4・聞き込み
「はぁ? 伝承を知っているかって、いきなりお前さんは何を言っているんだい」
つい数秒前までは人当たりのよい笑顔を浮かべていたオヤジと呼ばれていた店主は俺の質問を聞いた瞬間、盛大に顔をしかめた。
まずい。怪しい人物として通報されかねないと危機を感じて慌てて、唇の口角をあげる。
治療院での仕事以外には
「ハハハ。そうですよねー・・・俺もそう思います」
店主に合わせるように声を発したつもりだったが、自分の口から出たのは乾いた笑い声。自分でも理解していしまえば、最後に小さく、本音をこぼさずにはいられなかった。
もちろん、誰かに聞いてほしいわけじゃない。自嘲に近いものだ。
それにこぼしてしまった声がこの人通りの多い道では喧騒に
今回もダメだったかと、その場から離れようとした一歩後ろに足を引いた時だった。
「リリエール領と言えば、聖樹ガイアの伝承の地だなんていうことはよちよち歩きの子どもだって知っていることだろうが」
ふっと太陽の陽射しを隠すように、予想もしていない言葉だった。
いつの間に落ちていた顔を上げ、店主を見る。店主は俺が質問したことが「心底、意味がわからない」というような、呆れ声だった。
「えぇ、もちろんです」
「アンタ、そんな身なりで商人なんてぇことはないだろうが・・・観光客のアンタが伝承のことを知らねぇって言うのは、なぁ?」
じろじろと遠慮のない強い視線が身体中に刺さる。
見定めされている。
いくら多くの人が行き交う領地とは言え、領外の人間に対して警戒心がないわけじゃない。むしろ反対で、見知っているからこそ、警戒心が強いとも言える。領内で害を及ぼす人間なのかどうか。
つまり、領主は信頼されている。領地を治める人物として問題がなく、また、伝承に関しても領民は誇りをもっている。
物を知らないような質問をされたことに対しての反応と、嫌悪感を隠そうとしていない態度がその証拠とも言えるだろう。
「あぁ、誤解させてしまったらすみません。見ての通り、
上げた口角は落とさないように気をつけながら、眉を下げて困ったように笑う。
そして相手の警戒心を
幼少の頃から治療院の手伝いをしてきて俺からすれば相手の反応が多少悪い程度なら問題ない。だてに耳の遠いじっちゃんばっちゃんから言語のつたないちびっ子たちまで、老若男女の患者を診てきたわけじゃない。
「なんだい! それならそうと言ってくれよ」
遠い場所、田舎からわざわざ若者が伝承を見聞きするために来た。ということに店主は気をよくしたらしく、ガハハと笑い声を上げながら背中をバンバンと叩かれた。地味に痛い。
「あ、いえ。私も気になるあまり先走った質問をしてしましまいました。すみません」
ペコリと頭を下げれば、またしても店主の笑いとともに背中叩きが行われる。一回一回が重く、ずしんと体の中に衝撃が走る。
理由はわかっている。体格差だ。
どちらかと言えば室内でもくもくと作業をする俺の体に分厚い筋肉が備わっているわけもなく、肉体労働を主にしてきた店主の筋肉が詰まった体格とは差がある。視界がぶれるのも仕方がない。
決して、俺が鍛えていないというわけではない。
「いいってことよ。聖樹ガイアは我らの生活に切っても切れない
「えぇ、お恥ずかしいのですが…」
ひとしきり笑った店主はうんうんと頷きを繰り返して、俺に理解を示す。
都合がいいように受け取ってくれたのなら、言葉の深追いはしない。
「えっと、それで。不思議だったんです。伝承は代々領主に引き継がれていると噂では聞いていたのですが、みなさんご存知のようでしたから」
「あぁ。なるほど! それであんなトンチンカンな質問をしたのか」
「トンチンカン……」
だから、店主が盛大に顔をしかめたのだと理解すると同時に、俺の心には静かなる衝撃が走っていた。それは雷に打たれたような衝撃。
いままで俺はしっかり者や年相応以上に落ち着いてるなどは言われてきた。それなのに、トンチンカンって。言われたことのない自分を評する表現。
「そんなに落ち込むな! 田舎というか地方に行くまでに話が尾ひれがついちまったんだんだろう。よくあることってもんだ!」
再び、バンバンと背中を叩かれる。
「ぐっ。あ、いや。んんっ。ありがとうございます」
「いいってことよ」
「その、やはり伝承の内容をみんな知っているんですね?」
今やるべき優先順位を脳内に浮かべ、なんとか気持ちを立て直す。
そして、話の続きをうながすと店主はニヤリと笑った。
「あぁ、そうだ。だが、領主で代々引き継がれているものも
本当に前途多難な道筋しか見えない。
「え? それは・・・どういうことですか?」
こぼれそうになるため息を喉の奥へ押し込み、目の前の難解な状況に向き合うしか選択肢はなかった。
幼馴染の勇者がうるさい〜前世だのチートだの意味はわからないけれど、世界を救う旅に出ます〜 慶 @k_k_
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