第5話 連続合巻事件
私は、その日の夜、書斎とは言ってもたかが3畳の部屋なのだが、ノートパソコンとプリンタ及び液晶テレビと、後は山積みの本が置いてある部屋で、背もたれ椅子に寄りかかり、発泡酒をチビチビ飲みながら、今日のミッチャンの話を思い返していた。
私は、ミッチャンから長男の十津川睦夫君の写真も貰っていた。デジカメのデータをメールに貼り付けて、私のノートパソコンに送ってもらったので、じっくりと彼を観察する事もできた。
確かに鋭い目付きをしているが、D中学校始まって以来の秀才の噂の高い少年だからそれぐらいの目付きはしていても別におかしくはないだろう。
それにしても、一体、何の目的で、連続強姦事件を起こしているのだろうか?どうも、その動機の点がハッキリしない。単なる異常性欲者とはとても感じられないからだ。
むしろ聖なる哲学者的風貌さえ感じるのだ。……もの思いにふける彼の横顔の写真を見た時、むしろ、彼は何かを考えこみ、深く悩んでいる感じを受けたからだったからだ。
ともかく、今日は、このまま背もたれにもたれて毛布をかぶってうたた寝しよう。夏だし、寒くはない。
だが、ふと、寝入りしなに私はある不思議な感覚に襲われた。その話は、後で再度する事になるのだが、今日のミッチャンとの会話の中に、よく考えてみれば、とんでもない話が混じっていた事に、「ふと」気が付いたからである。
翌日から、私は、知り合いの自治会長や民生委員・児童委員に、適当な作り話をして、例の十津川睦夫君の行動を見張ってもらう事にしたのだ。
無論、私自身が動ける時は私自身も動く事にして、まずは、身軽な人達の応援を頼んだのである。もし、ここで睦夫君の変な噂や行動が確認出来れば、その時は、私自身が本格的に動こうと決心していた。
しかして、夏休み中の約1ケ月間待ったが、睦夫君が変な行動を起こしているいると言う情報は全く、私の耳に入ってこなかった。
睦夫君は、D中学校の理科クラブに入っているが、足が速いので陸上部からの誘いも強かったらしい。現に入学時の春のマラソン大会で堂々の学年一位になっているのだから、正に文武両道の少年なのである。
しかし、夏休み中は、ごく普通に市民プールに泳ぎに行ったり、レンタルビデオ店や古本屋に通うぐらいで、どこと言って変わった様子は無かったと言う。
これは、私が密かに調査を依頼した民生委員・児童委員や町内会長等が皆同じ回答だったから、どうも間違いがなさそうである。
私は、ネット上で「アンチ・セーラームーン事件」と検索してみたが、例のミッチャンが私に見せてくれた、あの2チャンネルの会話の画面が出てきただけで、ミッチャンの長女が睦夫君の部屋のパソコンで見たと言う「連続強姦事件現場の写真」には、どうしても辿り着けなかった。
きっと一読、何の関係もない言葉(キーワード)がそのカルト系サイトへのアクセスキーワードになっている筈なのだ。
つまり、強姦事件と何の関係もない語句が、キーワードになっているのは間違いないのであろうが、その言葉に辿り付けない限り、連続強姦事件を裏付ける例の悲惨な画面にはとても到達できそうにもない。
しかも、この点については、ミッチャンもよく分からないと言うのだ。(いや、正確に言えば教えてくれないのである。)……まさに私は五里霧中の中にいた事になる。
しかもである。何度も言うように、睦夫君が連続強姦犯であると言う確証は全く得られなかったのである。
さんざん迷った末、私は、このX市内で今起きていると言われている連続強姦事件の話は、やはり、一種の都市伝説、いやここは、東京や大阪に比べれば田舎なのだから、地方伝説とも言うべき現象であって、かような事実は存在しないと言う結論に達したのだった。
無論、沢井絵里子(仮名)(2ちゃんねる上では騒尻絵里子とされていたが……)の自殺事件の話は事実ではあるが、彼女が、自殺直前に机の上に、かって流行った漫画『美少女戦士セーラームーン』の漫画の1ページを切り抜いて油性ペンで大きく×印を付けたのは、多分、自殺直前時の異常に高揚した精神状態が原因なのであって、だからと言って「アンチ・セーラームーン事件」が存在するなどと大きく騒ぐ事もないのであろう…。
これが、私の出した結論だった。
そして10月になった。私のX市役所の市民福祉課に人事異動により、荒木雄生君が配属となった。
彼は、役所歴10年以上のベテラン職員であり、入庁当時は税務課で一緒に家屋評価に行ったりした仲でもある。私立でも名の通った有名大学の出身で、相当に頭脳も切れる。唯一の欠点と言えばいいのかどうか分からないのだが、未だに結婚していないのが玉に瑕なのかもしれないが、頭の良さは折り紙付きだし、私とも仲がいいので私は大歓迎であった。
しかし、荒木雄生君が配属されてから、直ぐに、同僚の女子職員から私に耳打ちがあった。……どうも、荒木君は精神的に少し変なのではないのか?と言う話である。どう変かと言うと、時おり目をうつろにして、
「俺こさ、早いチャ……」、「俺こさ、早いチャ……」と、訳の分からない独り言を、呟くと言うのである。
これが、同僚の女子職員全員から気持ち悪がられているのだ、と言う。何しろ、私の勤務している市民福祉課には、課員20人のうち、男性職員は、課長や私、それに荒木君も含めて4名しかいない。
女子職員から嫌われてしまったら、確かに彼自身も仕事もしづらいだろう。
私は、住宅ローンと車のローンも抱え、決して裕福な身分でもないのだが、たまにはと、荒木雄生君を居酒屋に誘って、彼の意味不明の言葉の中身を聞いてみる事とした。
一体、何を彼は悩んでいるのでろうか?しかし、3合もの熱燗の日本酒を飲ませても彼のどこか不思議な雰囲気は消えなかった。要するに、心から酔えないらしいのである。
その時である。酒を飲んで少しトロンとした顔をしていた荒木君が、突如、
「おお、恐ろしい、あれは、あれは、まともな人間じゃねえ!!!」と叫んだのであった。 幸い、まだ早い時間帯だったので、廻りにお客さんはほとんどいなかったが、彼の叫び声を聞いた場合、知らない人が見れば荒木君は狂ったとみただろう。
……それほどの、奇妙な叫び声であったのだ。
私は、半分、ノイローゼ状態の荒木君に対し、同情の念は起きたが、怖いとは思わなかった。いいとこのボンボンである荒木君が、まさか私を殺しもしまい。そう安心していた事もある。
ただ、荒木君の言葉が、妙に気になった。「あれは……人間じゃねえ!!!」と言った、あれはとは一体誰を指すのか?そう言う、不思議な疑問が残った。
それと、女子職員が妙に気にしている、
「俺こさ、早いチャ……」、「俺こさ、早いチャ……」と言う謎のつぶやきである。一体、何が早いと言うのか!
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