第2話 PTA副会長


 さて、いよいよ、ここから、本題に入ります。この問題の事件、セーラー服のみの女学生を狙った連続強姦事件、別名「アンチ・セーラームーン事件」とは、そもそも、一体どんな事件だったのでしょうか?



 北陸にある某県内のX市がその事件の中心となりました。



 X市と言っただけではあまりに漠然としていますので、もう少し絞りこみます。某県の場合は、県庁所在地の市の東側を呉東地区、西側を呉西地区といいます。

 呉西地区とは、県庁所在地の市の呉羽丘陵地帯の西側にあるにあるという意味なのです。そして、この呉西地区内にある人口5万人の市がその事件の舞台となった市なのです。



 そのX市内にある県立T高校でのPTAの会議の時にまずこの話題が急遽出たのです。



 当時、私は県立T高校のPTA副会長の役を引き受けさせられていました。私の娘はT高校の2年生。このT高校は、県内でも進学校で有名なので、PTA役員も受験を控えた3年生の親ではなく、2年生の親が中心なのです。




 その当時、つまり事件から2年前、私は、X市役所の市民福祉課の課長代理をしておりました。年齢は50歳丁度で、これぐらいの年齢が一番多く地区や町内会、学校等の役職を押しつけれる年代です。




 ……まあ、これが地方公務員の悲しい実態でもあるのですが。




 さて、その時のPTA会長は、同じくX市内で内科医院を経営している十津川内科クリニックの先生の郁夫氏でしたが、急患が出たため、副会長である私が代理で司会進行をしておりました。



 季節は、夏休み前の最後のPTAの会合で、会合時間は土曜日の午後、夏休みの高校生らの非行防止活動や、秋口の運動会・文化祭等への運営協力が議題でしたが、まあ、例年どおりに実施すると言うところで話は終わろうとしておりました。



「これにて、本日のPTAの会合は終わろうと思います」と、私が切り出したところ、突然、ある中年のオバサンが手を挙げて質問してきました。



「ところで、立花副会長さん、最近、この呉西地区でセーラー服の女学生のみを狙った「連続強姦事件」が起きているという噂話を聞きましたが、これから夏休みに入るがいけど、それについての対策は何か考えられておられるんけ?」と、まあ、こういう質問でした。



 勿論、私には寝耳に水、全く聞いておりません。で、正直にその事を話すと、例のオバサン、どこかの地区の代表だったのでしょうが立て板に水のごとく話し始めました。



「副会長ともあろうものが、何も聞いていないとは、一体どういう事ですか!職務怠慢じゃありませんか!勿論、この話自体、警察には被害届けが全く出ていないから、一般的には知られていないのでしょうが、地元の女子高校生や女子中学生の間では、既にそれなりに有名な話になっているんですよ!」と、私を責め立てます。




 しかし、知らないものは知らないし、分からないものは分かりません。




「では、その話の出所は、どこなんです?」私が、逆に質問をすると、




「ネット、特に、2ちゃんねる(作者注:事件当時流行ったSNSのサイトの事、現在の5チャンネルか?)や、ツイッター等での書き込みらしいです」という回答を貰えたのです。



「ともかく、話はよく分かりましたが、単なるネット上での話には、虚偽的情報も多々混じっております。一概にその話を信用していいものでしょうか?



 よく、都市伝説と言うものがありますね。古くは「口裂け女」とかね…。



 ちょっと、例え話が古かったかもしれませんが、私ほどの年代になるとネット上の話は、半分以上に割り引いて読んでいます。もう少し、冷静になられたほうがいいのでは……」と、この私の反論に、例のオバサンはそれこそ顔を真っ赤にして口答えをしてきます。




「そんな、生ぬるい事で、PTA副会長が勤まるんですか!」とね。



「分かりました。職業柄、私には、地元の警察の防犯係長や課長はもとより、各地区の町内会長の方々や民生委員・児童委員とも繋がりがあります。できるだけ調査してみます」こう言い切って、何とか、会合はお開きとなりました。



 自宅へ帰ったあと、私は、自分の娘に、最近この市を中心に起きていると噂されている連続強姦事件の話について聞いてみましたが、娘は、全然知らないと言う返事でした。



 ともかく、私は非常に気分を害したので、夜の8時になって会長の十津川内科クリニックに電話をかけました。会長の郁夫氏は、まだ帰ってきていません。替わりに奥さんの美沙子さんが電話に出られました。



 この美沙子さんは、実は私の家の3軒隣にいた幼なじみで、私より4歳年下の奥さんです。小さい頃は、お互いに、私を「タッチャン」、彼女を「ミッチャン」と呼んで遊んでいたものです。集団登校では私が班長になって小学校まで引率していました。



 が、彼女は、高校卒業後、東京の有名私大の英文科に進学。Uターンしてから、即、見合いで、地元でも名家の十津川内科クリニックの院長と結婚したのです。



 まあ、私自身はそれほど彼女に興味があった訳ではありませんでしたが、その打算的とも思える行為に少々腹を立てていました。



 何と言っても、十津川内科クリニックの院長、十津川郁夫氏は彼女より15歳も年上のオジサンだったから、なおの事彼女の打算的とも思える行為に立腹したのです。



 こう書くと、私は、ミッチャンに恋心を抱いていたのじゃないか?と疑われそうですね。



 ところがそれが、実は全く無いのです。



 と言いますのも、彼女の家と私の家は3軒しか離れていないほど近っかたせいもあり、彼女の父方の祖母の変な噂話を、小さい時から耳にたこができるほど両親から聞かされて育ったからなのです。



 実は、大きな声で言えませんが、ミッチャンの祖母は、ミッチャンが中学生の時に精神に異常をきたしたらしいのです。




 ミッチャンの父親は、地元でも有名な地方銀行の偉いさんで、お金には不自由しなかったためか、自宅の離れにその祖母を幽閉。



 昔で言う「座敷牢」のような部屋を作り近所の人の目から祖母を隔離したと言うのです。しかも、精神に異常を来して直ぐ1年後ぐらいに心臓発作で死亡した事から、この事実は本当に町内の人すらよく知らないとの事でした。



 ただ、私の両親は、ミッチャンの祖母が真っ裸で夜中異常な目付きで徘徊しているところを現実に見ているため、この私に、その話を何度も聞かせてくれた事もあり、私も少し距離を置いて彼女を見ていた事が、私が彼女に恋心を抱かなかった大きな一因であったのかも知れません。



 ……まあ、それ以上の心理分析は、自分でもできかねますが…。



 さて、私は、見合いで別の女性と結婚したのですが、私といい、ミッチャンの家といい、この両家ともなかなか子供にめぐまれず、お互いある程度経ってから、ようやく子供が生まれたのです。私は、結局、一人娘のみ。彼女のほうは長女と長男の二人の子供に恵まれました。特に最初の子供は、同学年の生まれですから、小学校や中学校でも、二人ともども、顔を合わせる機会は多かったのです。




 お互い、そんな仲だったので、彼女の夫でPTA会長でもある十津川郁夫氏が留守だった事もあり、私は、今日の会合の話を手短にしたあと、例の早口でまくしたてたオバサンが言った連続強姦事件の噂話についてミッチャンにそれとなく聞いてみました。



 さすがに、ミッチャンは、そんな噂話など全く聞いていないだろう、知らないだろうとと、こっちで勝手に思い込んでいたのですが、話がこの連続強姦事件の事に及ぶと、急にミッチャンが黙り込んでしまったのです。



 電話の向こうでは、何かを言いたげな、ミッチャンのため息が聞こえてきます。



 彼女は、この噂話について、何か知っているのは確実のような気がしました。



 彼女は、何かを知っている。そして、私に対してそれを言おうか言わないでおこうか?大変に迷っている感じが、電話の受話器の向こうから、ヒシヒシと伝わって来るのです。



 約2~3分程経った時でしょうか、ミッチャンは私に、明日、会えないだろうか…と急な面会を申し込んで来ました。



 私としましても、断る理由はありません。明日の午後、彼女の指定した郊外の喫茶店「マンゴー」で会う事したのです。



 そして、この時から、私が、あの異常とも言える事件に顔を突っ込まざるをえなくなっていったのです。もし、私が、この時、明日の面会を断っていれば……本当に悔やまれる一瞬でありましたが、それは、後になって分かった事でした。




 私は、ただ、変な噂話への興味と、久しぶりに幼なじみとじっくり話会える事で、その時はむしろポジティブな気持ちだったのでしょう。




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