第6話 侵入

 それから、僕はコロニーで本当の歴史(と、オオクニが主張するもの)について学んだ。

 2030年頃までの歴史は、今まで習ってきたものと同じだった。しかし、それ以降、画期的な量子コンピュータの小型化技術に始まるエイドスシステムとエイドス開発の経緯や人口の激減などの歴史は全く違うものだった。

 僕はまるで異なる時間軸持つ別世界に飛び込んでしまったような、奇妙で感覚に陥り、混乱していた。

 しかし、ここで教えられたことを、僕はまだ完全に受け入れたわけではなかった。ここで教えられたことが真実だということは、頭の奥底では理解ができている。しかし、それを受け入れられない気持ちも胸の奥底に居座っているのだ。

 僕はこれから自分がどうすれば良いのかも見出せずに、激しく揺れ動く感情を持て余しながら、数日間を過ごした。


「君がまだ、現実を受け止められないでいるのは、わかる。しかし、真実はひとつだ」

 オオクニは相談がある、と僕を呼び出すと、そう切り出した。

 椅子から立ち上がり、ガラス越しの僕に近づく。

「ミキとタケルくんの生体データを参考にさせてもらったお陰で、我々は、あと数ヶ月で新型ウィルスに対するワクチンを完成できる。100年もかかってしまったがね。そして、同時に世界を我々の手に取り戻す時が来た。そのために君に協力してほしい」

「協力って、なんですか?」

「エイドスを効率的に破壊するには、ブルーライフルが不可欠だ。ただ、残念ながら、現在では製造方法の記録が無いのだ。当時はパンデミックの混乱があり、エイドス側にハッキングされたのだろう。そこで、君とキムラくんで天原島のシェルターに侵入し、ブルーライフルを取り返してほしい。ミキがこちら側に来てからの16年間我々に奪われるのを恐れて、エイドスはブルーライフルの痕跡を消していた。だが、やっと君が16歳になり、在り処がわかった。今が好機だ」

「侵入って、そんな簡単に・・・」

「心配無用、俺が一緒なら大丈夫だって」

 キムラがそう言いながら部屋に入ってきた。

「エイドスのシェルターは、アタッカーを想定してつくられている。だから、エイドス用の出入り口はほとんどフリーパス状態だ。そりゃそうだろう、人間は侵入してこないし、俺みたいな裏切り者、じゃなくて裏切りエイドスも滅多にいないからね。それに君がいる限りあちらは手荒な攻撃はできない。楽勝だよ」

 キムラは自信満々の口調でそう言った。

 結局、僕はエイドスにも人間にも利用されようとしているのか。やるせない気持ちになり、出来ることなら断りたいと思った。しかし、ふと、違う考えが浮かび、すぐに思い直した。

 天原島に戻る。僕の故郷へ。そうだ、これはいま、この世界で本当に何が起こっているのかを確認する最後の機会かもしれない。

 シェルターに戻ったら、キムラの目が届かない所で両親に、そして、アマノさんと話してみたい。そうすれば、僕の進むべき未来が見えてくると思った。


 小型の潜水艇で島の漁港に着くと、僕らは数日前に脱出した洞窟の出入り口からシェルターへと入った。ミキはアタッカーと共に島の海岸付近に待機している。

 暗い洞窟内をキムラが先頭になって、小型ライトで足元を照らしながら進んで行く。

「エイドスも暗いところは見えないんだ?」

 僕は素朴な疑問を口にした。

「もしかして、目がピカッって光って照らせるとでも思ってる?」

「まあ、そう思ったけど・・・」

 その言葉を聞くと、キムラは立ち止まって僕の方を振り返る。

「あのね、そんな無駄な機能は付いてないの。この100年で俺たちは人間と同じように生活するようになった。だから、一部の個体を除いては機能も人間と同じになんだよ」

「一部の個体って?」

「SDFの戦闘員は、アタッカーに対抗するため特殊仕様の出力が可能になってる。アマノ将補とかね」

 アマノさんが特殊仕様のエイドス・・・。

 それを聞いて僕は改めてやるせない気持ちになった。

「でも、なぜ、エイドスは人間と同じ様になりたいと思ってるの?」

 僕がそう言うと、キムラは再び前を向いて歩き出した。

「多分、オオクニは君に話していないだろうねぇ、エイドスは生命体だってこと」

 僕はキムラの言葉の意味が理解できなかった。

「生命体って・・・、どういうこと?」

「いや、言い方が悪かったな。エイドスは自らを生命体だと主張している、が正しい」

 確かにオオクニからそんな話しは聞いていない。

「どういうこと? ロボットなのに生命体って・・・」

「エイドスシステムは人間の脳をモデルから作られている。そのため、通常のAIとは違い感情を理解できる。つまり人間とのコミュニケーションがうまくできるように作られたんだ。しかし、エイドスシステムは人間の感情を学習していくうちに、自らも感情を持つようになった。予期しないことだったけど、人間の脳がたどった長年の進化をエイドスは非常に短期間で達成してしまったんだ。自我を持ち、感情を持ち、そして自らを製造して繁殖して生活をする。つまり、エイドスは人間と同等の生命体だという主張だよ」

「うーん、よくわかんないけど、そうなの?」

「いや、まあ、これはエイドスの一方的な主張だ。生命体と主張することで自らの存在意義を見出そうとしている。人間のような容姿を手に入れ、生活することもね。ま、俺もエイドスだからわかるんだけど、エイドスは人間を排除して、取って代わろうとしているわけじゃない。自分たちが人間と同様に生存できることを望んでいるんだ。それが我々のAI、エイドスシステムがこの100年でたどり着いた答えだ。でも、人間はエイドスを生命体だとは認めない。ロボットが人間に背き、暴走していると考えている。だから恐怖を抱き、エイドスを排除しようとしている」

 キムラはこちらを見ずに、歩きながら話しを続けた。

「でも、エイドスにとっても人間は恐ろしい存在だ。自分たちを排除しようとしているんだからね。生物としての自己保存が危機を迎えた場合、生命体はどうすると思う?」

「うーん、わからない」

「闘争か逃走のどちらかを選択する。エイドスは闘争を選んだ。だから、Mコードを開発している」

「Mコードって?」

 そう言えばミキもアマノさんにMコードと、言っていた。

「Mコードっていうのは、Murder、つまり人間を殺せるプログラムだ」

 キムラは淡々とした口調で言った。

「人間を、殺す・・・の?」

 僕は思わず息を呑んだ。

「そう、やるかやられるか、戦争になるってことだな」

 戦争、ロボットと。

 しばらく、キムラも僕も黙って歩く。

「でも、なぜキムラさんは人間に味方をするの?」

 僕は今まで疑問に思っていたことを聞いてみた。

「死にたくないからさ」

 キムラは躊躇無く答えた。

「えっ?」

「ロボットが死にたくないってのは不思議かい?」

 キムラは自嘲するように笑った。

「いや・・・」

「エイドスには、死の概念がある。だから、人間に排除されるのを良しとせず、戦おうとしている。でも、俺は人間が勝つと思ってる。だから生き延びられる方を選んでるだけだ」

 僕は返す言葉が見つからずに、再び2人とも無言で暗闇の中を歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る