第11話 槍聖ギルバート
連れてこられた練兵場にはまばらに人がいた。
リーンの家に雇われている兵士たちだろうか。
こんな夜ふけまで訓練に励んでいる。
仕事が終わった後に体を動かしにきている者もいるのだろう。
「模擬戦には……あそこがちょうどいいな」
槍の男はそこに立っていた兵士に声をかけ、先端が木で出来た訓練用の槍を借りた。
俺も入り口で木剣を貸してもらった。
一応、もらった黒い剣もあるが、取り敢えず模擬戦なのだし木剣を使えばいいだろう。
そうして、ギル……いや、アル……とにかくなんとかバートは訓練用の木槍を構えた。
「これでも少しは王都では名が通ってるんだ。英雄様の実力を計らせてくれよ」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む」
「じゃあ────行くぜ」
さっそく、実戦形式の訓練が始まった。
途端に槍を持つ男の雰囲気が変わり、最初に会った時のような鋭い眼光を放つ。
そうして男が槍を振るう。
身体の動きも緩から急へ────見事な変化。
それだけで只者ではないことを窺わせる、鋭利な突きが次々に繰り出される。
その型は美しく、並々ならぬ鍛錬の積み重ねが垣間見える。
俺はその洗練された動作の一つ一つに見惚れながら、攻撃を躱すが。
違和感がある。
(────遅い?)
いや、違う。
彼はきっと俺の実力を見抜いて手加減をしてくれているのだろう。
かなり、ゆっくり目だった。
「気を遣ってくれているのは分かるが──そこまで手加減しなくてもいいぞ? それぐらいだったら十分俺でもついていける」
「何? ……そうか、そいつは悪かったな。じゃあ──これくらいでどうだ?」
男の動きが前より随分か速くなる。
動きに無駄がなくなり、隙がない。
だが────まだ、遅い。
さほど集中をしなくとも躱す事のできるレベルだ。
まだまだ手加減をしてもらっていると感じる。
「いや、まだ大丈夫だな。遅く見える」
「……あァ、そうかよ」
更に男の雰囲気が変わった。
殺気──とも汲み取れる凄みを全身から放っている。
その眼光は俺を射抜くようだ。
槍は先ほどよりも踊るように空中を駆け、生き物のようにうねった。
そして巧みにフェイントを使い分け俺の死角を突いてくる。
まるで達人のそれのようだ。
だが────
(遅い)
まだ、それほど認めてもらってはいないようだ。
まだまだ遅く感じる。
さっきより多少速くはなったが、避けられないほどではない。
それどころか時折、彼は敢えてこちらに背中を見せて攻撃を誘っているかのようだった。
相手が突きを繰り出し、俺が躱した瞬間は完全に無防備だ。
その背中は構わず、さっさと打ってこい────
そう言っているようにすら思えた。
(やはり、敢えてやっているのか?)
いや、しかし。
────本当に、そうだろうか?
もし、これが彼の本気で、実力だとすると?
そんなこと、あり得るのだろうか。
でも、もしかしたら、もしそうだとしたら。
俺は実は、少しは強くなっているのかもしれない。
そんなことを思い、俺が気を緩めた瞬間────
「
男の威圧感が爆発的に高まり、姿が一瞬ブレた。
そう思った瞬間──姿を完全に見失った。
(しまった────やられる)
気づけば、眼前に迫る槍の切っ先。
油断した。
緩慢に見えた動作は、この一撃の為の布石。
緩い動きしかできないと思わせる為の
槍の先端は途轍もないスピードだ。
木製の槍の先といえど、簡単な岩を貫く程度の威力はあるだろう。
それが俺の喉元にまっすぐに向かってくる。
つまり。
俺はこれを避けなければ────
(────死ぬ。)
己の過ちを悟った瞬間、俺は全身全霊、瞬時に全力の【身体強化】、そして【しのびあし】を使い、その死を思わせる切っ先から逃れようとした。
幸いなことに槍の先端が俺に届く少し前、俺は男の背後に回り込むことができた。
額に嫌な汗が流れるのを感じる。
この男は今、本当に自分を殺す気で来たのだろうか?
