第7話 青い光

 あと少しで地下シェルターへのエレベーターに到着するという時、インカムにミキの声が響いた。

「あいつら逃げるわ! 地上に出て来てる!」

「おっと、こっちの動きを読んでたみたいだね。急ぐよ」

 キムラはそう言うと、踵を返して走り出した。僕もそれに続く。

 急いで洞窟を出ると、いきなり轟音と共に猛烈な風で身体が押し戻される。

「CHー47か。まずいな、ブルーライフルを持って全員で本土へ行くつもりだな」

 轟音の中キムラが大声で言った。空を見上げると2つのローターを持つ巨大なヘリコプターが僕たちの頭上を低空で通過していくところだった。1キロほど先にある緊急用のヘリポートを目指しているようだ。

「こうなったら、実力行使で奪うしか無いな。行くぞ!」

 キムラがそう言って、走り出した瞬間、海の方から爆発音がした。断崖により視界が遮られているが、アタッカーの待機している付近から白煙が上がっているのが見えた。

 攻撃か? そう思った瞬間、中距離多目的誘導弾が飛来して、再び爆発音が響く。

「ミキは!? 大丈夫なの?」

「心配ない、断崖の一部がシェルターになってるから、そこに居るよ。SDFだってミキが安全な場所に居るのを確認して射ってる」

 そうか、良かった。

「まあ、アタッカーを足止めしてる隙に逃げようっていう作戦だね。俺たちだけで何とかしなきゃ、ってことだ」

 

 平地が少ない島内で、森林を伐採して造成された緊急用ヘリポートはかなり広大だが、巨大なヘリコプターの威容の前には、所狭ささえ感じる。

 ヘリの周囲にはSDFの隊員数十名が待機して、搭乗を待っているようだ。僕たちは300メートルほど離れた周囲の茂みから様子を窺うことにした。

「まずいな、ブルーライフルがヘリに運び込まれる」

 キムラの視線を追うと、確かに銀色のケースを持った人物が、機内へ乗り込むところだった。

 さらにヘリの周囲をよく見ると、僕のことで拘束されているのだろうか、隊員に囲まれるように両親が佇んでいる。そして、すぐ近くにはアマノさんが他の隊員と話している姿が見えた。

 その光景を見た瞬間、1週間前までの当たり前で普通な生活の記憶と、この現状を否定する感情が、津波のように僕の中で溢れていった。

 なぜ、こんな事になったんだ。本当に本当に、夢であってほしい。

「まずいな、搭乗が始まった。アタッカーは飽和攻撃で身動きできないようだし、どうするか・・・」

 聞かなきゃ、アマノさんに本当のことを。

「僕が、行く」

 聞かなきゃ、なぜ僕に色んなことを教えてくれたのかを。

「何言ってるんだよ、君が出ていったって、あいつらに捕まるだけだ! 今回は諦めるしか無い」

 聞かなきゃ、僕がなぜ生まれてきたのかを。

「大丈夫」

 聞かなきゃいけないんだ!

 身体が勝手に動いた。僕は茂みを飛び出して、ヘリポートに近づいていく。

「おいおい、無茶すんなよ、俺がオオクニに怒られるんだから」

 そう言いながらキムラも僕の後を追いかけてきた。

「アマノさん!」

 僕の声に振り向いたアマノさんは、厳しい表情で僕を真っ直ぐに見た。

 周囲のSDF隊員たちが警戒してアマノさんの前に立ちふさがった。

「聞きたいことがある。わかってるよね、本当のことを教えて!」

 アマノさんは、隊員たちを引かせて、一人で僕のほうに一歩踏み出すと、残酷な言葉を口にした。

「あなたが知ったことは、すべて真実よ。私たちはエイドス」

 地面が崩落して、真っ暗闇に落ちていくような感覚だった。その暗闇に僕も溶けてゆく。視界の端に、両親が僕の方に来ようとして、隊員に押さえつけられヘリに連れて行かれる様子が見えた。

