。美少女の戸部さんに突然告白なんてされて未だ平常心を全く取り戻せていない私は、語彙がうまく引き出すことができなかった。
「えーっと……。帰り道でも、いいかな?」
戸部さんは少し首を傾けてから純に「わかりました」と、ドアのそばに置いてあったかばんを取りに行った。これでいったん時間の猶予は貰えた。
「あ、先輩」
「うん?」
戸部さんはたんと音を鳴らして、しなやかに振り返る。
「明日なんですけど、明日の放課後も空いてますか?」
「空いてるけど、今度はなに……?」
「やった。それなら明日も屋上、来てくださいね」
「えっ。それ、まさか……」
「はい。まさかです」
戸部さんはほんのわずかに口角を上げ、目を細めた。
戸部さんは振り返る。風が吹く。私は明日の放課後に溜息をついて、その背中を追った。
それにしても。
ひらひらとはためく戸部さんの制服を眺めながら、解消しきれなかった違和感が浮かぶ。
……演技で耳を赤くするだなんてこと、できるのだろうか。
「……ま、戸部さんならできるか」
それに、夕日でそう見えただけだ。
「ん? なにか言いました?」
「なんでもなーい」
「……そう、ですか」
恋は嘘で編む 割箸ひよこ @Wrbs145
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋は嘘で編むの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます