「あ、あの……ピティナ様」


 混沌を極めた室内で最初に声を上げたのは意外にもナイトだった。

 しかし、おずおずと声をかけたナイトをピティナ様はギロリとした視線で突き刺して言い放つ。


「なんだ。その弱々しい声は。それでも国王の側に仕える騎士か?」

 

 貴族とほぼ出会ったことがない俺からすれば、心臓が痛いと感じてしまうものだ。

 あまり気が強くないナイトもそうだろうと思って心配になった。そうしてナイトへ視線を向けると、ナイトは意外にも大きな声を出して驚いていた。


「えっ! わ、私をご存知でしたか!?」


 ピティナ様は鼻を鳴らして、うすく笑う。


「はっ。自惚うぬぼれるな。王からの伝令に書かれていた平民の勇者と、その旅に同行する国の騎士と平民という情報。その身なりと所作を見れば馬鹿でも分かる」


 なるほど。たしかにそうかもしれないが、それを瞬時に判断できる洞察力どうさつ力。ピティナ様の幼いながらの圧倒的なたたずまいに納得してしまう。

 そして、身分差を感じさせない穏やかな空気で喋りやすいロゼッタ様と、生粋きっすいの貴族気質と思われるピティナ様。姉であるロゼッタ様に対してピティナ様が厳しくなってしまうのも仕方がないのかもしれない。


「それで、その金髪頭の間抜けづらをしているのが勇者だろ」


 だが、大変ご機嫌斜めなのか。それとも別の理由からか。貴族というには少々、口調が荒い。このあたりは幼さを感じてしまった。見た目や雰囲気をどれだけ貴族然とすることができても、中身はまだ成年前の子供ということなのだろう。


「うぇ!? そ、そうです」


 ユーリはまさか自分に回ってくるとは思っていなかったらしく、ユーリらしい、なんとも気が抜けた声を出した。

 ピティナ様はそんな平民らしからぬ声を出したユーリに眉を潜めたが、それも一瞬のことで、次に俺を視線で刺した。


「それで、その隣りで凡庸ぼんような顔をしているお前が勇者の親しき友だな」

「え、えぇ」


 仕組みが分かれば、なんともないことではあるが。

 部屋に入室して数分の洞察力と、次々と言い当てていく威圧と言葉が鋭利すぎる。

 表情変化がとぼしいと言われる俺でも、さすがに頬の筋肉が引きつる感覚があった。


「ふんっ。なんとも頼りない奴らばかり。それで本当に世界を救おうと言うのか」


 それは俺も同感ではある。

 ユーリは除く、俺とナイトが自ら進んで”世界を救おう”なんて思って旅に参加しているわけではない。

 俺はユーリにはじまり、大人の事情に巻き込まれているのだ。

 そもそもの大元をたどってしまえば、女神に行き着くような気がするけれども・・・現在いまの場所と状況で説明するような空気ではないこともわかっている。


 巻き込まれているという、不本意だと思いつつも、いま、世界の異常が起きているのは事実で、それを誰かが正さなければいけいない。


 誰よりも何よりも一番、無関係な俺ではあるけれど、引き受けた以上、出来る限りのことはすると決めているし、最後には自分にも関わってくることだから。


 そんな感情論に近しいことをピティナ様に伝えたところで解決することでも、納得してもらえることでもない。

 さて、どうしよう。

 交渉役、貴族との対話に慣れているはずナイトは「馬鹿でもわかる」なんて言われて萎縮しまくっているし、ユーリは「ん? あれ?」とブツブツと疑問符をくちから溢しはじめている。見事なまでの変質者となっているユーリだが、変にユーリ語を使われるよりいい。

 予想がつかないユーリの行動を注視しているが、無駄に心臓が冷や冷やとする。

 ふと視線を感じて視線を戻すとピティナ様は訝しげな表情をしながら鼻を鳴らした。


「ふん。このような言い方をしても男三人、誰も言い返さぬか。こんな子供一人にも負けてしまうようでは、果たして聖樹ガイアにたどり着けるのか……女神様も人選を誤ったとしか思えぬ」


 驚いた。女神様を非難している?


「ピティナ様っ」


 影のように部屋の隅に経っていた執事長と思われる老齢ろうれいの男が制止するかのように声を上げた。

 執事は主人の影のように支える役割である、その執事が思わず出てしまった行動は当然だ。年齢的に言えば、2番目とは言え男だ。貴族は特に、家は嫡男が継ぐことが多いので、そんな人物と俺たちだけにするわけがなく、同席していることは問題ではない。問題はピティナ様の発言である。


 聖樹ガイアに関する伝承があると言うことは、女神に対する信仰も深いと考えるのが自然だろう。

 その信仰する側の頂点に立つ、領主家族が口に出すことは信仰に反するようなもの。

 たとえ、意図がなかったとしても、貴族として揚げ足を取られるような言動だ。失脚する原因にもなりうる。


「静かにしろ。私はこやつらのために言っている」

「しかし……」


 控えめにでも芯のある強さで言いつのる執事長に、ピティナ様は苛立ちを隠すことなく言い放つ。


「なんだ。私の言うことが聞けないと言うのか?」

「も、申し訳ありません」


 ピティナ様のギロリとした剣幕に、執事長は口をつぐんだ。

 執事庁のその対応にピティナ様は満足げな表情を浮かべた。かと思えば、俺たちの方へスッと剣を突き刺すように視線を流したいま々しく眉間にシワを寄せた。

 ここもまたいびつに感じた。


「あぁ、邪魔が入ったな。そうだ、もし、お前らが本物まことに勇者であると言うのならば」


 だから、一瞬、ピティナ様が発した言葉の理解が遅れてしまった。


「自力で伝承を見つけよ」


 ピティナ様はまるで新しい遊びを見つけた子供のように楽しげに笑った。 


「はっ?」

「えぇーー!?」


 思わず驚きの声をこぼすナイト。

 そして遠慮なく大声で叫ぶユーリ。


「はぁ。平民は礼儀がなってない上にうるさいな」


 わざとらしく肩をすくめ、大きなため息を吐くピティナ様。


「し、しかし。領主のみに受け継がれている伝承を……どうやって?」


 困惑しながらもなんとか言葉を続けるナイト。

 なにか手掛かりになるものを引き出そうとする俺たちの様子に、ピティナ様は笑みを深くするだけだった。


「さあな。自分たちで考えろ。本物まことの勇者であれば女神の導きがあるだろう」


 さきほどの言葉と、またしても逆。

 ピティナ様は女神を信仰しているのか、していないのか。それとも別の思惑があるのか。


「はっ! わかった!! 屋敷の中、自由に動き回っていいってことか! ついでにアイテムゲットだぜ!!」


 頭の中で絡まった糸が解けようとしていた。そのため、ユーリに対する反応が遅れてしまった。

 あまりにもとんでもないことを言い放つまで、ユーリの様子を注視することをすっかり頭から抜け漏れていたのだ。


「ほぅ。勇者は残念ながら知能が足らないようだな・・・話は以上だ。さっさっと屋敷から出て行け」


 腰に差されている件で切りつけられるようなことはなかったが、確実に怒りを抑えてるようピティナ様の組んだ手はピクピクと震えていた。


「失礼しました!」


 俺たちは気づけば逃げるように屋敷から飛び出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る