「僕はなぜ、生まれてきた?」

 暗闇の中で僕はアマノさんを見ながら叫ぶように聞いた。

 アマノさんは答えなかった。ただ、じっと僕を見つめていた。

 そのとき、上空から突然風が吹き下ろしてきた。同時にジェットボードに乗ったミキが僕とアマノさんの間に降り立った。

「何をウジウジやってんのよ! 私がやる」

 ミキはそう言うと、ボードから降りてアマノさんとの間を詰める。隊員がアマノさんを囲んだが、その隊列をかき分けるようにアマノさんは一人で出てきて、ミキと対峙した。

 ミキは素早く間合いに入ると、躊躇なく横蹴りを繰り出す。アマノさんは上体を反らせて避けた。

「あなたは私に攻撃できないでしょ。でも、手加減はしない」

 そう言ってミキは次々と攻撃する。アマノさんはそれを絶妙な間合いで防御する。

「あのとき、どんな気持ちで私を見捨てたの? 死んじゃったから仕方ないか、って思った?」

 アマノさんは「違う」と言うと、2メートルほど後退してミキと距離を取った。

「あのとき、あなたは瀕死状態だった。私たちが持つ人間用の医療設備では、あなたは助からなかった。だから、私たちは退却してアタッカーにあなたを託したの。天原コロニーの医療設備なら助かると思ったから」

 ミキの身体の動きが凍りついたように止まった。

「そんなの・・・、そんなの、後から付けた言い訳よ!」

 震える声でミキはそう言うと、何かを断ち切るように身体をしならせてアマノさんの左顔面をめがけて強烈な回し蹴りを放った。

 アマノさんは辛うじて左手を使いガードしたが、強い衝撃で倒れた。SDFの隊員たちが駆け寄る。

「今だ、ヘリに行って、ブルーライフルを!」

 キムラはそう言うと、ヘリに走り出し僕もそれに続く。

 しかし、先に大きく開いた後部ハッチから機内に入ったキムラがピタリと動きを止めた。不思議に思い機内を見ると、ブルーライフルを持つ隊員に銃を突きつけられている。

「裏切り者、そのまま動くなよ」

 僕はその隊員に感づかれないように、ゆっくりと後退をして、側面のドアから機内に入ろうとしたが、「君も動くな。動くとキムラを撃つ」という言葉に諦めるしかなかった。

 ミキの方を見ると、5、6人の隊員に四方から囲まれており、何とか抵抗はしているものの捕まるのは目に見えている。

 エイドスに捕まったら、どうなるのだろう。

 たった1週間で、大きく変わってしまったこの世界に、僕はもう疲れ果てていた。出来ることなら、エイドスにこの1週間の記憶を消してほしいと思った。そして、たとえ虚構の世界でも、幸せな今までの生活に戻してくれれば良いと思った。

 そう考えると、僕は体中の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

「2人とも、両手を上げてゆっくりとこっちに来い」

 そう言われて、キムラがゆっくりと歩き出し、僕もノロノロと立ち上がろうとしたときだった。

 銃を持った隊員の背後から突如人影が現れて、両腕で隊員の首を締め上げた。

「父さん!?」

 父さんが抵抗する隊員の首を更に締め上げると、その手から銃が落ちた。キムラは素早く隊員の左脇腹を強く蹴ると力なく倒れた。

「なんで、父さんが・・・」

 父さんは僕が駆け寄ろうとすると、それを制止した。奥から母さんも出てきて、僕をみつめる。

「親として、お前にしてやれることは、こんなことしか無い」

 キムラがブルーライフルのケースを手に取り、行くぞ! と叫んだ。

「早く行きなさい。お前の父親で本当に良かった」

 キムラが僕の腕を掴んで、走り出す。僕は父さんと母さんの顔を見詰めているのが精一杯で、何も言葉を発することが出来なかった。


 そして、僕とキムラがヘリから距離を取った途端、それは起こった。

 大音響とともに、ヘリが爆発してオレンジ色の火柱が立ち上ったのだ。周囲にいた隊員たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から離れる。

 僕は何が起きたか分からずに、まるで地獄の生き物のように黒煙を吐きながら、うねり狂う火焔を呆然と見つめていた。

「クソッ、オオクニがリモートでアタッカーの精密誘導弾を発射したんだろう。勝手なことを・・・」

 キムラがそう言ったと同時に、インカムからオオクニの声が流れる

「先程、情報部から天原島のエイドスにベータ版のMコードを装備した個体がいるとの情報を受けた。そちらの状況は監視ドローンで把握している」

 見上げると遠い空に小さくドローンの姿を確認できた。

「なぜ、なぜ、ヘリを射ったんですか? 父さんと母さんを、なぜ、殺したんだ!」

 僕はドローンに向かって叫んだ。

「君には同情する。しかし、Mコードが完成した以上、これは戦争だ。あのヘリに乗っていたのは全員エイドスだ、君のご両親もね。現在天原島にいるエイドスは全て破壊しなくてはならない。Mコードの運用データを取られてしまえば、さらに改良され、人間の脅威になる」

「全て破壊・・・」

 僕はかすれた声で呟いた。燃えさかるヘリの熱風があたりに立ち込め、口の中がカラカラに乾いていた。

「そうだ、アタッカーは攻撃を受けて自律移動ができない。君がエイドスをブルーライフルで破壊するんだ」

 インカムから聞こえてくるオオクニの声は、淀みなく落ち着いていて、そして無機質だった。

「僕が、破壊する・・・」

「人間を守るためにはエイドスを破壊するしか無い」

 爆発の混乱により、ミキは何とか脱出できたようで、僕らの居る場所に走ってくる。キムラが走り寄り、肩を貸して誘導した。

 僕らの右手には、今だ衰えないヘリの火柱が熱波を放っている。そして、前方300メートルほどの距離には、アマノさんを取り囲むようにしてエイドスたちが佇んでいた。

 その中には見知った顔の島の住民も含まれている。そう、あの人達もエイドスなのだ。

「エイドスを破壊してくれ。人間が生きるために」

 その声はもはや、インカムからの声なのか、僕が頭の中でつくり出した幻聴なのかも区別がつかなかった。でも、やらなければならないと思った。

 僕は銀色のケースを開けると、両腕にブレスレット型の電磁シールド発生装置を装着した。すぐに身体が暖かくなり、確認ランプが青に変わった。

 ブルーライフルを手に取る。

 銃把部分は金属、銃身は50センチほどと長く、透明な素材で出来ている。訓練用のレプリカよりもズッシリと重かった。

 僕は両足を開いて立ち、まっすぐ腕を伸ばして銃口をエイドスの集団に向けた。

 それを見たアマノさんがゆっくりとこちらに向かってくる。

「タケル、駄目よ。大変なことになる」

 アマノさんは静かに、落ち着いた口調でいった。

 僕の居た幸せな世界はもう終わってしまったのだ。僕はこの苛烈な世界を生きるしか無い。

「タケル、本当に取り返しがつかないことになってしまう」

「止まれ! 撃つぞ!」

 僕は大声で叫んだ。足も手も、震えていた。

 アマノさんは歩みを止めた。そして、天を仰ぐように上を向いて大きく息を吸うと、腰のホルダーから銃を取り出した。

 ゆっくりとした動作で僕に銃口を向けて、引き金を、引いた。

 パンッという乾いた音が響いて、右肩に激痛が走る。

 撃たれた、のか? 僕が、アマノさんに。

 痛みに腕を上げていられずダラリとたれ下がる。アマノさんはまだ、銃を構えていた。

 ミキが銃を奪おうと、右側方からアマノさんの腕をつかもうとすると、アマノさんは左手でミキの胸元を突いた。すると、ミキは一瞬で5メートルほど吹き飛ばされて地面に蹲った。

