機関銃の弾がプロペラを撃ち抜かない理由はこんな感じなのです。

暗黒星雲

第1話 星子ちゃんの航空機講座でございます。

 有原波里ありはらはりは学校帰りに黒田星子くろだせいこの部屋を訪れた。波里と星子は親友で、お互いの部屋をよく行き来している。星子の部屋は相変わらず男の子っぽいと波里は思う。棚の上には戦車のプラモデルが飾ってあるし、その隣にはアニメのロボットが何体か並んでいる。そして壁には第二次大戦時のレシプロ戦闘機のポスター。そのポスターを眺めているうちに、波里は違和感を覚えた。


「ねえねえ星子ちゃん。これって不思議だよね」

「え? 波里ちゃん、何が不思議なの?」

「このポスターのココ。ほら、戦闘機の機関銃が火を吹いてるのにプロペラは平気なのかなって」

「おお、波里ちゃん。良く気づきました」

「ここの蒼天の覇者……ってアニメのタイトルかな?」

「そうだよ。これは戦闘機モノで一式戦闘機〝隼〟が大活躍するんだよ」

「でさあ。疑問点はココ。プロペラが回ってるのに機首の機関砲が火を噴いてる。これ、プロペラを撃ち抜かないのかなって」 

「それはね。プロペラを撃ち抜かないように発射タイミングをプロペラの回転と同調してるんだ」

「え? 器用だね」

「それが同調装置なんだよ」

「うん」

「そもそも、どうして胴体に機関銃を載せるのか。プロペラを機首に持ってくるのか」

「どうしてかな。プロペラを後ろにすれば同調装置はいらないでしょ」

「プロペラが前にあるのを牽引式、後にあるのを推進式って言うんだよ。トラクターとプッシャーって言い方もある」

「うん」

「それぞれメリットとデメリットがあるんだよ。推進式の場合は①武装が機首に集中できる。②機首に余計なものが無いので空力特性に優れ、パイロットの視界が良い。③機体後部の構造物が不要になるため軽量化が可能。これがメリット。結構良い感じでしょ」

「うん。そうだね」

「デメリットはね。①プロペラが後ろにあるから地面と接触しやすい。②パイロットが脱出する際プロペラに吸い込まれてしまう」

「危ない。②は特に危ない」

「そう。射出座席とか、脱出時にプロペラを破砕する機構とかが無いとマジで危ない。でもね」

「でも?」

「日本の試作機〝震電〟にはそんな高尚な装置はなかったんだよ。そのまま実用化されたら問題になっただろうね」

「なるほど。推進式って結構怖い」

「では牽引式のメリット。①プロペラ後流が主翼に当たる部分で揚力が増すため、離陸距離を短くできる。②プロペラ後流は尾翼にもあたるので舵の効きがよくなる。③航空機は一般的に、離着陸時に機首上げの姿勢を取るのでプロペラと地面の距離が確保できる」

「なるほど」

「他にもいろいろあるけど省略。要するに、運用上の問題が多いので推進式は敬遠された。逆に牽引式はメリットが多い。では、機関銃を何処に搭載したら一番命中率が良いか」

「それは機首だよね。パイロットの目線上が一番いいと思う」

「その通り。そもそも銃器って、きちんと照準を合わせないと命中しない。照星(フロントサイト)と照門(リアサイト)を重ねるのが基本だよね」

「うん」

「航空機が戦争に使われたのは第一次世界大戦からです」

「それは知ってる」

「当時の主流は複葉機で牽引式、つまりパイロットの前にプロペラがありました。機銃を装備するなら一番命中率が良い場所にしたいのは当然だよね。世界で初めて機首に機銃を装備した戦闘機はフランスのモラーヌ・ソルニエ Lです」

「おフランスだね」

「この機体はプロペラに楔状の装甲をつけて弾丸から防御する方式だったの。それでも1915年4月にはドイツ機を三機撃墜しています。対するドイツはフォッカーアインデッカーにプロペラ同調装置を装備し対抗します。この機体が戦闘機として生産された初めての航空機です」

