第8話 最後の結末


 しかし、ヒョンな事からこの疑問を解き明かせるかもしれない話に巡り合わせたのである。それは、その年の体育祭・学園祭が終わった後、副会長の私と会長の十津川郁夫氏の二人で、簡単な慰労会を十津川氏の奢りで催してもらった時の事である。


 外見上は元気あふれるオジサンで、地元の市民からもその医療力を高く評価されている十津川氏が意外な悩みを、この私に打ち明けたのだ。既に60歳を超えている十津川氏は糖尿病に罹患しており、特に、あちらの方面が全く駄目だという。



 そこで、自分は医者なので有名な外国製のED治療薬飲もうとも思ったものの、以前から服用している心臓病(狭心症)と高血圧の薬とは、飲み合わせができないと言うのだ。禁忌薬だと言う。

 ……事実、医学論文によると、その3種類の薬を時間差で飲んだものの、結局、死亡した人間が日本だけで十人以上いると言うのである。



 これでは、とても怖くて飲めない。それと同時に、ここだけの話だが、どうも妻の素行が怪しいと言うのである。妻の素行が怪しいと言う根拠は?と問う私に対し、他のPTA役員の一人から、自分の妻がX市役所の若い職員と付き合っているのを目撃した人がいると言うのである。……こっそりと告げ口してくれたと言うのだ。




 まさか、あのノイローゼになった荒木雄生君とミッチャンが男女の仲になっていたのでは?荒木君の言う「あれは……人間じゃねえ!!!」と言う「あれは」とは、ミッチャンの事なのだろうか?

 一体、何が、どうなっているんだろう。



 これが、ホラー小説なら、ミッチャンが急に悪魔にでも変身したのだろうか、とも書けるだろうが、そんな馬鹿げた事は書ける筈もない。ただ、ある場面で、荒木君をノイローゼに追い込む程の豹変があったのは、あながち間違いではないのではなかろうか。



 しかし、この仮説にも大変な矛盾が一つあるのだ。「アンチ・セーラームーン事件」の犯人は強姦班である。つまり男性だ。ミッチャンは女性であり、ここには永久に埋められない溝がある事は絶対に否定できないのだ。




 私は、焦りに似たも感じに襲われながらも、何とか次なる段階へと進まなければならないのである。



 果たして、どんな解決手段があると言うのだろう。確かに、「アンチ・セーラームーン事件」は存在する。例え、私の娘の友人を襲った者が単なる「アンチ・セーラームーン事件」の模倣犯だとしても、その大本となる犯人はいるに違いがないのだ。




 それは、ミッチャンの息子の睦夫君でもなく、荒木雄生君でもなく、青木係長でもない。かと言ってミッチャンは何らかの関係がありそうだが、今のままでは、即、実行犯とも考えられない。




 私は、更なる推理を深めていった。何処かに、何らかの突破口があるに違いがない。それは、一体、何処にあるのか?




 そもそも、ネット上に流れていると言う「アンチ・セーラームーン事件」の被害者数は既に10人を超えていると言う。この10人以上ものセーラー服姿の美少女達が、連続強姦魔の犠牲になっていると言うが、私は未だにその被害画面に到達できないでいる。キーワードが分からないからだ。



 ところで、この10人以上の被害数も、2ちゃんねんるの数値を引用しただけであり、さしたる根拠もない。ミッチャンの話の受け売りに過ぎない。この際、一番、怪しいと思われるミッチャンにもう一度会ってみるしか打開策は無いのだろうか?



 ところが、その時、私の全身に激震が走ったのだ。



 冒頭の喫茶店「マンゴー」の中で、ミッチャンが私に話した事である。彼女は、私に刑法で言う『不能犯』の例を話ししたかったのではなかったのか?

 彼女の言う、車椅子しか乗れない犯人Bが、車椅子では絶対に上れない3階建てのアパートにどうしても復習し殺したい相手Aがいても、車椅子に乗っているBには殺す事はできないと言う例え話だった筈だ。



 これは、私が、殺人依頼によってもBはAを殺す事は可能なのだから、仮に、Bが必死のリハビリで車椅子が不必要となっていても、容疑者の一人から逃れられないと論破したあの話の謎解きの続きなのだ。




 結局、彼女の言いたかった事とは、つまり「アンチ・セーラームーン事件」は連続強姦事件であるからして、彼女、つまりミッチャンが疑われる事は絶対に無いのだ、と言う事の暗示ではなかったのか?




 彼女の祖母は、私の両親に言わすと、私が小さい時に精神に障害を来していたという。 ここで、荒木君とミッチャンが男女の仲になっていたと仮定して、その時EDである夫の代わりに選んだ荒木君が異常な早漏であったとすれば、性行為を「期待するだけ期待していた」彼女は豹変して、鬼のような形相になり、荒木君をののしった。

 おかげで、荒木君はノイローゼになるまで追い込まれたのではないのか?



そして、その時の事件から、ミッチャンが精神に障害を来し、その腹いせに「アンチ・セーラームーン事件」を引き起こしたのではなかろうか?いわゆる二重人格(解離性人格障害)を併発したのではないのか。まるで「ジキル博士とハイド」のように……。



 あまりに、論理的に話がうまく一致したのに、私は自分でも驚いた。では、どうやって、女性であるミッチャンが強姦犯人になれたのか?




 それこそが、「不能犯」を「不能犯」でなくする方法を使う事なのだ。




 彼女が私に言った車椅子の事件の話の逆を考えればいいのではなかろうか?

