第12話 ドラフトテスト・一芸試験

『このオーガを模した魔法像に、皆さんが持つ一番の魔法を撃ってください』

『その魔法の威力、見た目の美しさ、壊れ方の派手さなどを総合的に判断して、先ほどの魔法戦の結果なども加味した上で、各ダンジョンのチームオーナーはドラフトします』

『ドラフトされるための最後の一押しです。精一杯頑張ってください』

『それでは、どなたからでも大丈夫です。一芸試験を開始します』


 アナウンスで最終テストの開始を合図されると、すぐに動く男がいた。

 ヴァルガだ。


「どけ」


 他の志願者たちを押しのけて、一番槍に名を上げる。

 魔法戦で敗退したのか、取り巻きたちは一人も連れておらず、ヴァルガだけで挑むらしい。

 防御結界が張られた試験場へと入っていった。


 会場は魔法戦の時と同じような立方体で出来ているが、外からでも見えやすいように、今回は透明仕様だ。

 もちろん、内部にはカメラが付いていて、熱狂的なダンジョンファンのために全国中継されている。


「一番、取られちゃったわね」

「別に順番を競うもんでもねえしな。俺はいつでもいいけど……サフィーナはどのタイミングで臨みたいとかあるのか?」

「あるわよ。順番は特に気にしないけど、水魔法とか氷魔法の後は被るからやめたほうがいいわね。見てる人も飽きちゃうし、見た目的にも別の属性の後を狙った方が良いわ。そっちの方がえるから」

「メリハリを付けるって感じか?」

「そうよ! 分かってきたじゃない!」


 サフィーナは、出来の悪い生徒が成長するのを喜ぶ。

 ルギルは馬鹿にされてるみたいで、微妙な笑みを浮かべた。


「そろそろはじまるわよ」

 

 談笑している内に、ヴァルガは標的であるオーガを模した魔法像の前に立った。

 オーガ像は、体格の良いヴァルガを縦に三人並べても足りない程大きく、二階建ての建物のような印象を受ける。

 灰色一色だが、体型は平均的なオーガそのものである。

 

 一人と一体が相対する距離は遠い。丁度、ルギルとヴァルガが球撃ちを行ったような間合いだ。

 それがヴァルガにとっての適性距離なのだろう。

 レティシアとは逆に、遠距離攻撃主体の魔法士だ。


 ヴァルガは、身の丈に合う大きな杖を抜いた。

 その杖を指が赤くなるほど強く握り締めて、頭上から横に円を描くように振り下ろす。

 杖の先端に付いた赤い魔法石が激しく光った。


「『炎竜の呼び声ドラゴニア』」


 底冷えするような低音で詠唱すると、杖から巨大な炎の球が飛び出た。

 巨大な炎は中空をゆっくり滑った後、羽化するみたいに赤き竜へと姿を変える。

 体高はオーガの方が高いが、翼を含めた体長は、赤き竜の方が大きいように思える。


 産声、と呼ぶにはデカすぎる咆哮が鳴り響く。

 結界を突き破ってルギルの耳にも届いた。


 詠唱したヴァルガは一瞬よろめく。が、すぐに立て直した。

 大型使役魔法の使用はヴァルガでも相当キツいらしい。歯を食いしばって耐えている。

 

 こんな舞台で、ふらつくのは格好がつかない。

 無理している事がバレると、チームオーナーにも視聴者にも大したことない奴だと判断される。

 そして何より、ヴァルガのプライドが許さない。


「……やれっ」


 ヴァルガは絞り出すように炎竜に命令した。炎竜は翼を大きく羽ばたかせて火の粉を起こす。

 何度も、何度も羽ばたかせる。

 火の粉はどんどん勢いを増し、周辺温度は一気に上がっていく。

 

 炎属性にとって最高の環境を作り上げた。

 ヴァルガは全ての魔力を使って最高の魔法を放つ。

 

「『激発する灼猛爆ルベナブラスト』」

 

 杖を前に真っ直ぐ伸ばしての詠唱。

 炎竜が大口を開けて、火炎のブレスを吐き出した。

 ブレスは周りを火の粉を巻き込んで、連鎖爆発を起こしながら真っ直ぐオーガ像へと迫る。


 そのままオーガ像を貫き、火炎の息吹が腹に風穴をぶち開けた。

 その瞬間、大爆発。

 魔法像は粉々になった。


 ヴァルガは軽く一礼すると、立方体から退室した。


「……すげぇ」

「素行は悪いけど、魔法はすごいのよね……ヴァルガ」

「態度デカいだけあるな」

「ルギルも似たようなものよ」

「おい。そんなことねえだろ」

「ふふ。一緒にされるのは嫌なのね」


 サフィーナはひとしきり笑った後、ある事に気付く。


「次、だれも行かないわね」

 

