第6話 ノイローゼ


しかし、結局、この日は、荒木君が何かに怯えている事は理解できたが、それが何かは分からずじまいであった。私は、いつでも彼の相談に乗る事を約して、その日は分かれたのである。



「おお、恐ろしい、あれは、あれは、まともな人間じゃねえ!!!」とは、しかし、一体誰を指して行っているのだろうか?

 もしかしたら、荒木君は、例の「アンチ・セーラームーン事件」の事件現場を偶然目撃したのだろうか?



 だが、例えそうだとしても、「俺こさ、早いチャ……」と言う彼の独り言とは、どう考えても何の脈絡もないではないか?




 きっと、荒木君はもっともっと核心に近い何かを経験か目撃か体験をしたのだ。一体、それは何なのだ!



 次の日から、荒木君は風邪だと言って、休暇の電話をしてきた。1日、2日、……ついには1週間も休んだのである。いくら病気とはいえ、単なる風邪で1週間も休みとは長すぎるだろう。私は妙な胸騒ぎを覚え、土曜日の昼、荒木君の自宅に訪問に行ったのである。




 彼の両親は共に学校の先生であり、帰宅は遅いと聞いている。ただ、母親のほうは小学校の先生で既に帰宅しており、心配そうな顔で玄関で私を迎えてくれた。




 応接室で、荒木君の母親と話しをしてみると、母親も自分の息子が何かに怯えている事は承知していた。……それも、病的な怯えをである。




 幸い、私のいとこが隣の市で、内科・心療内科の看板を出して、小さなクリニックを経営している。私は前もって今日の午後から部下を連れていくかもしれないと連絡を入れておいた。



 荒木君の母親も、もはや自分の息子は素人でどうにもなるものでもない事は理解していた。私のいとこに診察してもらう事に異議を申立てなかったので、私は、荒木君と母親を自分の車に乗せて、隣の市のいとこが経営するクリニックへ向かったのである。



しかし、ノイローゼ状態にある事は間違いはないものの、一体、彼が何に対して怯えているのかは、ついに私のいとこの先生の前でも言わなかった。これ以上話をしていても埒があかないので、車に乗せて荒木君の家に帰る事にした。



 また、軽めの精神安定剤をもらい、病院を出る前に飲んでもらった。



 私は、今日は、ここまでが出来る事の精一杯だろうと考えていたところ、薬が効いてきたのか、徐々に荒木君の顔色がよくなった。来週からは、何とか、出勤できるだろう……。



 どうせダメだろうが、私は、運転中に、再度荒木君に「あれは……人間じゃねえ!!!」と言う「あれ」とは、一体誰をさすのか聞いてみた。




 薬が効いてきたのか、荒木君の顔色は徐々に良くなってきていたが、この質問にも、やはり荒木君はガンとして答えようとしなかったのである。



 だが、次の週になって、私のところに2つの新しい情報がもたらされたのである。



 例の荒木君は、何とか出勤してきてくれていた。その荒木君について、私と仲のいい友人が面白い情報をもたらしてくれたのである。



 その情報とは、荒木君は独身の身軽さ故、どうも「出会い系サイト」にはまっているらしいと言う噂話なのであった。

 しかし、この情報は私にとっては大変に貴重な情報であり、その「出会い系サイト」で何らかのトラブルに巻き込まれたのではないか?と、




 荒木君の最近の異常さが少しだけだが理解できたような気がしたからである。




 もう一つの情報は、私の職場の同僚で私より10歳年下、現在、教育委員会に在籍している青木係長の異常さである。



 この青木係長は、ここ地元の出身ではなく、20代後半になって試験を受けて私の勤務しているX市役所に入ってきたのだが、入社当時から少し変人の気があり友人はほとんどいない。彼が、私の職場で一躍有名になったのは、数年前、彼の奥さんが自宅で縊死した事によるのだが、その原因と言うのが、青木係長の異常な性欲のせいなのだと言うのである。



 その噂話を今初めて聞いたのだ。が、ただしこれはあくまで噂話であり誰も見た者はいないと言うが、何でも真夜中に自分は下半身を露出して、嫌がる奥さんを負い回していたと言うのだ。もし、この話が本当であるならば、これでは奥さんも自殺したくなるであろう。



 しかも、青木係長は、その性欲の異常さのみならず、現在、X市の教育委員会に在籍ししていると言う事は、市内の、小中学生のありとあらゆる情報を入手できる立場にあるではないか?



 これは、非常に興味のある情報であった。本当かどうかは定かではないが、異常な性欲の持ち主で、教育委員会在籍の青木係長の出現は、今まで、ミッチャンにより指摘されていた「アンチ・セーラームーン」が、実は、この青木係長である事も考えられるからである。



私は、この青木係長について、徹底的に調べてみる事にした。きっと、この男こそが、あの変態「アンチ・セーラームーン」本人に違いがない、そう信じて、ありとあらゆる職場内外の伝手を通じて、調査してみたのである。



 しかし、青木係長は、人の陰口をよそに外国人がホステスを務めているバーに通い詰めであり、とても、セーラー服の少女達を遅う暇はなさそうに思えてきたのである。



 やはり、事件のカギを握っているのは、「俺こさ、早いチャ……」の独り言を今でも繰り返している、荒木雄生君しかいないように思えてきたのだ。何とか、荒木君から、例の意味不明の独り言の内容を聞き出すしかないのだ。これしか、事件の核心に迫る事はできないのかもしれない。




「俺こさ、早いチャ……」か?もしかしたら、荒木雄生君こそが、例の連続強姦事件の真犯人「アンチ・セーラームーン」なのだろうか?



 私は、この荒木君の独り言が、自分の性行為時間の短さを、どこか暗示しているように思えたのだ。特に「出会い系サイト」にはまっているのなら交渉の相手には不自由しまい。



 そして、出会った相手から、自分の性行為時間の短さをバカにされて、その腹いせに連続強姦事件を引きおこしたのでは……?






 荒木君が、私の課に来るまでは、教育委員会総務課に在籍していたし、そういう意味では、セーラー服の女子学生の情報を集める事は、他の職員に比べ、はるかに容易であった筈だった。






 かと言って、いいとこのボンボンでもある荒木君にそれだけの度胸があるとは、とても思えなかった。現実に、つい最近まで、ほとんどノイローゼ状態だったではないか?



 私は、再び、荒木君を飲み屋に誘って、飲ますだけ飲ませて、彼の本心を聞きだす事にしてみた。……これで、駄目だったら、もうどうしようないのだ。



 私は、思い切って、確信の部分を聞いてみた。曰く、



「なあ、荒木君、君は、出会い系サイトにはまっていると言う噂だが?」と。



 これを聞いて、荒木君は、猛烈に怒り出した。




「バ、馬鹿な!僕は、こう見えても公務員の端くれです。そんな危険な出会い系サイトに、はまる訳がないではないですか!」




「しかし、君の口癖の「俺こさ、早いチャ……」は、私の勘ぐりかもしれないが、要は、あれの時間が短いと言う意味じゃないのか?」と、私は、彼の下半身を指さして、それとなく彼の反応を見てみる事にしたのである。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る