分岐

「出てきて"メツ"」


僕の呼びかけに彼女が応える。

影が揺らぎ、黒いものが姿を現す。ミノさんは恐怖に怯えるでもなく、驚愕するでもなく、ただ様子を見るだけであった。


「おお、久々に見たなぁ。やっぱり異形ではあるが、殺意とかは感じねぇな。…メツって言うんだよな?あんた」

「………」

「ん?話せないのか?」


ミノさんは意外にも、目の前の黒い傀儡に対して積極的に話しかける。


「メツは話せないよ」

「んぁ?でも仏滅の日のことを教えてくれたんだろ?だったら話せるんじゃないのか?」


僕は首を横に振った。


「んーん。メツは話せないから夢で見せてくれたんだ」

「ほぉー。そんな事が出来んのか。じゃあ、俺にも見せてくれねぇかね」


ミノさんが椅子に座りながら、メツへ手を差し出す。


「ダメだよ。僕とメツは"繋がってる"から夢で情報を見せ合えるけど、ミノさんは"繋がり"がないから出来ないよ」

「…その繋がりってのはなんなんだ?」

「僕もなんとなく感じるだけだから、よくはわかんない」

「そうかー。わかんないかぁ。じゃあ、仕方ねぇな」


ミノさんは難しく考えるタイプではないのか、早々に話を切り上げる。僕も繋がりに関しては曖昧な所が多いからあまり詳しいことは言えない。ただ、何かが繋がっているということだけは分かる。僕が彼女と呼ぶのも勘でしかない。もしかしたら男かもしれないし、そもそも性別などないかもしれない。メツと呼んでいるのも仏滅の日になぞらえて呼んでいるに過ぎないし。


「まぁ、取り敢えずソラに害するものでないのは分かってたからいいんだが。改めて見ると少し身構えちまうなぁ。俺も情けなくなったもんだよ」

「じゃあ、メツも紹介したからあとはミノさんが身体を鍛えるだけだね」

「そうだな。ヨボヨボの身体を鍛えるのはちと大変だが、ソラのためにも頑張るかね」


ミノさんは僕の頭を軽く撫でると、ソファの背もたれに深く身体を沈めた。



そんな約束をした三ヶ月後の僕の九歳の誕生日。

ミノさんは突如倒れた。

ミノさんが倒れたことを聞きつけ、足早に部屋に向かおうとする。だけれど、他の先生が進路を妨害した。先生達は僕の誕生日にミノさんが倒れたことを不審に思い、会わせないようにしていたのだ。

僕は食事以外の時間は部屋に閉じ込められるようになった。先生からは僕が毎日ミノさんの部屋に行き、負担をかけさせていたから体調が悪くなったのだと言われた。

食事を取るために食堂へ行くと、周りの孤児たちから疫病神やら死神やらと悪口を言われる事が多くなった。

僕は何もしてない。ただ、ミノさんに会いたくて毎日部屋に行って相手をしてもらっていただけなのに。

部屋の中は暗く、じめっとしていてなんだか気持ちが悪かった。部屋にいる時は、メツが姿を現す。僕が落ち込んでるのが分かったのか、メツは僕の頭の上に大きな手を乗せる。まるで、ミノさんを真似ているようだった。


