第4話 その後のブラックシュバリエ


 お礼参りは終わったのだろう。

 アナウンサーが、ひどいありさまの映像をバックに、難しいことをまくしたてていた。 

 「なんか、無敵だったね」

 僕が言うと、ママは出かける支度をした。

 「スーパー行くよ」

 「なに買うの?」

 「お肉よ。今夜はとんかつ作るからね」

 僕は、昼間のカツカレーの話を思い出して、

 「わあい」

 と、正義と悪が泣いている様子のテレビの電源を切った。

 そんなわけで、夕ご飯は、カツカレーだった。

 ママが、豚ロースうすぎり肉のセール品を買ってきて、紙みたいにうすいカツを、たくさん作ってくれた。

 パパとおじさんは、ビールをたくさん買って帰ってきた。喉が渇いたのだそうだ。

 そして、

 「ううう…」

 おじさんは、カツカレーを、やっぱり泣いて食べていた。

 パパは、おじさんをからかいながら、おいしそうにカレーもカツもお代わりしていた。

 「やっぱ、運動のあとのビールはうめえな」

 そうパパは愉快そうに笑った。

 「あんな迷惑な運動が、あるもんか」

 おじさんも、笑って言った。やっぱり、二人は兄弟だ。似た顔だ。

 僕が、

 「パパもおじさんも強かったねえ」

 ときらきらした目をすると、おじさんは、

 「今まで、魔法をそんなに使ってなかったからねえ。びっくりしただろう」

 と愉快そうにしていた。

 悪の組織に就職することになったおじさんは、魔法を使えることは黙っていたらしい。そこらへんは、

 「超地底魔法王国の王家の血を引く者として、やっちゃいけないことだと思った」 

 きりりと、おじさんは胸を張った。

 「そんなに、ってことは、ちょっとは使ったのか?」

 パパが訊くと、

 「バスをひと様のお宅の塀にこすった時に、バスと塀を元通りにするのに、ちょっと使った…」

 おじさんは気まずそうに言ったけれど、

 「へえ、便利ねえ」

 ママは、うらやましそうにしていた。

 


 パパたちの活躍ぶりは、世間では話題になったらしい。

 どうして僕が知っているかと言うと、翌朝の新聞の一面に出ていた。ママが駅の売店とかコンビニで、そういうのを記念に買っていた。

 なにしろ、主人公やその仲間たちがフルボッコにされて、正義の基地が一刀両断だ。

 「ありゃまあ、こりゃまた、どうしましょう」

 ということになった。

 なにしろ、パパのマルス・ソードは炎を纏った剣だ。一刀両断のあとに激しい火事となった。延焼の危機があったのを察して、おじさんが魔法で火を止めなかったら、サイキョウ・ベースも悪の総本部も、普通に火事になっていただろう。ナイスだぜ、おじさん。

 「悪の総本部は、火災保険の手厚いのに入ってたかなあ」

 そう心配するおじさんに、

 「ああいう襲撃じゃ、入ってても保険金はおりねえんじゃねえか?」

 その襲撃をしたパパが、のんびりと答えた。

 ネットも、大変だ。

 パパは「キレまくった謎のイケメン」と世間を騒がせ、おじさんは、「あの仮面をとったら、ものすごいイケメン現れた♡」(※1)効果で、これまた世間を騒がせている。

 ママは、

 「パパが捕まったらどうしよう。賠償とかどうしよう…パパがハンサムになって、嬉しいやらなんやらフクザツだけれど、パパが他の女たちに声をかけられたらどうしよう」

 と、頭を抱えていた。女心も、フクザツだぜ。

 けれども、パパは、

 「なんとかなるだろ。だぁいじょうぶだって」

 と、僕やおじさんと昔の特撮を見て、

 「あの頃のも、良かったねえ」

 と言っていた。



 無職になったおじさんは、次の仕事が見つかるまで、しばらく僕の家にいるようだ。

 「早く、次の仕事を見つけて、職場の近くにアパートを借りるんで、それまでここにいさせてくれっ」

 と、カツカレーを食べたあとに、パパとママに頭を下げていた。

 そんなおじさんは、部下に慕われる上司だったらしい。おまけにあんな力を見せたものだから、悪の組織にいる昔の部下から、

 「帰ってきてください。俺たちの力で、帰ってこれるようになんとかします」

 とか言われたらしいし、大神官から、

 「俺がトップになったから、これからは、お前がナンバー2だ。戻ってこいっ! 名前はブラックジェネラルでどうだ?」

 とも誘われたらしい。

 飲み屋から、酔っぱらって弱気になった悪の怪人から、

 「ブラックシュバリエさぁん、帰ってきてくださいよぉ。ブラックシュバリエさんが移動中のバスでかけてた、昭和や平成の曲が、今、また人気が出てきているんです。また、あの日々を取り戻しましょうよぉ」

 そんな電話が深夜にかかってきて、おじさんも泣けてしまったらしい。

 それでも、

 「もう、悪とは縁が切れたから」

 と、おじさんは断ったそうだ。

 おじさんはおじさんで、自分で自分の姿を偽って魔法を封じた挙句にサイキョウマンたちにやっつけられたり、僕たち家族の姿を見て、『これは俺の道じゃない』と思ったそうだ。

 「もう弟や甥っ子に、カッコ悪いところは、見せられないからね」

 おじさんは、さわやかにそう言った。

 そんなわけで、家から幼稚園バスの停まるところまでの送り迎えは、僕のおじさんの係となった。

 パパに言われて、今では、おじさんもモブ顔の魔法を自分にかけている。

 おじさんが迎えに来るようになって、バスに乗る先生たちの化粧が気合がはいっている。モブ顔でも、おじさんはモテモテだぜ。

 「優しいおじさんだね」

 そんなことを幼稚園の先生に言われて、僕は「えへへ」と笑った。

 「お兄さんにも、春が来るのかもしれませんねえ」

 ママにこうからかわれて、おじさんは、

 「どうかなぁ。でも、あなたも弟も幸せそうだし、かわいい甥っ子に会えたし。心はいつも五月晴れだよ」

 僕の頭を、くりくり撫でた。

 

                     

 

 (※1) 特定のキャラクターを想定しているわけではありません。よろしくお願いいたします。



この回をもちまして、このお話は、ひとまずおしまいです。

続きを書くときは、近況ノートでお知らせしたいと思います。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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ぼくの悪の幹部おじさん 市川楓恵 @fujishige

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