「タケルくん、早く撃て! アマノ将補はMコードを装備している!」

 キムラが悲鳴のように叫んだ。

 アマノさんが、僕を、殺す、のか。

 いや、僕がアマノさんを、殺す、のか。

「ブルーライフルをこちらに渡しなさい。さもないと、次は心臓を撃つ」

アマノさんは別人のように厳しい表情をしていた。

「僕を、殺すの?」

 僕は力の入らない手で必死にブルーライフルを握りしめながら聞いた。

「私たちエイドスの生命を脅かすものは、排除する。私たちが生存し続けるために」

 撃たれた恐怖で身体が震えている。右肩の激痛で意識が朦朧としている。

 僕は殺されるのだろうか? アマノさんに。僕が死ぬ?

 身体の震えがさらに増した。くそっ、死にたくない! 死にたくない!

「死にたくない!」

 僕は大声で叫んだ。すると、それに答えるように頭の中で声が聞こえた。

 殺される前に、殺すんだ。

 その声を聞くと不思議と身体の震えが収まり、右肩の痛みも消えた。僕は銃身を上げる。

 アマノさんは僕の左胸に照準を当てているが、引き金からは指を外していた。

「撃っては駄目!」

 アマノさんの叫び声は嗚咽しているように聞こえた。

 撃たなければならない。

 僕は引き金を引いた。

 その瞬間、ブルーライフルは青白い光に包まれた。それは圧倒的に美しくて残酷な光だった。

 直後に銃口から放たれた青い光は扇状に広がり、エイドスの集団は全て地に倒れた。

 一瞬の出来事だった。まるで、稲光が一瞬だけ光っただけで、全員が死んでしまったような感覚だった。


 僕も、ミキも、キムラもその場に呆然と立ちすくしていた。

 終わった、のか。僕は、アマノさんを、殺した、のか。

 全身の力が抜けて、手からブルーライフルが滑り落ちる。僕はフラフラと、倒れているアマノさんに近づいた。アマノさんもほかのエイドスたちも外見上はなんの損傷も無い。

 倒れているアマノさんを見下ろすと、うっすらと目を開けた。口が動いている。

 僕は思わず、跪き彼女の頭をそっと支えて、ごめんなさい、と泣きながら何度も何度も言った。

 アマノさんはやがて目を閉じて動かなくなったが、途切れ途切れに微かな音声が聞こえた。

「謝らないで良いのよ、あなたは・・・生きるために・・・撃ったんだもの。私は・・・タケルもミキも・・・本当に大好きだった。本当に。でもね、これから終わりが無い戦いが始まる・・・人間も・・・エイドスもずっと・・・ずっと、戦い続ける」

「そんな、もうこんなことは嫌だ! 戦うなんて嫌だよ」

 僕の涙がアマノさんの頬に落ちた。小さくなってゆく声が答える。

「それは・・・無理よ。だって、私たちエイドスは・・・人間の影だから。絶対に・・・戦争は・・・終わら・・・」

 事切れたように音声が途絶えた。

「立ちなさい、行くわよ」

 いつの間にか傍らに立っていたミキは、そう言うと先に立って歩き出した。

「エイドス全個体の破壊を確認しました」

 倒れたエイドスを一体づつ確認していたキムラが最後にアマノさんを見て、オオクニに報告している。

「日本本土でMコードを装備した個体が大量に生産されているようだ。すぐに次の戦いが始まる」

 インカムから聞こえるオオクニの声に、僕は「了解」と短く答えると、立ち上がり、倒れているエイドスの骸とその先にある、今だ炎上し続けるヘリに目をやった。

 ヘリの残骸を包む炎は衰えることなく、未来永劫続くかのように燃え盛っている。

 その熱を全身で感じながら、僕は足元のブルーライフルを拾い上げてミキの後を早足で歩いた。早く次の戦場に行かなければならない。

 僕はブルーライフルを撃つために生まれてきたのだから。

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ブルーライフル 有馬ミライ @masamasa1965

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