大好きな人
孤児院の廊下を進み、突き当たりにある部屋へと入る。そこは日の光がよく差し込んでいて心地が良い。そしてなんといっても大好きな先生がいる。
「おや、今日も来たのか?ソラ」
窓際の椅子で読書をしていた老人は僕に気づくと本を閉じ、笑顔を向けてくれる。
この人はミノウさんという名前だけれど、僕はいつもミノさんと呼んでいる孤児院の先生のうちの一人だ。
「ミノさん、また苺のやつ作って」
「ん?昨日も食べたのに今日も食べるのか?…また他の子にいじめられたのか?」
「………なんでそう思うの?」
ミノさんは、僕に優しくしてくれる唯一の人だ。そしてミノさんは勘が鋭い。
「お前さんは嫌な事があるとすぐにそれをねだって来るから分かりやすいんだよ」
ミノさんはそう言い僕の頭をぎこちない手つきで撫でる。髪がぐしゃぐしゃになったけれど、嬉しかった。
「で、今度は何を言われたんだ?ミノさんに言ってみなさい」
「……僕の白い髪が年寄りみたいで、きみが悪いって。…早くいなくなれって言われた」
「そんな事言われたのか…折角俺とお揃いの髪の毛なのにそんな事言うなんて酷い奴らだな。それでソラはなんて言い返してやったんだ?」
「汗でギトギトの君に言われたくないよって言ったら真っ赤になってどっか行っちゃった」
話を聞いていたミノさんは目を丸くした後、豪快に笑い出した。
「…っあはは!!はぁ、よく言ってやったなぁ!相手に無礼な物言いをする奴ってのはなんでか自分が有利な立場だと思い込んでる奴が多いからなぁ。一発噛みついたお前さんは大したもんだよ!」
ミノさんはまたしても髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回す。僕の頭はすっかりボサボサになってしまった。
「ソラが何にも言ってなかったら、俺が一発ゲンコツをくらわしてやるとこだったぞ?そいつは難を逃れたってわけだな。……よし!それじゃあ、いじめっ子に立ち向かった勇気ある少年にはご褒美をあげないとな」
ミノさんは重い腰を上げ立ち上がると部屋に併設されている台所へと向かった。
僕もミノさんの後に続き、台所へと向かう。
ミノさんは小さな冷蔵庫から苺の入ったタッパーを取り出すと中身を小鉢にうつし、僕に渡す。
「ほれ、朝採れ苺だぞ。洋服に汁が飛ばないように慎重に潰すんだ」
僕は皆さんの指示の元、小鉢に入った苺をフォークで慎重に潰していく。朝採れたばかりの苺は新鮮で少しばかり潰すのに時間がかかってしまった。
ある程度の苺が潰し終わると小鉢をミノさんに返す。
「おっ、潰せたか。じゃあちょいと待ってろよ」
ミノさんは、小鉢の苺に数量の砂糖と瓶に入った牛乳を注ぎ入れる。それを適度に混ぜ、僕に渡してくれる。
「よし、完成だ。…しかしこんな昔のデザートなんて好きな子供はお前さんくらいだよ。最近の子供はケーキやらクッキーやらが好きなのになぁ」
「僕はこれが好きなんだもん」
このデザートはミノさんが小さい時に母親から作ってもらった思い出の味だって言ってた。だから、僕もミノさんが好きだった味を好きなんだ。
あとはケーキなどの砂糖がたっぷり含まれた菓子は高級品で滅多に買えないっていうのも理由の一つだけど。
苺のデザートを食べ終わると次は絵本をねだった。
「ねぇ、ミノさん。絵本読んで。キツネのスパイのやつ」
「お前さんも飽きないねぇ。たまには他のにしたらどうだ?ミノさんは見飽きちまったよ」
「だって面白いんだもん。だから読んで」
「はいはい。仰せのままに」
ミノさんは少し呆れた様子ではあったものの、表情は柔らかく微笑んでいた。
絵本を読むミノさんの声はとても穏やかで心地がいい。ミノさんの声は低音で、僕の心を平坦なものにしてくれる。
「……ねぇ、ミノさん」
「なんだい?ソラ」
「……僕、ここから出てミノさんと旅に出たい"三人"だけで色んなところを見に行きたいな」
これは以前から思っていた事だった。
この孤児院は自分をここまで育ててくれたものの、とても良い環境とは言えず、ミノさんと"彼女"以外の人達は皆僕の事を白い目で見てくるから居心地が悪い。
「それは…いい考えだと思うよ。ただ、俺はもう歳で身体にガタがきちまってるんだ。だから旅に出るなら鍛えないとな!………それはそうと、ソラ。どうして"三人"なんだ?俺とソラなら二人だろう?」
「……ミノさんも見た事あるでしょ?黒い人形みたいな人。彼女はいつも僕と一緒に居てくれるし、ミノさんみたいに僕に優しくしてくれるから旅に出るなら三人がいいなと思って」
「…………」
ミノさんは少し顔を強張らせ何かを思い出したような素振りを見せた。
「もしかして、仏滅の日のあれか?でも、なぜソラが知ってるんだ?あれは消えたはずだろ?」
ミノさんが困惑したような表情を見せる。
「彼女は消えてないよ。僕の影にいつも隠れてるだけ。姿を出すとみんなが怖がるからって。…仏滅の日のことも彼女が教えてくれたんだ」
「…その"彼女"は今、出てくる事は可能か?…初日には挨拶が出来なかったからね。改めて挨拶をさせて欲しいんだ」
ミノさんが、彼女に挨拶をしたいと言った。
僕はミノさんが彼女を警戒しているのが分かった。僕にとって"彼女"と呼ばれる"それ"が安全かどうかを確認したいのだろう。
僕はミノさんの意思を汲み、彼女を呼んだ。
「出てきて"メツ"」
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