第10話 台風のような男

♢


星の光に包まれて、一人の少女は宙を漂う。

ゆらゆらと星で染められた黄金の髪をたなびかせながら、少女はふと昔の事を思い出してはニコッと微笑んでいた。


「——何か面白い事でもあったのですか?」


少女に話しかける上品な声。

そこにいたのは、純白な髪と雪の結晶でできたような美しい瞳を持つ少女の形をした『何か』だった。

純白の少女は、星の少女の元に駆け寄る。

「面白い事、ですか?」

「ええ。貴女が楽しそうに笑っていたので。何か面白い事でも考えていたのかと。違いましたか?」

「……少し、昔の事を思い出していたのです。地上に居た時の事。旅をしていた時の事。」

そう星の少女が答えると、純白の少女は手を顎に当てて「そういえば」と声を漏らした。

「貴女のお話を聞く機会は今まであまりありませんでしたね。良ければ、貴女のこれまでのお話を私に聞かせてくれませんか?」

その言葉に、星の少女は優しく微笑む。

まるで星が瞬くような、きらりと輝く笑顔で少女は答えた。


「勿論です。我らが世界神の頭部——ノルティア様。」


ルノティアと呼ばれた少女は、星の少女に近寄る。

「私が今思い出していたのは、ある二人の少年のお話です。」

「少年、ですか?」

「はい。その二人は、悪い大人に騙されて誘拐された時に出会ったのですが……それはもう、最悪の出会いだったそうで。この話は私も人から伝え聞いたお話だったのですが、今思い返しても笑いが零れてしまいます。片方の少年は、青年になってもなお、彼の事を毛嫌いしていましたが、何かと手助けをしてしまうお人好しなんです。」

「私、そのような関係について心当たりがあります。——腐れ縁、というものですね?」

ふふん、と自慢げなノルティアに星の少女はくすりと笑う。

神様だけれど、彼女は心を持ち人を慈しむ。

慈愛に満ちた素敵な神様にして、星の少女を造った張本人。

世界を愛し、世界に愛され、人々を愛し、人々に愛された神様。

彼女には知性がある。理性がある。

だからこそ他の神様よりも沢山悩み、沢山の事を考える。

「はい、まさにその通りです。彼らは互いをよく知っていました。あれやこれやと口を尖らせていても、二人はなんだかんだで仲良くなってしまうんです。」

「まあ!人間というのは、とても面白いのね。ねえ、その話をもっと聞かせてくれるかしら?彼は出会ってから、どうやってその腐れ縁になったのか。私はとても興味があります!」

「では、僭越ながら私が語り手となってお話をさせて頂きますね。彼らの物語を。」

そうして星の少女は話を始めた。

一緒に旅に出た青年から聞いた、腐れ縁の始まりを。

少女は楽しげに語り、神は楽しげに耳を傾ける。


「——彼らはそうして出会いました。そして、取り引きをする事を決めた二人はまず、自分達を誘拐した悪い大人達を懲らしめる事にするんです。」


少女は、その話をしながらにこやかに微笑む。

そして語り出す。二人の少年が青年になるまでの物語を。


♢


「——折角だ!あいつらを懲らしめるのはどうだ!?」


ふん!と自慢げにクライスは俺に提案する。

堂々と仁王立ちをして、顔には『僕って天才なのでは!?』と書いてあるのが見て取れる。

整備されていない山道を走る車輪がガタンと揺れ、クライスは体勢を崩した。

「馬鹿か。第一、俺達の中で対抗できるのはエクターだけなんだぞ?俺とお前に何が出来る。」

「エクターって、そこのぬいぐるみだろ?まあ確かに神術を使えるのはそこのぬいぐるみだけだが……戦う術がそれだけだと誰が言った?」

クライスは自分の隣に置いてある木箱を漁る。

その中から出てきたのは、古い木刀だった。

「木製の剣……?そんなもので何をする気だ?」

「言ったろ?これでも一応は伯爵家の出だ。なら、それなりに必要な教育はされてきた。男なら剣を扱う腕も持っているさ。」

と、クライスは木製の剣をぶんと振り下ろす。

剣は剣だが、木で作られた軽いおもちゃのような剣だ。

しかも古びていて、いつ壊れてもおかしく無い。

そんな剣で、大人と渡り合うつもりか……?

