29.縁

 神崎会長は「さて」と言いながら両の手を合わせた。


「君たち二人を強くするわけだが、人にはそれぞれその段階の成長に適した方法やペースがある」


 彼は僕と響をそれぞれ一瞥する。


「君たち二人は成長の段階に少し差がある、と俺は思った」


「成長の段階ですか?」


 僕の言葉に神崎会長は頷く。


「まずは三空君。君は努力やらなんやらをする前にもっと簡単に強くなる方法がある。何だか分かるかい?」


「えっと……知識をつけるとか、ですか?」


「知識はもう十分にあるだろう?聞けば最初のテストでは満点だったらしいね。それよりももっと簡単なことさ」


 そう言われても全くもって答えが思いつかない。


「君は魔法を使って戦うんだ。なのにどうして手ぶらなんだい?」


 忘れていたわけではない。大会が始まる前に時折考えはしたことだ。


「つまり、武器を使えってことですか?」


 神崎会長は首肯する。


「君が戦ってきた強者を思い出してみるんだ。皆、自身の命運を託すに相応しい武器を持っていたはずだよ。中にはザイオ君やその相方のファンズ君のように目に見えて武器を持っていない者もいるね」


 確かにザイオ先輩とファンズ先輩は攻撃は格闘術が主だった。


「彼らは魔法が武器だ。その身体に魔法を纏って戦っている……が対して君は『空間魔法』は戦闘の補助でしか使っておらず、肝心の攻撃は魔力強化をしただけの格闘戦。かなりのハンデだと思わないかい?」


「そうですね、少し前……響と一緒に戦うと決めてから考えはしました。けれど僕みたいな素人が今から武器を扱っても、彼らには追いつける気がしなくて……」


 僕が言い終えると神崎会長は僕の肩にそっと手を置いた。


「大丈夫だ。彼ほどとは言わずとも、少しは俺のことを信じてみないかい?」


 僕はその曇りのない笑顔にどこか希望を感じた。




 そしてその日の放課後。僕は街の商店街を訪れていた。


『まずは周りを良く見るんだ。意外な出会いがあるかもしれない』


 ……とあの後神崎会長から助言貰ったのでひとまず学園の近くの武具を取り扱う店を見て周ることにした。


 響は今頃、神崎会長と特訓中だろう。


 決勝トーナメントまで後一週間だ。それまでに何とかして僕に合ったものを見つけなければ……


「いらっしゃい!そこの君。最新の魔道具はいかがかな?」


 ぶらぶらと歩いていれば人当たりの良さげなお兄さんが僕の視界に割り込んで来た。


「魔道具?武器とかもありますか?」


「もちろんさ!さあ入って入って」


 そう言って僕は半ば無理矢理店の中に連れ込まれた。


「武器だったらこっちに取り揃えているよー!」


 案内されたのは店の一角。その壁面には様々な種類の武具が並んでおり、そのどれもが魔力を宿しているのが分かった。


「武器って言っても種類は一杯あるからね。君はどんなのを探しているんだい?」


「そうですね……言い方は良くないかもしれないんですけど、扱いが簡単な物ですかね」


「なるほどなるほど。君は武器を扱うのは初心者とみた!」


 お兄さんは元気よくそう言い放った。


「はは、恥ずかしながら」


「良いんだ良いんだ!みんなスタートは同じさ。そんな君にこれはどうだい?」


 差し出されたのは豪勢な装飾が施された本、いや魔導書か。魔導書は本来魔法を記録しておくための魔道具だ。ただ魔法を記録するだけでなく、その魔法を他者に伝達するための補助をしてくれる。


