28.前を向いて

 小鳥のさえずりで僕はぼんやりと目が覚めた。


 ふと視界に映るのは寮の自室。なんてこともないいつもの光景だ。


 カーテンを開ければ空はまだ薄暗く、太陽はまだ顔を見せていないようだ。


「………っ!」


 凝り固まった身体をほぐすように全身を思い切り伸ばした。


 今日はいつもより早く起きてしまったが、やる事は変わらない。


 顔を洗い、歯を磨いて、寝具を整えて制服に着替える。


 時計を見れば食堂に行くにはまだ早い時間であることが分かった。


 さて、時間ができたわけだがどうしようかな。


 そう考えているうちに制服で自室にいることがもどかしくなったため少し外を歩くことにした。


「やあ、早いね」


 寮から出たところで見知った人物と鉢合った。


「おはようございます。神崎会長」


「こんな時間にどこへ行くんだい?食堂はまだ開いてないだろう?」


「早く目が覚めちゃったので少し散歩に。会長こそどこへ行くんですか?」


 神崎会長は僕と同じでこれからどこかへ行くようだ。


「日課があるんだ。用がないなら一緒に来るかい?」


 散歩と言ってもどこへ行きたいわけでもないし着いて行ってみるか。


 日課というのも気になるし。


「そうですね。見学させていただきます」


「じゃあ行こうか」


 神崎会長は言いながら優しく微笑む。


 学生寮と学園は一本道で繋がっており、僕の配属された寮からは大体五分くらいで学園に着く。


 神崎会長は僕よりも学園から少し離れた寮に住んでいるようで、そこからこの道を進んでいる途中で偶然僕が出てきたのだ。


「昨日は中々眠れなかったんじゃないか?」


 少し進んだところで横にいる神崎会長が口を開いた。


「そうですね……」


 そう、僕たちは昨日、学園対抗戦の予戦、そのグループ戦で敗北を喫した。


「でも僕よりも響の方が心配です」


 予戦終了間際に行われた響とイデオによる直接対決。


 様々な要因があったであろうが結果的に勝利を納めたのはイデオ。


 僕たちは契約通りに所持するバッチをイデオたちに譲渡した。


「まあ彼なら大丈夫だと思うけどね。君たちはまだ終わったわけじゃない」


 神崎会長のいう通り僕たちは敗北したが敗退したわけじゃない。


 所持するバッチを全て失ったらグループ戦はその時点で脱落であり、順位はその時点でのものになる。


 僕たちの結果は四位。決勝トーナメント進出の最低ラインだ。


 後で聞いた話によると響とイデオが戦っている裏では残ったチームによる激闘が行われていたらしい。


 僕たちが脱落するよりも先にその戦いを制したのが宮代先輩とアイビー先輩のチームだ。


 僕たちのいるBグループの順位はこの通り。


 一位 イデオ・グラミー 優馬 侑

 二位 宮代 正樹 カレン・アイビー

 三位 ザイオ・トル 霊那・ファンズ

 四位 響・シャムロック 三空 修


 正直運とタイミングが良かったと言える結果だ。


 だが四位で決勝トーナメントに進出するとなると恐らく初戦で当たるのは別のグループの上位チームだ。残された日数は少ないが無策で挑むわけには行かないだろう。


「さて、到着だ」


 やって来たのは学園の第二運動場。

 第一運動場よりも少し狭く、授業以外では滅多に来ることがない場所だ。


「やあ待たせたね」


 人気の無い運動場の隅に一人腰掛ける人物がいた。

 その人物はある意味予想外の存在であった。


「響……」


 響が身体を伸ばしながらこちらを振り返る。


「修も来たのか!」


 僕たちの姿を見るなり彼はこちらへ駆け寄った。


「えっと、大丈夫なの?」


 響は昨日の出来事を思わせないほどにいつも通りの様子だった。


 僕の言葉に響は少しだけ口角を落とした。


「まあ負けたのはショックだったけどな。でもあの時俺がイデオの勝負を受けなけれ……いや、俺がアイツに勝ってれば修に迷惑を掛けることなんてなかったからな。なら落ち込んでる暇なんてないだろ?」


 彼はさも当たり前かのように言ってくる。


「そんな迷惑だなんて……。響がいたから決勝に行けたんだよ」


 響は僕が言い終えると僕の肩に手を置いた。


「気にすんな。俺が勝手に思ってるだけだからさ」


 本当に迷惑だなんて思ってないのにな……。


「それに、俺たちはまだ終わってない」


 僕は彼の真っ直ぐな瞳を見て気持ちを切り替える。


 そう僕たちはまだ始まったばかりだ。こんなところで後ろを見てはいられない。


「ありがとう、響」


 響が笑みを返す。


 神崎会長の言ったとおり響は心配不要だった。


 会長は僕に「言っただろう?」と視線で伝えてくる。


「それで二人はここで何を?」


 僕からの疑問に口を開いたのは神崎会長だ。


「昨日の試合が終わった後、彼が僕のところに来てね。鍛えて欲しいって頭を下げて頼み込んでくるものだからその気持ちに応えようと思った。ほんの気紛れだよ」


 そんなことが……。


 ふとおかしなことに気づいた。


「でも会長はさっきだって……」


「もちろん今日からの日課だよ」


 神崎会長の満面の笑みに返す言葉を思いつかなかった。


「まあ本来なら俺の立場で特定の生徒に肩入れするのは良くないんだが、君たちは陛下から期待されている。その期待を裏切らせるわけにはいかないからね。だから俺が手を貸したことは陛下には内緒だぞ?」


 本心は分からないが僕たちの力になってくれるならありがたいことだ。


「残された時間はそう多くない。早速始めようか」


 神崎会長の言葉に響は準備万端と言わんばかりに表情を引き締めた。


「三空君も良いかい?」


 響を一瞥した神崎会長は続いて僕の方へと首を傾けた。


「僕もですか?」


「もちろんだよ」


 願ってもない話だが……。


「ありがたいお話ですがそれだと神崎会長の負担になりませんか?」


 僕の言葉を彼はフッと笑い飛ばした。


「負担?進王陛下から押し付けられる任務に比べたら君たちを鍛えるくらい朝飯前さ」


 これは神崎会長からの気遣いの言葉だとすぐに分かった。


 響は何も言わずに僕の答えを待っている。


 そんな彼を見てふと思う。先ほど彼は僕に迷惑を掛けたと言っていたが、足を引っ張っているのは間違いなく僕だ。そう本来なら進んで努力をすべきなのは僕のはずだ。


 だったらこの機会を逃すわけにはいかない。


「はい!よろしくお願いします!!」


 こうして僕は新たな一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちこぼれ空間魔導士の成り上がり @Key811

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