「仏独の熱い戦い」

「当時、航空機は戦力として認識されていなかったので、この進化は大きかったと思うの。このフォッカーに搭載された同調装置が、その後に世界中で使用されることになったのです」

「なるほど」

「この同調装置なんだけど、構造としては意外と単純だったんだよ。プロペラと同軸にカムを取り付け、カムに押されたピアノ線が引き金を引くようになってるの。タイミングとしてはプロペラが機関銃の正面を過ぎる位置で作動します。当時主流の二プロペラなら、一回転する間に二回発射している事になります」

「つまり……プロペラ同調装置がガガガガっと引き金を叩き続けている事になるのかな」

「そうだね。だから、ブローバック式の機関銃には同調装置が使えなかった。零戦に搭載されていた海軍の20ミリ機銃は同調装置が使えなかったの。でも、陸軍の20ミリはブローニング系の拡大改良型だったから同調装置が使えたんだよ。いわゆるショートリコイル式。三式戦闘機二型や五式戦闘機は機首に20ミリ機関砲が二門搭載されていたのです」

「なるほど。じゃあ日本以外ではどうだったの?」

「旧ドイツ軍や旧ソ連軍でも多用されてました。連合国側ではあまり使われていなかった」

「どうしてかな?」

「設計思想の違いだと思うよ。米軍機も英軍機も多銃装備だから。機銃六丁とか八丁とかが基本で、それを翼に載せて弾をばら撒いてたんだ。もちろん例外はあるけどね」

「なるほどね」

「あともう一つ、モーターカノンってのもあるんだよ」

「え? 何それ。カッコイイよ」

「プロペラ軸に機関砲を装備するんだよ」

「プロペラ軸に?」

「エンジンはV型12気筒でなければできない」

「どうして?」

「空冷星型やX型H型の24気筒の場合、エンジンのクランクシャフトとプロペラ軸が同軸になるから、機関砲を通す穴がないんだよ。V型ならシリンダーの間の隙間に通せるんだ。ギアで軸をズラしてエンジンの重心とプロペラの位置を合わせるからね」

「なるほど」

「だからさ、ちょっと前の映画でティーチャーの乗機のスカイリイって怪しいんだ」

「スカイリイ? スカイクロラの敵役?」

「そうそう。原作では草薙さんと出来ちゃってた人」

「いや、それはいいから」

「カウリングの形状からエンジンはX型24気筒。ラジエーターはフォッケウルフD型っぽい環状でプロペラのすぐ後ろだよ。カウルフラップがあるからね。そしてプロペラは二重反転タイプだから更に余計なギアが必要になる」

「うんうん」

「つまり、エンジンには機関砲を通す穴はない。またエンジンの前部に機関砲を搭載するスペースはない。まあアレだね。実際の航空機の外面的なデザインだけ取り入れてでっち上げた迷機だよ」

「主人公側の散香は?」

「散香は震電をモデルにした小型機。カウリングの形状から空冷か液冷か判断できないけど、星型を載せるスペースはないと思う。多分液冷でV8なんかのコンパクトなエンジンじゃないかな。脱出の際にプロペラを破砕するシーンがあって、そこはなるほどって思ったよ」

「なるほど。スカイリイはモーターカノンを搭載するスペースがなかったと」

「うん。実際、ドイツ軍もえらい苦労して載せたんだよ。メッサーシュミットBf109の場合、エンジンには元々機関砲を通す穴があったんだ」

「うん」

「でも、実際に搭載されたのはF型から。Bf109の量産は1935年からだけど、F型が登場したのは1941年だからね」

「なるほど。技術力の高かったドイツでも苦労したんだ」

「あ、お話はここまで。例のアニメが始まる」

「蒼天の?」

「覇者! さあ、リビングに突撃だあ!」

「待って待って」


 黒田星子の豊満なおっぱいをナデナデしたかった有原波里。しかし、自身の余計な一言で貴重な時間が失われてしまい目的は果たせなかった。大失態だったと後悔した波里であった。


【おしまい】

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機関銃の弾がプロペラを撃ち抜かない理由はこんな感じなのです。 暗黒星雲 @darknebula

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