「これはただの魔導書じゃない。その名も『世界の書』!記録した魔法を、いつでも、即座に使える代物だ」


「それはつまり魔導書が魔法を発動するってことですか?」


「そうとも言える。実際は魔法を使うのは過去の自分。魔法は自分で記録しないと使えないわけだからね」


 なるほど。大層な名前だけあってそれ相応の品らしい。

 しかし気になるのは……


「かなり高価な品物に見えるんですけど、この魔導書のお値段はどのくらいなんですか?」


「………まあ参考価格はこのくらいだよ」


 言葉と共に差し出された値札に目を向ける。


「なっ!?」


 そこに記されていたのは軽く家一つは建てられるほどの金額であった。

 一般の魔道具や武具にしては高すぎる。


 僕はハッとして周囲の商品に目を向ける。


 どれもこれもが宝石や金属で装飾されており、価格は軒並み超高額であった。


 むしろこの魔導書が安い方である。


「えっと……せっかく案内してくれたのにすみません。僕には到底手が出せそうにないです……」


「……それは仕方がないね」


 一瞬の間の後お兄さんはすぐに言葉を返した。


 するとガチャと店の扉が開く音が聞こえた。


「邪魔するぜ」


 入ってきたのは背が高く、堅いの良いスキンヘッドの大男。

 言っては悪いが悪人顔だ。


「いらっしゃい!ここにしか無い商品が揃ってるよ!」


 笑顔で挨拶したお兄さんは再び僕に向き直る。


「そうだ!折角だから試すだけでもどうかな?」


 彼はそう言って魔導書を差し出してくる。


「だ、大丈夫なんですか?こんなに高価な商品」


「壊さなければ大丈夫さ!壊さなければね」


 まあ武器を探しているわけだし参考までに触っておくのが良いか。


「あっ、店の中で魔法を打つわけには行かないから『世界の書』を試すわけには行かないね。この剣はどうだい?」


 お兄さんが手に取ったのはこれまた豪勢な装飾が施された細剣だ。


「あ、ありがとうございます」


 万が一にも落とさないよう慎重にそれを受け取る。


「ほら鞘は預かるから振ってみて!」


 鞘にも宝石やらなんやらが付いているためゆっくりと剣を抜いた。


「そ、それじゃあ……!」


 握った剣を小振りに下ろす。


「これは……」


 驚いたのはこの剣の振りやすさ。材質は分からないがその剣身は一切の重みを感じない。


「もう一回いってみようか!」


「はい!」


 先ほどよりも少しだけ大きく振りかぶる。


「はい、せーのっ!」


「っ!?」


 耳を劈く音が店内に響き渡る。


 握った細剣からはその剣身の部分が消滅していた。


 僕が剣を振り下ろした瞬間その剣身が粉々に砕け散ったのだ。


「ご、ごめんなさい!!」


 僕は慌てて頭を下げる。目を開けた先には剣身の破片が無惨に散らばっている。


「大丈夫大丈夫。良いから頭を上げなよ」


 お兄さんの手が僕の肩に置かれる。


 顔を上げた先にあったのはお兄さんの顔。どんな表情をしてるかと思えば彼は満面の笑みを浮かべていた。そう、不気味なほどに。


「君に怪我が無くてよかったよ」


 彼は足元に散らばった金属の破片を拾い上げる。


「だけど困ったな。これは商品。うちも商売でやってるから代金を貰ってもいいかい?半額でいいからさ」


 僕はチラリとこの細剣の価格を確認する。


 見ればその値段は『世界の書』の倍はあった。


「半額ですか……」


 つまり『世界の書』と同じくらいの金額。到底学生が払えるものではない。


「わ、わかり——」


「よお兄ちゃん」


 口を挟んだのは先ほど店に入ってきたスキンヘッド大男。


「なかなか良い商売やってるな」


「恐れ入りますがお客様。私達はただいま取り込み中でして——」


「振っただけで折れる剣について話すことなんかあるのか?」


 大男が一歩詰め寄る。


「……失礼ですが何の話でしょうか?」


 彼は笑顔を若干強張らせながら言った。


「元からその剣には細工がしてあったんだろ。それでそこのボウズにわざと壊させた」


「あり得ない話でございますよ。万が一そんなことがあったとして剣が折れたのは二回目の素振り。細工がされていたのなら何故一回目で折れなかったのでしょうか?」


 彼は自身ありげにそう問うた。


「大方その鞘に魔法が仕込んでいたんだろ。既に魔法が構築済みならあとは機動するだけで怪しまれずに剣を折れるってところだな」


 図星だったのかお兄さんは言葉を詰まらせていた。


「というわけでボウズは一銭足りとも払わなくていいぞ。この剣は歴とした偽物だ」


 大男は僕の腕を無理矢理掴み、店の入り口の方へと牽引していく。


「あ、あの——」


 彼は扉に手を掛けるがその扉が開く気配はなかった。