 ヴァルガはすでに防御結界から出ているというのに、誰も動こうとしない。


「そりゃあんな魔法を見ちまったらな。比べられたくないんだろ」

「なるほどね。ルギルも比べられたくないの?」


 サフィーナはルギルに挑発的な笑みを向ける。「自信ないの?」とでも言いたげな目つきだ。

 それを見たルギルは吹き出すように笑った。


「おいおいそんなわけないだろ。俺たちの方がすごいからな」


 誰だって、あんな魔法と比べられたくない。

 ルギルとサフィーナ以外は。


「私もそう思うわ。意見が一致したわね」

「それじゃあ、行くか」

「ええ。行きましょう」

 

 二人は堂々と歩みを進めて、防御結界の中に入った。


 ヴァルガが粉々にしたオーガの魔法像は、結界を張り直すことで自動的に元に戻っている。

 生み出された時と同じ状態だ。


 会場の外と、中ではオーガ像の威圧感が全く違う、とルギルは思った。

 今にも動き出しそうなほど、精巧に作られた魔法像。それを今から二人でぶっ壊す。


 サフィーナはオーガ像に対して遠間に立ち、ルギルはちょうどその中間地点に立つ。


「打ち合わせ通りにね」

「おう。任せてくれ」

 

 ルギルの返事に微笑むと、サフィーナは瞑目して大きく深呼吸した。


「いくわよ」


 彼女は杖を抜いた。

 

 巨大な魔力が扱いやすい大きめな杖。

 サフィーナの体格には合っていないが、持っている姿はなぜかしっくりくる。

 

 暗色の木から作られた杖は、ローブと同じく髪色に似せていて、先端に付いた魔法石は、大海を想起させる透き通った蒼色。

 それほど大きい物では無いが、希少な値打ち物だ。

 水属性魔法の威力を、大幅に跳ね上げる効果を持っている。


 彼女は、杖を右手で握って斜めに倒し、左手で先端の魔法石を撫でるように支える。

 大型魔法を使う際の、彼女のルーティーンだ。

 

 彼女は瞑っていた目を開けて詠唱した。


「『水神の覇撃ポセイドン』」


 神の名を冠する、水属性最強の遠距離魔法。


 全てが水で創造された、極大の三叉槍がサフィーナの頭上に浮かぶ。

 その長さはオーガ像とは比べ物にならない。

 確実に、一撃で屠れる大きさをしている。


 その光景に、ギャラリーからは驚きの声が上がった。

 無理もない。

 サフィーナの莫大な魔力量を持ってしても二発目が撃てない、バカが創った魔法である。

 使い手なんてまず居ない。ルギルも初めて見るレベルの魔法だ。


「あとは、よろしく……!」


 完全に制御する事はできないらしく、サフィーナは言うだけ言って返事も聞かずに、極大の三叉槍を魔法像に向けて飛ばした。

 ヴァルガもそうだったが、大技過ぎて実践では使えないロマン砲だ。

 

「任せとけ」


 三叉槍はサフィーナの影響を離れて、魔法像に向かってひたすら進む。

 それがちょうど、ルギルの上空に来た瞬間。


「『嘆きの氷晶フリザイア』」


 ルギルは杖を空に向けて、極大の三叉槍を凍らせた。


 サフィーナの『水神の覇撃ポセイドン』に干渉して、瞬時に水を氷へと変える。

 三叉槍の全てを制してはおらず。速度や飛ぶ向きなどは弄らない、ルギルは温度だけを支配した。

 そして更に、三叉槍の持ち手の一部にだけ極低温を仕込む。

 二手目への仕掛けだ。

 

 凍った『水神の覇撃ポセイドン』はそのまま飛んで行き、オーガ像を貫いて地面にぶっ刺さる。

 勢い余って、持ち手の部分までオーガ像を貫通した。

 その後、極低温の仕掛けによって魔法像はカチコチに凍り付く。

 

 三叉槍が地面に魔法像を縫い付けている、氷のオブジェの完成である。

 題名を付けるなら『巨人の氷槍』といったところ。


 その完成を見届けて、ルギルは二手目の魔法を詠唱する。

 

「『凄惨なる氷砕グレイザード』」


 それっぽく指をパチンと鳴らして詠唱すると、『巨人の氷槍』が粉々に砕け散った。

 凍り付いたオーガ像も、元から凍っている三叉槍も、全てが砕け散る。

 一部を除いて。


「完璧だ」

 

 その一部とは、オーガ像の心臓部分とそれを貫く魔法剣サイズの三叉槍。

 その部分だけをあえて残した。

 全てを砕いた後に、超巨大なオブジェのミニチュア版だけを残す、という粋な演出。

 当然、発案はサフィーナだ。


 空からは氷の破片がダイヤモンドダストのように降り注ぐ。

 ルギルはオーガ像が立っていた場所に近づいて、振りやすそうな氷の三叉槍を地面から引き抜いた。

 当然、貫いている凍った心臓もついてくる。

 

 そしてその三叉槍を、勝ち鬨を上げるように天に掲げて、防御結界から外に出る。

 

 ルギルとサフィーナの一芸試験が終了した。

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ダンジョン・ライブストリーミング ~傭兵上がりは魅せる魔法を極める~ 神崎 雨空 @Kanzaki_Ryuichi

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