エピローグ 復元 (二〇二四年十一月)

第31話

 推理を語りながら、湖南こなみ棘蔵とげぞうは笑いを堪えるのに必死だった。


 ――何故なら、湖南の語った推理は全て出鱈目。


 瀬川せがわ累次るいじを殺害したのは天童てんどう綺羅きらではなく、湖南自身だったからである。


 その日、日本酒を持って部屋を訪ねると、瀬川は上機嫌で湖南を歓迎した。


「よう兄ちゃん、今日は何の用だ? 俺を刑務所に入れることが不可能なのはもう理解できただろ?」


「……ええ、今日は瀬川さんに相談したいことがあって来たんです」


「相談? ああ、この前言ってた新しいゲームの準備がどうたらってやつか?」


「……まァそんなところです」

 湖南は笑顔でそう言いながら、心底呆れていた。


 ――この男はこの期に及んで、まだ自分が殺される可能性に考えが及ばないらしい。


 何たる不遜。何たる傲慢。

 何時だって自分が狩る側だと勘違いしているのだ。


 ――ならば、思い知らせてやる。


「立ち話も何だ。早く上がれよ」


 湖南は前回の訪問と同様に六畳の和室に通された。畳の上にはやはり札束がそのまま転がされている。


 湖南は札束がまだそこにあることを確認すると、鞄から徐に自作の銃を取り出して瀬川に向ける。


「……おい兄ちゃん、何の真似だ?」


「死んでください」


「……よ、よせ。金なら全部やる。だから」


 ――銃声。


 弾丸は胸に命中し、瀬川は驚愕の表情を浮かべたまま、口から血を吐いて絶命した。


 実に呆気ない最期だった。


 この銃には当然ながら仕掛けがある。あとで体内から弾丸が検出されないように、岩塩を削って作った弾丸が装てんされている。心臓を破壊した弾丸は大量の血液の中で溶けて、司法解剖してもどこからも弾は出てこないという寸法だ。


 和室の扉を塞いだ養生テープは、内側から扉に軽く貼っておいた状態で外に出て、扉の外からしっかり目張りした。

 和室の壁には鼠が通れるサイズの穴が開いている。そこにエアポンプを突っ込んで、部屋の中いっぱいになる程の巨大バルーンを膨らませたのだ。


【密室トリック図】

 https://kakuyomu.jp/users/kurayamizaka/news/16817330651680936432


 どちらも思わず笑ってしまうくらいチープなトリックではあるが、死体の隣に五千万円札束が転がっていれば、これが物理トリックによる殺しだとは誰も思うまい。


 あとは綺羅にそれとなく真理夫まりおの仇を討つようけしかけ、瀬川のアパートの近所のウィークリーマンションを借りるよう仕向ければ、夏目なつめもこの殺人が『ストック』という超常の力によるものとしか思えなくなるだろう。


 ――瀬川累次。

 この男だけはどうしても湖南自身の手で葬らなければならなかった。


 探偵としてのキャリアを大きく傷付けた、この男だけは。


【了】

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残機✕2の殺人 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka

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