 おそらく魔法によって鍵が掛けられいてる。


「逃しませんよっ!」


 怒りに満ちた声が響く。


「秘密知られた以上、お前たちを返すわけにはいかないっ!!」


 言葉と共に魔法陣が床一面を覆いつくす。


「<魔吸蔓縛カースバイン>!!」


 足元から無数の植物の蔓が現れ、僕たちの脚に纏わり付いた。一瞬で機動力を奪われた。


「ま、魔力が吸われる!?」


 身体中の魔力が蔓にみるみる流れていく。蔓を引き剥がそうにも数が多い上に、魔力を吸収されて身体から力が抜けていくためどうにもならない。


「ったくしょうがねえなあ」


 隣の大男にも同じく蔓が纏わり付いている。しかし彼は何の異常ないといった様子だ。


「<武器庫アーセナル>」


 現れたのは一見して普通の収納魔法陣。


「武器を取ろうにも力が入らない体で何ができるかな?」


「来い、グニスタ!!」


 その言葉に応じるように魔法陣から黒紅の剣が射出された。


「なっ!?」


 放たれた剣が床に生えた蔓に突き刺さる。


「燃やし尽くせ!!」


 男が言うと黒紅の剣が魔力を伴った炎を纏う。


 魔炎は蔓へと広がっていき、辺り一面の蔓を燃やしている。


「や、やめろ!そんなことしたら店がっ……!」


 店主の男が剣に近づこうとするが炎が行手を阻んだ。


「しょうがねえな。グニスタ、加減してやんな」


 炎はある程度の蔓を燃やし尽くすと独りでに消滅した。


 剣と会話できるのか?


 僕に纏わり付いていた蔓も力を失い床に転がり散った。


「馬鹿な……」


 店主の男は膝を折り、戦意を喪失しているようだ。

 店は原型を保つどころかほとんど傷もついていない。


 魔炎は綺麗に蔓だけを燃やし尽くすしたのだ。


「グニスタ、よくやったぜ」


 スキンヘッドの大男はまるで我が子に語りかけるかのように暖かい表情でその剣の柄に手をかける。


「さて、これに懲りたら二度とこんなことするんじゃねえぞ」


 彼はそう言って踵を返した。


「よおボウズ。怪我はねえか?」


 彼は僕のところに来てはそう言った。


「は、はい大丈夫です。助けていただきありがとうございます」


 彼がいなかったら今頃大金を払わされていたに違いない。

 感謝の意を込めて深々と頭を下げる。


「良いってことよ。それで……この扉は壊していいのか?」


 男は首だけ振り返って言った。


「………………」


 だが店主の彼は呆然としている様子。


「…………ない」


 彼が僅かに言葉を発する。


「あ?聞こえねえよ」


「ありえない!!」


 店主の男が声を上げる。


「なんだその剣は!?会話できる剣なんて聞いたことないぞ!!」


 彼は必死に声を荒げた。


「うるせえなあ。こっちの質問に答えろよ……」


 対して大男は半端呆れた様子である。


「ったく、お前に教える理由もなけりゃ義理もないってことだ」


 彼はため息混じりに扉に向かって剣を振りかぶる。


「せいっ!」


 グニスタと呼ばれる剣が勢いよく振り下ろされる。


 しかし見たところ何も起きていない。扉は無傷そのもの……いやこれは……


「魔法術式だけを斬った……」


「なんだボウズ。良い眼してるじゃねえか」


 彼は扉は壊さず、扉に施された封印魔法だけをその剣で斬ったのだ。


 確かにただの剣や魔道具ではないようだ。


「これも何かの縁だ。ちょっくら付き合えボウズ」


 項垂れている店主を他所に大男は店の外へと出て行った。


 僕は慌ててその後を追いかける。


「一体何処へですか?」


 外に出たところで彼がこちらを振り返る。


「武器を探しているんだろ?」


「はい!」


「ちょっとばかし俺に協力してくれれば礼としてそれなりの武器を一つボウズにやる」


 本当なら凄く良い話だが……。


「そ、そうですね。それなりの武器って言うのは……?」


「ハッハ、あんなのに絡まれた後だと警戒しちまうのも無理はねえな!美味い話には裏があるってもんだ」


「い、いえそんなつもりは」


 彼の大きな手が僕の肩を軽く叩いた。


「良いってことよ。ひとまずその報酬の武器を見てから俺の頼みを受けるかどうか決めてくれていいぞ」


 そう言って彼は踵を返した。


「こっちに俺の店があるんだ」


 店?彼も道具屋か何かということだろうか。


「あ、言い忘れてたな!」


 彼はうっかりしていたという風再びこちらに振り返った。


「俺はグラン。鍛治師をやってるんだ」

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落ちこぼれ空間魔導士の成り上がり @Key811

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