「心配そうな顔だなあ、ニカル。でも安心しなさい。二歳上のお兄さんにかかれば、この剣でもどうにか出来るものさ!」

何処からそんな余裕は出るのだろう。

まあでも、こいつが『出来る』と言ったのなら、きっと出来るのだろう。

なら今はいやでも、その言葉を信じるのみだ。

「で?作成は?」

「そんなものは無い!正面からカッコよく決めるのが僕の流儀さ!」

——前言撤回。やっぱり信じてはいけない気がしてきた。

クライスは木製の剣を持ち、馬車の後ろの見張りの頭を思いっきり叩く。


「……ぐはっ!?」


それが合図だった。

隣にいた見張りが剣を抜く。その隙を見逃さなかったエクターは、宙に浮かび両手を前に突き出す。

「エリーフショット!!」

風の刃が、見張りの腰にぶち当たる。

「うわあああ!!」

見張りはそのまま体勢を崩し、馬車から転がり落ちる。

後ろの様子が騒がしい事にやっと気が付いた大人達は、馬車を止めて裏手に回った。

「何だこれ!?てめぇらの仕業か!?」

大人の見張りをいとも容易く気絶させたのだ、驚くのも無理は無い。

だが、ここからが本番だ。

残りの敵は五人。しかも全員武装済み、大柄な男。

普通の子供ならばまず勝ち目は無い。

「ふふーん。そうだって言ったらどうするのかなー?」

「どうするもこうするもねぇ!てめぇら!こいつらを皆殺しにしろ!」

ぞろぞろと他の四人が現れ、俺達を囲む。

流石はプロだ。こうすれば俺達の退路は無い。

簡単には逃がさないつもりだろう。

「エクター!」

「うん!エリーフショット!!」

エクターの風の刃は、俺の目の前にいた男のうなじにぶつかる。

「ぐはっ!?」

エクター曰く、エリーフショットは初級の神術だが、そこそこ威力を高めれば一発でノックアウトに出来るらしい。

しかも風の力は、水や火、土などとは違い目に見えにくい。

防御しようと思っても、かなりの手練でない限りは防御が難しい。

「何が起きた……!?」

「——神術か。ガキだと侮っていたが……まさか神術使いが紛れ込んでいたとはな。」

眼帯の男が、ニタリと笑う。

あの一瞬で、神術だと見破ったのか……!?という事は、この男が恐らくボスのような存在なのだろう。

見るからに圧迫感があって、足がすくむ。

だが……ここで負ける訳にはいかない!!

神術だと見破られても、こっちの方が有利である事に変わりは無い。

「エクター、このまま突っ込むぞ!」

「分かったよ、ニカル!!——全力エリーフショット!!!」

エクターのエリーフショットは、二人目の男を目掛けて真っ直ぐに伸びる。

が、しかし。

「右腹だ。」

眼帯の男は、エクターの攻撃を瞬時に読み仲間に伝える。

その読みは見事にあたり、右の腹に剣を構えるとエクターの攻撃は弾かれた。

「……なっ!!弾いた!?」

「まだまだガキだなあお前ら。目線の先にあるのが答えだと自分から俺らに教えているようなもんだぜ??」

そうか……!あの眼帯は俺の視線を読み取って攻撃の位置を割り当てたのか……!!

ならっ!!

「エクター!もう一度だ!!」

「うん!!」

「何度やっても無駄だ。視線が合わないのなら神術を上手く扱えないだろ?お前らの負けは確定してるんだよ!!」

なら、その言葉をそのままそっくり返そう。

俺はぎゅっと目を瞑る。そしてエクターは俺の指示に合わせてエリーフショットを打った。

もう一度エクターが放った攻撃は、もう一人の男の腹に直撃する。

「げほっ!」

そのまま押し倒されるように地面に頭を打つ同胞をみて、眼帯の男は目を見開いた。


「——なっ、何故……!?」


驚くのも無理は無い。なぜならこの男は一つ勘違いをしているからだ。

「残念だが、神術使いは俺じゃない。エクターだ。」

俺は無意識にエクターの攻撃を目で追っていた。

そのせいで、眼帯の男に攻撃の位置が当てられてしまった。

眼帯の男はきっと俺が神術使いだと思い込んでいたのだろう。だがそれは大きな間違いだ。

俺は神術なんて使えない。俺はそんな凄い力を持っていない。

「エクター……?そこにいるただのぬいぐるみが……!?馬鹿を言うな!ぬいぐるみが神術なんて使えるはずない!!」

そう。ただのぬいぐるみなら。

でもエクターはエクターだ。俺の幼なじみで、唯一俺と一緒にあの惨状から生き残った者。

エクターを馬鹿にすると、痛い目に遭うと分からせてやる!!

