命を削って時間を節約する方法

ちびまるフォイ

急がば回れ

「このお店のラーメン、すっげぇうまいんだよ」


「へえ~~。それは楽しみだなぁ~~」


二人が店の外に到着すると、すでに長蛇の列ができていた。


「最後尾こちらでーーす。ご案内まで5時間待ちになりまーーす」


「5時間!? 前はそんなに並ばなかっただろ!?」


「まあそうですね。テレビに取り上げられてからこんな感じです」


「そんな……」


「どうする~~? 並ぶ~~? 僕はいいよぉ~~」


「並ぶわけ無いだろ! 5時間後に飯食えたとしても

 そのときには餓死してるわ!」


「ええ~~……」


不服そうな友達をおいて、次の候補へと大股で急ぐ。

けれど、どこに言っても列・列・列。


「ああもう! なんでこんなにどこも混んでるんだよ!!」


「そりゃあ、お昼どきだしねぇ~~」


「バカみたいに押し寄せやがって!

 せっかくの昼が台無しだ!」


「どこいくの~~?」


「トイレ!!」


近くの公衆トイレに向かうと、そこでも見慣れた光景が待っていた。


「ここでも並んでるのかよ……!」


トイレの外には長蛇の列。

別の場所に行っても同じ光景が待っていた。


「ったく! なんでどこに行っても待たされるんだ!」


「ちょっとあんた! 横入りはダメだよ!」


「こっちはもう限界なんだ! ゆずれ!」


「ダメダメ! ちゃんとトイレも予約してなきゃ。

 まずは予約して、その後で予約列に並んでね。

 アポ無しでトイレに入ろうだなんて……」


「便意にアポも予約もあるかーー!」


「こら割り込みするな!! このっ!!」


強引にトイレに入ろうとしたところを阻止された。

突き飛ばされた衝撃で後頭部に石がぶつかる。


じわりと広がる血だまりに自分でも恐ろしくなった。


「うそ……」


「きゅ、救急車ーー!!」


すぐに救急車がサイレンを鳴らしながら駆けつける。


「大丈夫ですか! すぐに病院へ行きますから!」


「お、お願いします……」


「病院の待機列が空きしだい、すぐに!!」



「え゛……そこも順番待ちなんですか」


「病院もキャパありますし」


「これで死んだら誰を呪えばいいですかね」


「変なこと言わないでください!」


その後、運良く空きができた病棟にかつぎこまれて手術を受けた。

病室には友達がおっとりした顔でやってきた。


「大丈夫だった~~?」


「ぜんぜん大丈夫じゃないよ。まったく……。

 それもこれも順番待ちのせいだ」


「そうなの~~?」


「そうとも。なんでこんな文明が進化したのに

 "早いものがち"っていういにしえのルールはそのまんまなんだ」


「わからないなぁ~~」


「そりゃお前みたいに時間の価値を意識しない人間には無縁さ」


「今度から予約すれば~~?」


「予約したら、その時間にその通りの行動しかできないだろ。

 俺は人生をもっと自由に進みたいんだよ」


「わがまま~~」


「現代のルールにしばられない新しい人間なんだよ、俺は」


友達がお見舞いを去ってから、医者が交代でやってきた。


「先生、もう退院していいですか?」


「噂通りせっかちだね。

 病室の外で話を聞いたんだが、君は人生を賢く生きたそうだね」


「ええ」


「人生ファストパスは知ってるかい?」


「……え? なんですかそれ」


「あらゆる順番待ちのストレスから解放される特権だよ。

 君もやってみるといい」


「なんで先生が知ってるんですか? 業者?」


「医者はプライベートの時間が少ない。

 それだけに、そのわずかな時間に待ち時間を挟みたくないんだよ」


「……なるほど。でもお金なんかないですよ」


「お金は使わない。寿命を払うのさ」


「え……大丈夫なんですか?」


「順番待ちでずっと立たされる時間を、

 寿命で先払いしていると思えば同じことだろう?」


「たしかに!!」


人生ファストパスの登録は簡単だった。

ネットで登録を済ませられればすぐに会員となった。


