第2話 今日の昼ごはんは、カレーだった


 悪の幹部ブラックシュバリエこと、僕のおじさんは、まだ俯いている。玄関ポーチのコンクリートの部分を、見つめたっきりだ。

 「…あァ? てめえ、まさか、今までこの恰好で飲み屋に行ってたのかァ? 恥ずかしい奴だなァ。警察呼ばれなかったのか、あァ? てめぇ、その恰好、どう説明したんだ、あァ? 言ってみろっ」

 パパは、追い打ちをかけるように、そう言った。これを聞いて、おじさんはさらに肩をがっくり落とし、動かなくなった。

 そんなおじさんに、パパは、

 「いいから、とっとと入れぇ!」

 と、また声をかけたから、

 『ええっ、平和な僕んちに、悪の幹部を入れていいのかな』

 と、僕は慌てた。

 しかし、幼稚園児の僕にもわかる。

 ブラックシュバリエよりも、ブラックシュバリエにこれだけ怒ることができるうちのパパの方が、きっと強いのだろう。

 そしてパパは、とどめとばかりにおじさんにキレッキレの口調で、こう言った。

 「早く入れよ。そんな恰好でそこにいられちゃあ、いろいろ騒ぎになるんだよっ! ご近所さんに俺が恥ずかしいだろう。とっとと入れっつってんだよ、クソ兄貴よぉ!」

 「ううう…」

 マスクに隠れていて、おじさんの目元は見えないけれど、口元は隠れてないから、見える。涙をこらえるように、悲しそうに口を歪ませたおじさんは、

 「すみません、お邪魔します」

 と、のろのろと僕んちに入っていった。

 立派に、涙声だった。


 

 ママは、キテレツな上にボロボロな格好で現れた悪の幹部が、とつぜんお昼時に、手土産もなしに現れたことに、まずびっくりして腰を抜かしそうになっていた。

 その挙句、その悪の幹部が、どろんこになった僕のためにわかしていた風呂に、まっさきに入ることになったので、とてつもなくした顔になっていた。

 顔に、

 「なあに、この人。はやく帰ってくれないかしら」

 と、露骨に書いてある顔だ。

 けれど、パパが、

 「いいから、とっとと風呂に入りやがれ!」

 と言うし、おじさんが、ボロボロになったマスクを外すと、超絶なイケメンだったことや、そのイケメンのおじさんが悲しそうに、

 「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 と深く頭を下げたことで、『やっぱり、パパのお兄さんなので、邪険にできない』と思ったのだろう。

 「しょうがないですねえ」

 となった。

 おじさんが、パパとママの結婚式のときに、出席はしなかったものの、『お幸せに!』と達筆で書かれたカードを添えた『じゅうまんえん』を郵便で送ってきたり、僕が生まれたときに、やっぱり『おめでとう!』と達筆で書かれたカードとともに『さんまんえん』を贈っていたのも、大きかったのかもしれない。

 あとで聞いたことだけれど、今まで顔を見せなかったおじさんが、うちに来ることができたのは、年賀状のやり取りだけは欠かさなかったからだ。住所がわかっているため、おじさんは僕んちを探すことには、あまり苦労しなかったそうだ。パパからの「謹賀新年」の年賀状が、毎年毎年、悪の組織の総本部のおじさんのところに届いていたわけだ。悪の組織の総本部は、サイキョウマンたちの頭のいい仲間でさえ探し出せなかったらしいが、僕のパパに訊けば、一発でわかったことになる。サイキョウマンたち、トホホだぜ。

 そんなママに、

 「あのさぁ、悪いけどさぁ…飯も食わしてやってくれよ、俺の兄貴なんだよ。な?」

 そう猫なで声で言ったパパの顔を見て、ママは目を見開き…、

 「しょうがないなあ、もう♡」

 顔をニヤつかせながら、そう言った。

 そうかぁ。ママも、僕と同じで、

 おじさんは、風呂を借りて、パパの服を借りて、カレーライスを食べて、

 「こんなに心がこもっていて、あったかくて、うまいものを食べたの、久しぶりだ…」

 と、泣いていた。

 しんみりしたママが、

 「こんどは、カツカレーにしましょうか」

 パパにそう言うと、

 「おう、そうしてやれ」

 パパが、そう頷いた。

 これには、おじさんは涙が止まらなくなっていた。

 「言っとくけど、うちのカツは肉が薄いぞ」

 パパは照れ隠しに、そう言って「アハハ」と笑った。

 「カツはカツでしょ…でも、ほんと、期待しないでくださいね。ほんっとうに薄いですからね」

 『肉は、必ず底値で買う!』という固い誓いを立てているママが、パパの顔に見惚れ、またニヤつきながら、そう言った。

 パパとママとおじさんと僕、みんなで食べたカレーライスは、おいしかった。

 「そういや、兄貴んとこの、お色気ねえちゃんよう。テレビに出なくなったじゃん。あいつら、どうした? とつぜん、消えたな」

 世間の疑問を代表するかのように、パパが訊いた。昔、悪の組織には、お色気担当のお姉さんが二人いた。色っぽい系とカワイイ系で、子供たちと一緒に番組を見ていた巷のお父さんたちに、そこそこ人気があったものだが、いつの間にかいなくなっていた。

 「ああ…あのたちか」

 おじさんは、ふっと遠い目をした。

 「…俺を取り合って、張り合って、決闘騒ぎを起こして、そのまま消えた」

 ぽつりと、おじさんはそう言った。みんな、これには、

 「…ふうん、たいへんだったね」

 しか、言えなかった。

 そのあと、おじさんの、さまざまな苦労話を聞いた。

 よい子のみんなの迷惑にならないようにするため、サイキョウマンと戦う場所は決められたところで戦っているが、悪の組織の戦闘員を乗せたバスは、おじさんが運転してたそうだ。そのバスを運転するためにバスの免許を取ったけれど、普通免許のクランクさえ、そんなにうまくできなかった、こってこてのペーパードライバーだったおじさんは、それはそれは苦労したという。

 ある日の朝、おじさんが悪の組織の本部の前で掃き掃除をしていると、ドブにはまってニャーニャー泣いている子猫を見つけた。一生懸命その猫ちゃんを助けたら、それを目撃した近所の人に、

 「猫をさらおうとしている」

 と、怒られたともいう。

 これには、

 「どぶさらいの真似はしたけど、猫さらいじゃねえよな」

 と、パパが泣いた。

 そんな、悪の組織には全くいい思い出がなさそうなおじさんだったが、ママが、 

 「これ、どうしますか」

 と、ブラックシュバリエの扮装を手に取ると、

 「あっ、どうもすみません、あとで持って帰ります。記念にとっておこうかな、と思います」

 と、丈夫な紙袋をもらって、ボロボロの扮装を大切そうに入れていた。僕には、その背中が、なぜか立派に見えた。



 パパは、さっきから押し入れをごそごそとあさっていたけれど、十分ぐらいしたら、

 「おう、あった。あった」

 と、なんと大きな剣を二本持ってきたから、僕は、「ひええ」と驚いた。(※1)

 片っ方は、なんと刃のところが燃えている。もう片っ方は、刃のところがピリピリと雷をまとっている。

 「おお、これ、懐かしいなあ」

 おじさんは、顔をほころばせて言った。

 「そうだろう」

 「お父さん、これなあに?」

 「これは…」

 「待て」

 なにか言おうとするおじさんを、パパが止めた。



 (※1) 時代小説なら、別の言い方をするでしょうが、これは幼稚園児の視点が入っていますから、二本としました。ご了承ください。

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