最終話
今これを書いている私は、老人の家の一室で彼女とともにいる。なれない左手で書いているせいで随分と稚拙な文字となってしまった。右手はおそらく二度とろくに動くまい。何も考えずにその場にいた私と彼女以外の人間全てをを殴り続けたのだから。あの場所、おそらく何らかの生贄の儀式を執り行うための場所には、今多くの死体が転がっている。全て同じ顔をした、だがどこか歪な死体が。その死体から奪い取った、新しい血で染まった小振りの斧が今手元にある。私はこれを手に、残りの住人全てを殺すつもりだ。殺さなければ、おそらくは彼らの仲間入りをさせられることだろう。何の証拠もなく言っているわけではない。今書いているこれが、何よりの証拠となるはずだ。
私があの日読んだ手帳の内容、それは正しく私が今までとってきた行動に他ならない。そのことに気づいたときには怖気だったが、今ではどこか安心感を得ている。この後彼らが私を殺しに来ることも、そのとき私がどう行動すべきかも記されていたのだから。もはや私に逃げ道はない。だがむざむざあれの手足になるつもりもない。幸い私には武器がある。必ず生き残ってみせる。
これを読んでいるであろう未来、あるいは過去の私よ、この場所に訪れる事なかれ。私の生死の如何にかかわらず、私は二度とこの場所を訪れるべきではない。ここの入り口には古びた鳥居がある。それだけではおそらく判断しがたいだろう。何らかのサインとなるものは……そうだ。鳥居の傍に彼女がいれば分かってくれるだろう。たとえ首だけしかなくても、それが彼女だと分かるはずだ。
そろそろのようだ。足音が聞こえる。私は逃げも隠れもしない。何度も言う。この場所には近づくな。無知なままでいたければ。それが唯一の生き残る道なのだから。
*
文はここで終わっていた。まったくもってわけが分からない。結局この男は何が言いたかったのだろうか。まあ、誰が書いたかも分からないものを気にしても始まらないか。
「ねぇ」
ふと、声が聞こえてきた。手帳から顔を上げると大学に入って、おそらくは三年間ずっと私が好意を抱いている女性が微笑んでいた。
「ドライブにでも行こうよ」
彼女はその表情のままにそう言ってきた。
そうだな、今日は天気もいいところだし、ちょうど暇になったところだ。それもいいだろう。
手帳を放り出し、私は車の鍵を取り出した。
終
ある青年の手記より 六城綴 @Tsuzuri_Tanuki
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