会員になると頭の上に「Fast!」と表示される。


「会員になったようだね。それじゃもう退院してもいいよ」


「え!? 急に!?」


「退院する順番待ちもあったんだが、

 君はファスト・パーソンになったから優先される。

 だからすぐに退院できるよ」


「最高じゃないですか!!」


退院待ちの列をさっそうと横切るのは気分がよかった。

記念に行列のラーメン屋さんへ足を運ぶ。


「ファストパーソンですね、こちらへどうぞ」


行列なんか並ぶ必要なかった。

列の先頭の人は目を丸くしていた。


「お先に失礼。せいぜいお腹をすかせて待っていれば良いさ」


スマートに店内に案内される。気分がいい。

寿命こそ支払ったが、引き換えにあらゆるストレスから解放された。


ネットの接続もファストパーソン優先なので、快適。

電車だったファストパーソン優先なのでいつでも座れる。


まさに特権階級。


「はっはっは! もう順番待ちなんか一生ないな!!」


自分の時間を欲しいものだけに費やせる幸せを満喫。



それができたのはせいぜい数ヶ月だった。

また行列のできるラーメン屋さんへ足を運んだときだった。


「あ、ファストパーソンの方ですね」


「いかにも。さあ店に案内してくれたまえよ」


「こちらに並んでください」


「……は? いや、俺ファストパーソンだよ? 優先されるはず……」


「ええ、そうなんですが……。すでにファストパーソンが何人もきてまして……」


振り返ると「Fast!」と表示された人がずらりと並んでいる。

みんなファストパーソンになったことで、ふたたび順番待ちになったようだ。


「これじゃ意味ないじゃないか!!」


行列の最後尾のプラカードを持たされる。

なんのために会員になったのか。

でも会員をはずせばますます行列に並ばされる。


そのとき、ファストパス会員ページに次なるグレードが紹介されていた。


「ぷ、プライオリティ・ファストパス……だって!?」


通常のファストパスよりも支払う時間こそ大きいが、

ファストパスよりもさらに優先度が高くなる。


もう時間なんか見ちゃいなかった。

脳死で申し込むと、頭の上の表示が切り替わる。


表示が切り替わると店員はすぐに優先案内してくれた。


「Pパスの方ですね! 優先的にご案内します、こちらへ!」


「そうこなくっちゃ!!」


シンプルなファストパスだけの行列をぐんぐん追い越してラーメンをすすった。

こんなに気分が良い食事は久しぶりだった。


プライオリティ・ファストパスの恩恵が得られたのもせいぜいが数ヶ月だった。


追随するように他のファストパーソンたちも、

プライオリティパーソンへとグレードアップをはかっていく。


プライオリティパーソンが増えることで、

また行列が発生してしまう。


「ああもうまたか! 今度はプレミア・プライオリティ・ファストパスだ!!」


次なるグレードが追加される。

もう迷っていられない。


一度快適な人生を味わったらもう戻れない。


その後もいたちごっこは続く。

グレードの追加、会員の増加、次のグレードへ。


そしてーー。



「ハッピー・プラチナ・プレミア・プライオリティ・ハイペリオン・ラグジュアリー

 デラックス・スーパーDx・VIP・ファストパスに契約だ!!」



頭の上の表示が輪をかくほど長くなった頃。




もうどこにも行列は生まれなくなった。



かつて行列ができていたラーメン屋さんへ友達が久しぶりに足を運ぶ。


「こんにちは~~。今日は~~空いてますねぇ~~」


「最近はいつもこんな感じですよ」


「前は~~、もっと並んでたような~~?」


「ええ、そうです」


「あの行列はどこに行ったんですか~~」


すると店主は空をあおぎみた。



「さぁね。寿命を使いすぎてみんな死んじまったから、もうわからないよ」

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