この地に暮らす領民だけでなく、商人、旅人と人が多く行き交う大きな街で、行き当たりばったりな旅をする3人の部屋を取るのは簡単なことではない。


「いいか、ユーリ。せめて貴族の屋敷にいる間は思いついたことをくちにするのは耐えるんだっ」

「悪かっ! たって!!」


 なんとか確保した宿泊処しゅくはくじょの一室。

 俺はユーリの肩を掴んでちからの限り、ガクガクと前後に強く振り揺らした。


「ゆ、ユーリ様が押されているっ……!!」


 そんな俺たちの様子を見ているナイトがよくわからないところで感動をしているであろう言葉が聞こえた。訂正したい部分はあるが、いまはそれどころではない。

 目の前の猛進男の意識をあらためてもらわなければならない。即刻に。


「ここはリマジハじゃないんだぞ。ピティナ様は言葉だけだったが、性根しょうねの悪い貴族だったら首が飛んでたっておかしくない状況だったんだぞ」


 ピティナ様は生粋の貴族気質ではあったが、気に入らないからと言って平民に手を出すようなことはしなかった。

 成人していないとは言え、周囲の人間に指示を出すことも出来た。

 それをしなかったのは自身の貴族としての品格もあったのだろう。


 だから、俺たちは運が良かっただけなのだ。


 いま、自分が口にした言葉は脅しなんかじゃない。実際にあり得ることなのに。

 

「ははっ。セイは深刻過ぎだよ。こんな序盤じゃ、そんな血生臭ちなまぐさいストーリーは起きないって」


 それなのに、ユーリは手のひらをパタパタと揺らして、いつものように笑ってごまかした。


 普段のこと。いままでもあったこと。

 頭の隅では理解しているし、ユーリのことはよくよくわかっているつもりだ。

 いつもと変わらないユーリの行動だったけれど、俺の中でプチンとなにかが切れた音が聞こえた。


「へらへら笑うことじゃない」


 自分でも驚くほど唸るような低い声が出た。ユーリの肩を掴む手に力が入る。


っつ! セイ……?」


 眉を寄せ、声を上げたユーリ。

 だが、その表情は痛みというより、俺の行動に驚いているようだった。


「俺は、お前の無謀さや行動によって起きる問題について、承知の上でこの旅に同行している。だけど、ナイトは?」

「え?」

「リマジハのみんなのことは? ユーリ、ちゃんと考えているのか?」


 ひとつ、ひとつ。

 確認するように言葉にすると、ユーリはビクリと体を震わせた。


「せ、セイ。落ち着けって……」

「俺は落ち着いている」


 ユーリはなぜか怖気ついたように後ろに下がっていくが、肩を掴んでいる俺の足も同時に進む。

 そのまま後ろに下がっていたユーリは、みずから壁に背をつけた。


「あ」


 移動することができないと悟ったらしい。


「ユーリ」

「目が、目がぁわってんだよぉー!!」

「なにがだ」

「ブチギレ、てる……から」


 俺の返答にユーリの声は尻つぼみになる。

 そして最後には消えいるような声になり、視線は地面に落とされた。


「そうやって誤魔化すな。目をらして逃げたって、俺たちは向き合わなければならないことだろ」

「うぅっ……」


 ぐずっと鼻をすする音が聞こえた。

 幼い頃と変わらない。時が止まったように、いつまでも子供のようだ。


「・・・」


 どこか冷めた気持ちで、ユーリの様子を眺めていた。


「あ、あの。セイ様」


 宿泊所の前にある通りを歩く人の声が聞こえるくらい、しんと静まり返っていた部屋にそっと優しい声が落ちた。


「なに?」


 ユーリから手を離さず、そのまま声をかけてきたナイトの方へとゆらりと顔を動かす。


「その、今回は私のちから不足もありましたし、決してユーリ様だけの責任ではなくて……その、ですから……」


 おどおどとして頼りなくみえるけれど、決して、人を思いやることを忘れない。

 とてもしなやかで強い。

 純粋すぎる心をもつナイトは、不思議と清らかな風を吹かせてくれる。

 俺の中に大きく膨れ上がっていたモヤモヤとしたどす黒い空気が抜けていく。


「……ふぅ、すまん。言い過ぎた」


 ユーリは逃げているけど、逃げているわけじゃない。

 これはユーリなりの精神的な負荷を軽減させる手段で、方法。

 昔から変わっていないのに。


 変わったのは環境。

 慣れない旅路、先が見えない状況で。

 俺は知らず知らずに不安をためこんでしまっていた。


 ナイトの言う通りだ。

 ユーリだけの責任ではない。キッカケはユーリの行動だが、ナイトにも、そして俺にも落ち度があった。

 それを俺が勝手に深刻に受け止めて、考え過ぎた。


 これじゃ……ユーリのことを言えないな。

 小さく息を吐き、自己嫌悪に落ちていると、ユーリのぽそりとした小さな声が聞こえた。


「セイ。オレが軽率けいそつだった。ほんと、悪かったと思っているし反省してる、だから……」


 視線を動かすと、しおれた植物のように肩を落としているユーリがいた。


「ユーリ、わかってる。へこみすぎるなよ」


 ユーリの頭をがしがしと撫でてやる。

 そして部屋の隅でそわそわと落ち着きなく指を動かしているナイトに声をかける。


「ナイト、ありがとう。助かった」


 ナイトの言葉がなければ、俺はきっと、ユーリにさっき以上に強い言葉で責めていただろう。

 そして、いま以上に深い自己嫌悪の穴に落ちていたに違いない。


「い、いえ! その……」


 目線をうろうろと彷徨わせたナイトは、言葉を切ったあと、意を決したように口を開いた。


「もっもし、よろしければ、食事に、しませんか?」


 ナイトから口から出された言葉は、まったく予想もしていなかった内容だった。


「食事? そう言えば、食事がまだだったな」

「はいっ! 宿泊処の1階には食堂が併設されていて、とても美味しいと店主も仰っていました。その、えっと、上司も言っていました”腹が減ってはいくさは出来ぬ”と…っ!」


 こういう友人同士の喧嘩にも慣れていないのだろう。

 所々、言葉に詰まりながらもなんとかこの空気を変えようとしてくれるナイトの不器用さに自然と頬がゆるんだ。


「あ、えっと。その戦とは、その、比喩的な表現でもありまして……実際の戦でのことではなくてですね」


 が、しかし。普段からおしゃべりではないナイトはここぞとばかりに雪崩なだれのように話を続けてしまった結果、つい”戦”という言葉をこぼした。

 それに一番は驚いたのはナイト自身だったようで口をパクパクさせた。

 もしかしたら、俺たちが戦という言葉に反応して、またケンカがはじめてしまうのではないかと慌てているのかもしれない。


 俺はナイトを落ち着かせるようにトントンと軽く肩に手を置く。


「大丈夫。ありがとう」

「えっ!? えと、その……」

十分じゅうぶんだよ。俺も、そしてユーリには効果抜群な提案だ」


 同意を求めるように視線をユーリに向ける。それと同時に、いつもの騒がしい声が響いた。


「よぉぉし! めしめしっ! 勇者たるものくじけたりしないぞぉぉ!!」


 拳で作った両手を天井へと向け、雄叫びを上げたユーリ。


「・・・」

「繊細なんだけど、図太いって言っただろ?」


 ナイトは俺の言葉に眉を下げ、困ったように笑った。

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