────いや、それは違う。
最初から、男は俺の実力を見抜いていた。
俺と男の力の差は歴然としていたのだ。
この男はきっと、俺が怪我をしないように細心の注意を払い、避けられるギリギリの速度を見極め突いてきたのだ。
現に俺はギリギリのところで気がつき避けることが出来た。
そうとしか、思えなかった。
(────本当に危なかった────)
今、男は俺の前で無防備な姿を晒しているようにも見える。
だが、それすらもおそらく先程までと同じ。
つまり、彼はこう言いたいのだ。
『牛を倒したぐらいで、調子にのるな』
────と。
慢心は即、死に繋がることを俺に警告してくれたのだ。
慢心を完全に見抜かれた。
それもわざわざ、呼び止めてまで……。
「────わかった。俺の負けだ」
ここまでして俺の欠点を教えてくれるとは。
イネスもこの男も、なんて心優しい人物なのだ。
人としての器の大きさの違いすら感じてしまう。
「……な、なんだと? 一体、何がわかったって……?」
「もう、続ける意味はないだろう。これで十分だ」
彼はなおも俺に稽古をつけてくれようとする。
その心遣いは嬉しい。
だが────十分にわかった。
俺はまだまだ弱いのだと、彼の警告を心に刻んだ。
「────また、次に会えるのを楽しみにしている」
早く風呂に入って眠りたいなどと、どうかしていた。
いつのまにか俺は気が緩んでいたようだ。
(より一層、鍛えなければ────)
いつか、その時には彼に本気で向き合ってもらえるように。
新たな決意を胸に、俺はその場を後にした。
◇◇◇
ギルバートはその知らせを聞いた時、胸が躍った。
────王女が深淵の魔物『ミノタウロス』に襲撃された。
だが、その『ミノタウロス』を一人で屠った男がいる。
その男は、どんな奴なのだろうと興味を持った。
そんなに強いなら、野心に燃える面白いやつかも知れない。
どんなやつか見てみたい────
そう思っていると、男は向こうからやってきた。
リンネブルグ王女に連れられ、すぐさま姿を現したのだ。
その男は意外なほどに謙虚だった。
金も、栄誉も、住処も、。
そして王から提示された山のような財宝にも、何も興味を示さなかった。
男の立ち居振る舞いは粗野ではあったが、物腰は堂々としていて嫌な部分は特に見当たらなかった。
年齢としては自分とそう変わらないように見えた。
背格好で言えば自分より少し体格は良いが、
とても一人であの『ミノタウロス』を殺せるような迫力は感じなかった。
この男はそんなに強いのだろうか。
実物を見て、疑問に思った。
ギルバート自身はとにかく、強かった。
【剣聖】と並ぶ称号【槍聖】を与えられ、クレイス王国最強の一角として数えられる程度には。
それだけに退屈していた。
自分の対等な競争相手が何処にもいない──。
そんな状況に飽き飽きしていた。
国内でも自分に肩を並べられる者などそうはいない。
唯一、まだ敵わないと認めている人物は半ば伝説的な人物、【千剣】の異名を持つ【剣聖】シグぐらいなもので、それ以外は相手にもならなかった。
────つまらない。どいつもこいつも、弱すぎる。
ギルバートはずっと退屈していた。
だから、相手が欲しかったのだ。
自分と同じくらいの年齢で、実力が拮抗し、対等に物を言える相手が欲しい。
そんなことはただの我儘だと知りつつも心の何処かでいつも探していた。
この男は強いという。
あの『ミノタウロス』を倒したというのなら、途轍もなく強い筈だ。
この男なら、自分と対等に渡り合えるぐらいの実力はあるのかもしれない。
でも、あまり強そうに見えないのだ。
むしろ何処にでもいそうな、人の良さそうな一般人だ。
ならば、自らの手で確かめてやろう────
そう思って模擬戦と称して男に勝負をしかけたのだが。
勝負はすぐ始まった。
だが、いくらこちらから仕掛けても向こうは攻撃をする気配すら見えない。。
どういう事かとギルバートが不可解に思っていると、
「気を遣ってくれているのは分かるが──そこまで手加減しなくてもいいぞ? それぐらいだったら十分俺でもついていける」
目の前で木剣を持つ男はそう言った。
ギルバートに手を抜かれている、と感じていたようだった。
こんな事は初めてのことだった。
多くはギルバートの本領を発揮するずっと前に片がついてしまう。
だから、ギルバート自身、知らず知らずのうちに手を抜いてしまったのかもしれない。
────今、そんなつもりはなかったのだが。
「何? ……そうか、そいつは悪かったな。じゃあ──これくらいでどうだ?」
ギルバートは一切の迷いを捨て、全力で相手に襲い掛かった。
繰り出した槍撃は自身でも驚くほど激しいものだった。
ここまで小気味の良い調子で槍を振るうのは初めてのことだった。
自己最速と言っていいほどキレのある連撃を繰り出せていた。
──なのに。
どういうことだ?