 自分以外の人物に頼む(殺人依頼)か、必死のリハビリを行って車椅子を不要にするかである。



 この際は、後者の方法を採用したと仮定する、つまりレズビアン同士の男役の女性が腰にベルトで巻き付けて使用する「男性器」の「張り型」を使ったのではなかろうか?



 このことは、もはやミッチャンがまともな人間でなくなった事を意味している。あえて言えば、性を貪る者、『性食者』になったのだ!




 私は、自分なりの結論を元に、ミッチャンの息子の睦夫君の学校の帰りに声をかけた。



「睦夫君」との私の呼びかけに、物憂げに顔を上げた彼に、私は言ったのだ。




「君は、今、このX市で起きている「アンチ・セーラームーン事件」の真犯人を知っているね?」と、そう言った時である。彼の顔色が変わったのだ。



 ……そして何とも言えない暗い悲しい顔になったのだ。まるでロダンの彫刻「考える人」のようにも見えたのだ。




 その時、私は、自分の推理の正しかった事を確信した。睦夫君は総てを知っていたのだ。 睦夫君が知っている人物とすれば、母親のミッチャンしか該当者がいないではないか?



 私は、即座にミッチャンの尾行を開始した。職場には、時間休を取り、事件の起きやすい時間帯、つまり、クラブ活動の終わる午後4時ぐらいから、ミッチャンの尾行を開始し始めたのだ。果たして、彼女は、夕方になると、白い色の軽四に乗って、山道のほうへ向かって行く事が分かった。




運命の日、翌年の平成○○年4月12日(金)午後4時30分前、いよいよその時が来た。



 私も、自分の軽四で後をつけて行ったのだ。ミッチャンは、林道横の木の生い茂った場所に自分の軽四を隠し、帽子をかぶり、覆面をし、例の「男性器」の「張り型」を腰に巻き始めたのである。




 遠くから、望遠鏡で見ていた私は、デジカメでその着替えの状況を逐次撮り始めた。これが貴重な証拠になるのだ。




 ただ、デジカメを操作する前に、ミッチャンは覆面をしてしまっていたため、デジカメ上には、ミッチャンの顔は写っていない。これが私にとっては最大のミスでもあったのだが……。




 やがて、総ての準備を整えた彼女は、自身も前にやられた事があるスタンガンらしきものと、自分が被害者を撮影するデジカメを用意して、草むらに隠れた。



 午後4時30分丁度、その道を向こうから、セーラー服姿の女子中学生が登って来るのが見えた。私は、これ以上犠牲者を出さないためにもと、手製のトンファー(私は学生時代、ブルース・リーにあこがれていて、空手や拳法の道場に数年通った経験があった。その時、トンファーも習った事があったのである。)



これで、彼女が、女子中学生に襲いかかった時に即座に止めに入ろうと考えていた。



 しかし、今、正に彼女が女子中学生に飛びかかろうとした瞬間、




「お母さん、もう、馬鹿な真似は辞めて下さい!」と、私より早く、長男の睦夫君が止めに入ったのだ。



 女子中学生は、即、これが例の噂の「アンチ・セーラームーン事件」の真犯人だと即悟ったのだろう。急に自転車のスピードを上げて、二人、いや私を含めて3人の横を通り過ぎて行った。



「ミッチャン、もう止めろ、総てはお見通しだ!」と、私も睦夫君に続いて言った時、彼女は、全身が痙攣上の発作を起こしたかのように、硬直し、震える手で顔の覆面を引き裂いた。



 おお、これが、あのミッチャンの隠蔽された本当の正体だったのか!そこには、異様な目付きと、よだれを垂らした、別人のようなミッチャンの姿があった。




 彼女は、狂気じみた怪力で、長男の睦夫君の手を掴み、自分の軽四に押し込んだ。



 彼女は、そのまま、軽四のアクセルを目一杯踏み込んで、林道に戻り、そもまま上へと駆け上がって行った。数分後、軽四が林道から転げ落ちる大音響と、それに引き続いての大爆発音があった。多分、ガソリンに引火爆発したのだ。



 後日、県警が、十津川家の調査に入った時、睦夫君の「遺書」らしき文書が見つかった。



 その中には、ガリ勉を強いる母親に対する強烈な悪意のある文面があって、近いうちに母親を巻き込んで「無理心中」を実行するのだ……と、そう書いてあったと言う。



 この「遺書」が決めてとなり、現場にいた私も、二人が大声で喧嘩をしていたと証言した事から、結局、家庭内暴力での延長上の無理心中(睦夫君が無理矢理ハンドルを切ったので、林道から転げ落ちた)と言う事で、この事件は幕を閉じたのである。



 何しろ、「アンチ・セーラームーン事件」の噂はあっても、ただの一件も被害届が出ていない以上、県警も立件の仕様ができなかったのであろう……。




 ただ、純粋に法的に言えば、強姦罪は親告罪ではあるが、真犯人が万一女性であれば、強姦罪ではなく傷害罪や暴行罪になるであろうから、私が例のデジカメの写真を元に刑事告発する事も可能なのだが、あえて「無理心中」の道を選んで総ての証拠を抹殺しようとした睦夫君の心情を考えると、それ以上の行動に、私がシャシャリ出る事はできないと、そう感じたのだ。




 こうして、稀有の変態的事件「アンチ・セーラームーン事件」は終わりを告げた。



 しかしながら、私は、その「アンチ・セーラームーン」が被害者の写真を載せていたと言うブログには、結局、どうしても辿り付けなかったのである。                                                                                    了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンチ・セーラームーン事件!!! 立花 優 @ivchan1202

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画