「エクター!!!お前の力を見せつけろ!」

「うん!私はエクター。ただのエクターだよ、おじさん!!覚えておいてよね!!」

「ぬ、ぬいぐるみが喋っ……!?」

エクターのエリーフショットは、もう一人の男の背中に直撃する。

これで残りは眼帯ただ一人。

ほらな。俺の見立て通り楽勝だった。

「有り得ない……ぬいぐるみが……喋る!?神術を使う!?こんな事があっていいはずがない!!」

「馬鹿か、お前は。無いなんて事はない。なぜならこれは——魔法だからだ。」

俺はゆっくりと眼帯の男に近付く。

砂利をぎゅっと踏みしめて、一歩ずつ歩く。

「魔法だと!?それこそ、そんなものある筈が無い!クソガキ、お前の頭はイカれてんのか!?」

魔法は無い。ああ、皆そう言う。そうなんだろうよ。

魔法は無くて。奇跡も神秘も無くて。

でも。それでも俺は魔法を信じる。俺がここに立つ限り、魔法はあると証明してやる!!


「エクター。」


俺は宙に浮くエクターにもう一度指示を出そうとした……その時だった。

「いやいや。最後くらい僕に譲ってくれよ。これでもカッコつけたいんだぜ、僕ってば。」

そう言ってきたのはクライスだった。

木製の剣を手に持ち、ゆっくりと俺に近寄る。

「お前……最後の良いところだけ持っていく気か?」

「おうとも!それが出来る男ってわけさ!」

正直、あんまりこいつにやらせたくないんだが……まあ、そこまで自信満々に言うのだ。

それなりに勝機があるからこその発言なのだろう。

「……分かった。絶対にしくじんなよ?」

「勿論だとも!なあに、こういう時は確実に決めるのが大切だ。見ていてくれたまえ!」

と、俺はこの時ばかりは自分の浅はかな考えを呪った。

ただの普通のお坊ちゃんなら、確かに正々堂々と剣での勝負を挑み、命からがらに勝利を収めるだろう。

というかそれが物語のセオリーというやつだ。が、このクライスにそのセオリーがそのまま通じるのかと聞かれたのなら俺は断じてノーと答えるだろう。

クライスは下から勢いよく剣を振り上げる。

何をする気かと思ったら、その剣先は眼帯の男太ももの間に挟まった。

クライスは力を全力で込め、男にとっては命よりも大切である、その場所目掛けて剣を当てた。

そう。男が生まれ持つ大切なソードにあろう事か、あの男は剣を入れたのだ。

「はうっ!?」

その痛みは、見ているこちらにも伝わってくる。

あまりの激痛に眼帯の男は持っていた剣を落とし、自身の急所を全力で抑える。

「今だっ!!」

クライスはその隙に今度は頭上目掛けて剣を振り下ろす。

眼帯の男はそのまま意識を失いその場に倒れた。

ばたり。

小さな砂埃を立てて、眼帯の男は白目を向いたまたた気絶する。

その様子を見たクライスはふん、と鼻息を荒らげ自信満々に、

「どうだ!!」

と堂々と仁王立ちした。


いや、ゲスい。普通に最低だろ。

見てたこっちまで同じソードに痛みを感じたくらいだ。

あの時、こいつが正々堂々と戦うなんて考えた俺が馬鹿だった。こいつはせこいやつだった。

「お前……それでいいのかよ……。」

「ん?勝つ為に必要なら手段を選ばないのもまた、男の嗜みだよ、ニカルくん?」

そんな嗜み捨てちまえ!!

なんだか最初は敵だと思っていたが、こう見るとどっちが敵なのか分からなくなる。

男として。

まあでも、勝ったことに変わりはない。

それにクライス曰く、「そこそこは加減した」らしいので、夜が明ける頃には全員目を覚ますだろう。

それに、こいつらは子供を攫って売りさばいていた極悪非道人だ。

ならこれくらいの痛い目は見るべきなのかもしれない。


「お前、この先絶対あの戦い方すんなよ……」

「ん?なぜだい、ニカル。勝ちは勝ちじゃないか。」

「まあ、存分に敵を作りたいのなら止めはしないけどな。」

この時、俺はもう少しこいつに説教をするべきだったと、後になって後悔する。

兎にも角にも、俺とクライスはこうして出会い一応共闘もした。

が、俺はこの男を決して友だと認めるつもりは無い。

その理由についてはおいおい話していくとしよう。

こうして俺とクライスは共に町に戻る事が出来た。


そしてクライスは約束通り、かなり腕の立つ人形師を俺に紹介してくれた。

そこで今のエクターの身体を作って貰ったのだ。

勿論金はクライス持ちで。


と、ここまでがクライスとの出会いのあらましだ。

そして俺はそれからこの男と出会ったこの日の事を一生呪う事となる。

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