相手の体にかする気配もない。
それどころか、相手は手にした木剣を使おうともしないのだ。
一方でギルバートは限界まで力を振り絞っていた。
いや、既に限界以上の動きをしている。
それでも、この男には届かないのだ。
ただの一撃すら、与えられない。
こんな事は初めてだった。
そして目の前の男は、こう言った。
「いや、まだ大丈夫だな。遅く見える」
「……あァ、そうかよ」
いいぜ、それなら──
と、ギルバートは心の中で嗤った。
彼の中で何かが切れた。
(────お望み通り、
「
稲妻のような速さで舞う
音を置き去りにする、文字通り
故に人に放つのは初めてだった。
放ってはいけない技の筈だった。
────だが。
ギルバートは即座にその技を使うことにした。
考えてやったことではない。
身体が自然に選択した。
極限まで鍛え抜かれ研ぎ澄まされた戦闘の直感が考えるよりも疾く、決断した。
────これ以外では、この男には自分の槍は決して届かない、と。
故にギルバートが気がついた時には槍の切っ先が男の喉元に届こうとしていた。
自らの意識すら追いつかない最速の一撃。
ああ、もう少しで自分の槍があの男に届く。
ギルバートの頭にあったのは、
それだけだった。
────良かった。届いた。
そう思った瞬間、男の身体は幻のようにかき消えた。
そうして気づいた時には男はギルバートの後ろに立っていた。
(今、何が起きた……?)
まるで、何が起きたのか分からなかった。
ギルバートはただ呆然とするしかなかった。
だが、失望するより先にある異変に気がついた。
目の前の石畳の床に亀裂が走り大きく陥没している。
ソレは先ほどまでの男が立っていた場所だった。
……何故、こんなものが?
さっきまでこんな地割れはなかった。
この床はあの男が何かしたせいでこうなったのだ。
振り返ると所々、粉々に砕けた石畳が見える。
そこには相当の衝撃が与えられたはずだ。
だというのに何の音もしなかった。
いったい、なんなのだこれは────?
「────わかった。俺の負けだ」
ギルバートが困惑していると背後に立つ男はそう言った。
「な、なんだと? 一体、何がわかったって……?」
「もう、続ける意味はないだろう。これで十分だ」
内容的には、どう考えても完敗だった。
ギルバートにとって、真っ向勝負での初めての完膚無きまでの敗北。
だが、この男は「自分の負けだ」という。
つまり、この男はわざと「負けた」のだ。
練兵場にはまだ訓練しに残っている自分の部下たちもいる。
つまり、その視線に対する、配慮。
「また次に会えるのを楽しみにしている」
そのまま男は練兵場の出口に向かって歩き出し、
すれ違いざまにそう言うと振り返りもせずに帰っていった。
残されたのは槍を持つギルバートだけだった。
情けをかけられ、勝負を放棄された。
そればかりか負けた上に、
武を生業とする者にとって、この上ない屈辱。
練兵場に取り残されたギルバートは初めての敗北感に打ち震えていた。
だが、それ以上に────歓喜していた。
己の目標となる人物が新たに出来たことに。
「ああ、そうだな。これからは、楽しくなりそうだ」
気づけば【槍聖】ギルバートは獰猛な笑みを浮かべながら、そう囁いていた。
俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜 鍋敷 @nabeshiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます