第3話 パパとおじさんの大冒険(三十路篇)


 「どうした?」

 パパの真剣な様子に、おじさんは不思議そうな顔をした。

 「兄貴が言いそうなやつを、今は、言うな。作者に、そう釘を刺されているんだ。大人の世界にはいろいろあるんだ。ちょっとそれっぽい名前を出しただけで、『もう、他の作品で別の人が使ってます』となるんだ。今、他のを出したら、作者が、いろんな偉い会社の人たちに叱られちまう」

 「…そうか…そうだな。それがいいかもしれん」

 「そうだろう。作者は、なんか、もう、そういうのに疲れちまったらしい。『グレートロボット☆メカビクトリーカイザーキング』で燃え尽きたらしい」

 「…待て。それ、この小説の、ほとんど冒頭部分じゃないか」

 おじさんが、目を丸くした。

 「…しょうがねえんだよ」

 パパが諦めたようにそう言うと、

 「…しょうがないな」

 おじさんも頷くよりほかなかった。

 「じゃあ、続き、いくぜ」

 「…おう」

 「…実は本当の名前があるかもしれないけれど、…いろいろ考えたけど、火ぃ噴いているほうがマルス・ソードで、雷バチバチいっているほうがジュピター・ソードだ。それでいこう」

 パパは、どこか畳みかけるように言った。 

 「なあ…せっかく気を遣ってくれたところで、悪いけどよぅ…大人的に、それもダメだと思うんだ…」

 おじさんは、言った。

 「なに言ってんだよ。考えてもみろよ、俺たちが美少女に見えるかぁ! 俺たちは野郎だから、いいんだよっ。つっこまれたら、『ローマの神様の名前だぜ』って言っとけっ」

 そう怒鳴るパパは、やけくそ気味だ。

 「そうか…そうかもな…」

 「なんだよ。なんなんだよ、さっきからっ。四方八方に気ィ遣いまくりやがってよぉ! それでも悪の幹部だった男かぁ。でぇんと構えとけっ!」

 「あのさぁ、パパ…」

 僕は、おずおずと言った。

 「その剣、危なくないの?」

 だって、マルス・ソードは、ぼうぼう燃えてるし、ジュピターなやつはカミナリが出ている。どう見たって、どうかしている。

 「危ないよ。お前はまだ、触っちゃいけないよ」

 カッターナイフと同じノリで、パパにそう言われてしまった。

 「パパは、だいじょうぶ?」 

 「だぁいじょうぶだよ」

 パパはそう答えたが、こういう時のパパは、あんまり大丈夫じゃない。パパこそが、あぶない。目が、ぎらぎらして、どこかいっちゃってる。

 「ねえ…家、火事になったら、どうするの?」

 「だぁいじょうぶだよ、これ、魔法の剣だから。俺たちが『燃えちゃダメ』と思っているものは燃えねえから」

 パパは、安心させるように言った。

 こっちも、なんてガバガバな設定だ。

 「なんで、そんなもの使えるの?」

 その僕の質問に、

 「今まで言わなかったけど、俺たちが、超地底魔法王国の王家の血を引いているからだよ」

 パパは、またそんなガバガバな設定の返事で答えた。

 「えええっ!」

 僕は、驚いてママを見た。ママは、ふつうの顔をしてお茶を啜っていた。僕だけが知らなかったらしい。

 「じゃあ、飯も食ったし、そろそろ行くか」

 パパが、やおら、立ち上がった。

 「どこへ?」

 すると、パパは、まるで夏のはじめのお日様のような、さわやかな笑顔で、

 「お礼参りだよ」

 とてつもなく物騒なことを言った。

 「ねえ、パパ…」

 僕が、まだ何かを言おうとすると、パパは、

 「だぁいじょうぶだっ、もう心配するな! 子供もいろいろあるけど、大人もいろいろあるんだよ」

 と言って、

 「行くぜぇ!」

 と、おじさんやママの制止もきかずに、鉄砲玉のように飛び出していった。

 「あのぅ、どうも、いろいろとすみませんでしたぁ。後を追いますんで」

 おじさんは、ママに頭を下げて、慌ててパパの後を追った。

 「パパのおにいさん、腰が低いねえ。ほんとに悪の幹部だったの?」

 首を傾げるママの横で、僕は、言いたいことをうまく言えなかったのを後悔していた。

 


 こうして、うちのパパは、おじさんと一緒にサイキョウマンの基地『サイキョウ・ベース』に乗り込んでいった。

 ゴールデンウィークの午後は、大騒ぎだ。大混乱となった。

 テレビの夕方のニュースで見ていたけれど、うちのパパとおじさんこそが、ほんものの最強だった。 

 鉄砲玉のパパをなだめながら戦うおじさんは、子供の僕から見ても、あのブラックシュバリエの動きじゃなかった。雷をバチバチいわせてジュピター・ソードをなぎ払ったり、パパを背後から襲おうとする敵に、

 「危ない!」

 と、手からドドーンと雷を放ったり、どう見たって通常の三倍だ。

 「おじさん、最初から、その剣で戦えば良かったじゃん」

 と僕は思ったが、おじさんはおじさんで、理由があるのだろう。

 そして、

 「殴られたやつの痛みを知れぇ! 殴られたらいてぇんだよ! 知っているかぁ、このハンサム野郎‼」

 と、サイキョウマンを鉄拳でぶちのめしたパパは、気付いているだろうか。テレビにうつるパパは、サイキョウマンになる、あのキラキラハンサムよりも、かっこよかった。おじさんもそうだけれど、テレビにうつるどんな綺麗な人よりも綺麗なパパは、最強に綺麗でかっこよかった。日本人なら普通なはずの黒い髪と黒い瞳が、パパとおじさんだと、最強にクールで大人っぽくて、どこか謎めいていて、かっこよかった。

 そうだ。

 うちのパパは、普段は自分にモブ顔になる魔法をかけている。若いころに、いろいろあったらしい。パパを好きな女の人たちによる、警察沙汰になるような流血沙汰のキャットファイトを、何度も何度も目の前で見てきたらしい…それで、ハンサムでいつづけることに、疲れてしまったらしい。

 けれど、おじさんが何度も殴られてブチ切れたパパは、魔法の力を全部戦闘に向けてしまい、自分にモブ顔になる魔法をかけることじたいを忘れていたっぽい…さっき、僕はそれに気が付いたんだけれど、パパの勢いに押されて言いそびれてしまった。

 主人公のキラキラハンサム・半寒田健生はんさむだたけおを、彼よりさらにキラキラなハンサムのパパが、「このハンサム野郎‼」と叫んでぶん殴る、このカオス。

 「男の強さは、暴力じゃない。もっと別なところにあるもんだ。ケンカなんていけないよ」

 と、いつも僕に言っていたパパは、正義の秘密基地で正義の味方の仲間たちのすべてを剣と拳でぶちのめした。

 空手も、中国拳法も、カポエイラも、ムエタイも、瞬殺でのしてしまった。

 「ねえママぁ、あれは、ケンカじゃないの?」

 テレビの中の大乱闘を見ながら、僕は訊いた。するとママは、

 「あれは、正義の鉄拳よ」

 と、パパの姿にうっとりと見惚れながら言った。

 「正義をやっつけちゃってるよ?」

 「パパが、正義よ」

 ママが、テレビ画面から目を離さずに言った。ママは、このテレビ中継に気付いてから、それを録画している。

 「ふうん」

 なんだかよくわからない。もう、いいや。

 「女の子には親切にしなくちゃいけない。泣かせちゃいけないよ」

 パパは、いつも、そうも言っていたけれど、相手が男ならばどうでもいいのだろうか。みんな、地面に転がって、ひいひい泣いてるじゃん。

 パパは、とどめに正義の基地を、

 「おりゃああ」

 と、マルス・ソードで一刀両断にしてしまった。

 「あああ…」

 正義の皆の、悲鳴の合唱が聞こえた。

 しかし、パパの怒りは、こんなんじゃ晴れなかった。

 パパは、おじさんが止めるのも聞かずに、返す刀で悪の組織の総本部に殴り込み、

 「よし、幹部に返り咲かせてやる」

 とご満悦で二人を迎え入れた悪の大魔王シュバルツブラックに、

 「うるせえ! へっぽこ野郎! てめえ、うちの兄貴をよくも安月給でこきつかってくれたな‼」

 と、マルス・ソードで袈裟懸けさがけ一閃で倒し、それでもやっぱり鬱憤がはれずに、ここでもおじさんと暴れまくった。

 「さっきまでの俺の部下が、ここにいるんだ。いたたまれないから、これくらいにしよう…あいつらも根はいいやつなんだ。苦労しているんだよ」

 かつての仲間がだんだん可哀そうになってきたおじさんに、そう泣きつかれて、

 「しょうがねえなぁ」

 と、うちのパパはようやく矛を収めた。剣だけど。

 悪の組織の総本部も、潰滅したらしい。

 「おりゃああ」と、パパが、こっちもマルス・ソードで一刀両断だ。

 「あああっ! 35年ローンが!」

 悪の組織のナンバー2の大神官が、悲鳴をあげていた。再起は無理かもしれない。

 「35年ローンかぁ。うちとおんなじだね」

 ママが、ぼそりと言った。


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