「ありがとう、メツ」


メツのお陰で少し気分が良くなった。

ミノさんに会えなくても、花を摘んで渡して貰えばいいんだ。そしたら会えなくても元気を出してくれるかもしれない。

思い立ったらすぐに動きたくなり、裏庭に咲いている花を摘みに外へ出る。


ミノさんに似合いそうなカスミソウや黄色いパンジーの花を幾つか摘んでいると、背後から足音がした。

この前の汗ギトギト少年と取り巻き達だった。

また難癖をつけに来たに違いない。


「おい!クソ野郎。ミノウ先生に呪いをかけたんだってな!他の先生達がお前のせいだって言ってるのを聞いたぞ!だから厄介者は早く出ていけって言ってるんだ!」

『そうだ!早く出ていけ!!』


汗をたっぷりかいた少年はまた以前のように怒号を浴びせてくる。周りの取り巻き達はそれに賛同するように同じ言葉を繰り返していた。


こいつらは脳みそがないのかな。

関わりたくないなら関わって来なければいいのに。

僕はコイツらには目もくれず、横を通り過ぎる。

すると、汗ギトギト少年は顔を真っ赤にした。


「おい!!!お前みたいな奴の分際で俺を無視すんじゃねぇよ!!」


汗ギト少年は僕の腕を掴むと、僕の顔を殴り花束を奪い取った。


「……っ…」

「はっ!いい気味だなっ!裏庭は俺の陣地なんだよ!勝手な事してんじゃねぇ!!」


汗ギトは僕が摘んだ花を地面叩きつけると、足でさらに踏みつけボロボロにした。


僕は怒りで目の前が真っ暗になりそうだった。


「なんて事するんだ!このクソやっ…」


僕が言葉を言い終えるよりも早く、目の前の少年の首が弾け飛んでいた。一瞬の出来事で何が起こっているのか分からずにいた。

だが、目の前に転がる少年の頭をメツが何度も突き刺していたことにより状況を理解する。

メツが彼を殺したのだ。そして、メツは止まらず周りで騒ぎふためく取り巻き達にも手をかけ、同じように殺して行く。

目の前の花壇が血で染まっていく。周りは真っ赤に染まり、まるで別世界のようだった。その中で舞うように殺しをし、赫く染まるメツはなんとも言えない幻想的な雰囲気を醸し出していた。


まずい。こんな冷静に見ていて言い訳がない。

僕は瞬時に自分の置かれている立場を理解する。

今僕は人殺しをしてしまっているのだと。メツがやったにしろ、僕がやったと言っても大差のないことだ。

どうしよう。もう孤児院には居られない。

僕はいつの間にか走っていた。誰かにあの現場を見られる前にあの人に合わなければいけない。そう無意識に思ったからであった。

僕はミノさんの部屋に繋がる裏ルートのような所を通り、ミノさんがいるであろう部屋の窓ガラスを叩いた。

お願い!ミノさん、出てきて!


暫くすると、ミノさんが姿を現し僕の姿を見て仰天する。急いで窓を開けたミノさんが僕を部屋に招き入れる。久しぶりに見たミノさんは以前よりもだいぶ痩せこけていた。

倒れたって嘘じゃなかったんだ。


ミノさんは僕の身体についた血を濡れタオルで拭いてくれる。


「どうしたんだ!ソラ!この血はなんなんだ!」


ミノさんが興奮した様子で、僕を問いただす。

だが、僕も早く状況を伝えなければならない為、短くまとめてミノさんに事の経緯を話した。


「前のいじめっ子に絡まれて、無視したら殴って来たんだ。それで反論しようとしたら、メツが彼らを殺しちゃって…どうしよう、ミノさん…」


ミノさんは僕の短い言葉から色々な情報を汲み取ろうとしてくれていた。


「お前さんの状況を見て、嘘じゃないことは分かる。だが、本当に殺しをしちまったなら本当にまずい。すぐにここから離れねぇとお前さんが酷い目にあっちまう」


すると、先程いた花壇の方から断末魔のような悲鳴が聞こえた。死体が見つかってしまったのだ。


それを聞いたミノさんは身体が思うように動かない筈なのに、僕の為に部屋中を動き回る。

棚から小さいポシェットを引き出すと最低限必要なものをポシェットの中へと詰め込む。膨れ上がったポシェットを、僕の肩にかけ手を置く。


「いいか、ソラ。この中に多少だが俺の貯金が入ってる。あとは携帯用保存食だ。これで数日は持つ。だからここから遠く離れた所に行きなさい。今すぐに」

「で、でもミノさんは?一緒に行こうよ!」

「俺はどっちみち病気になっちまって老い先短い。約束守れなくなっちまうけど、今はお前が生きることだけを考えるんだ。…分かったら行け」

「いやだよぉ。ミノさん。一緒に行こうよぉ」


僕は半ベソになりながらミノさんにしがみつく。

本当は分かっているんだ。ミノさんが一緒に行くことは叶わないってこと。でも、でも、どうしても離れ難くて仕方がないんだ。

ミノさんも僕の心情を察しているのか優しく背中を撫でてくれる。だけど時間が迫っていた。


「…もうダメだ。行きなさいソラ。分かってるだろ?お前は案外賢いんだから。これからは自由だ。好きに生きろ」


ミノさんは僕を無理矢理引っ剥がし、窓の外へと連れ出す。僕は涙が止まらなくて、ぐずぐずの顔になっていた。

僕の顔をハンカチで拭ってくれる優しい手がどうも名残り惜しくて、とても離れがたかった。だが、メツが僕の手を掴み歩き出す。

ミノさんとの間にゆっくりと距離が出来て行く。

本当は急がなければ行けないのに、僕の歩幅に合わせてゆっくりと歩くのはメツなりの気遣いなのだろう。だが、それが逆にミノさんとの別れをより痛感させるのであった。


ミノさんは僕達が見えなくなるまで静かに窓辺の所で手を振り続けてくれていた。

本当はそんなミノさんに大声で今までのお礼を言いたかった。でも、声なんて出してしまったら居場所がバレてしまう。それが、僕の中で徐々に巨大なものへと変わり、僕はメツの横で声を押し殺して泣き続けることになってしまうのであった。




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