27.タイマン
「この辺なら敵が来ても直ぐに気づけるな」
響が飛行したまま地上を見渡して言った。
先程までの風景とは一変して周囲はのどかな平原が広がっていた。
あの後、響は僕を抱えて飛行したまま直ぐにあの場から離脱した。
先程までいたのは試合会場のちょうど中心。今頃僕たちの戦闘を聞きつけた他の生徒たちが次々と集まっているだろう。僕たちは予想以上に消耗してしまったた一度戦場から離脱することにした。
「体は動きそうか?」
響は静かに着地し、ゆっくりと僕の身体を降ろした。
「体は動かせるけど……ごめん、もう魔力が残ってないや」
「なに謝ってんだ。後は俺に任せろ!」
そう言って響は僕の肩を軽く叩いた。
彼の左胸には数多のバッチが煌めいていた。その数は九つ。先程の戦闘で響が倒した生徒たちのものに加え、彼らがそれまでに倒していた生徒たちのものだ。
僕の左胸にもトル先輩を撃破したことで合計四つのバッチがある。あの時の僕にバッチを回収する余裕はなかったが、響が僕を助ける際にトル先輩から回収していたのだ。
「残り時間は一〇分くらいだな」
響が<
一〇分では僕の魔力は戦場を行えるほど回復しそうに無い。使えて<
「後何人残っているんだろう……」
試合前に受けた説明では、バッチをひとつ残らず失った者は敗退となり、強制転移させられるということだ。しかし時間を確認する方法はあるが残り人数を確認する方法はどうやら無いらしい。
「確かに今の順位とか分かれば狙う奴を決めれるんだけどな」
僕たちのグループに振り分けられたのは二〇チーム、四〇人と要項に記載されていた。僕たちの所持するバッチの数は合計一三個。間違いなく上位のチームには入っているだろうが、決勝トーナメントに行けるのは上位四チーム。
残っている生徒の人数や所持しているバッチの数によっては決勝トーナメント進出が危ういかもしれない。
「よし、残り五分になったら俺が近くにいる奴を片っ端から倒してくる。……でいいか?」
少々雑な作戦だが彼は至って真面目である。現在、僕たちが上位四チームに入っているなら無駄な戦闘は避けるべきである。それにもし響が負けてしまえば、僕が残るため敗退にはならないものの多くのバッチを失うことになる。
しかし現在の順位が分からない以上、じっとしているわけにもいかないか……
「分かった。後は任せるよ」
響が負けることなんて考えるのは野暮だ。僕は響を信じる。
響は僕の言葉に頷く。
「ああ!任せ―—」
「その必要はない」
聞き覚えのある声が響く。
僕たちが振り向けばそこには金色の長髪をさらりとなびかせる青年、イデオ・グラミーがいた。その傍には彼の相方である優馬侑先輩。彼らはゆるりとこちらに歩みを進めていた。
「て、てめえいつから……」
響と僕は動揺を隠しきれずにいた。
その理由は二つ。
一つは今の僕たちと彼らとの距離は二〇メートルほど。だのに声がするまで彼らの接近を気づけなかったのだ。彼らの完璧なまでの魔力制御に僕たちは魔力はおろか気配さえも感じ取れなかった。
そしてもう一つ。彼らの左胸にはそれぞれ響と同等の数のバッチがある。先程相対したときには二人ともバッチは一つしかなかったはずなのにこの短時間で多くの生徒、或いはバッチを沢山所持している生徒を倒して来たのだろう。
「へえ……。落ちこぼれと平民にしては随分と頑張ったじゃないか」
イデオが僕たちの身につけているバッチを見て言った。
「あ?誰が落ちこぼれだって?」
響は怒りをあらわにし今にも嚙みつかんとする勢いだ。
対してイデオは余裕のある表情でその視線を真っ向から受け止めた。
二人はまさに一触即発という雰囲気だった。
「いいぜ?二人まとめて相手してやるよ」
響が挑発するように剣を抜いた。
「響、少し落ち着いて!」
僕は咄嗟に声を上げた。
今はただの足手纏いになり果てた僕が割って入るかは悩んだが、この二人を同時に相手にするなんて分が悪いなんてものじゃない。ましてや怒りに身を任せて戦えば必ずその隙を突かれる。
「ごめんな、修……」
響は僕の肩に手を置いた。
『あいつらのバッチの数を見てみろ』
響からの<
『あいつらは二人合わせてだいたいニ○個。そして俺たちは一三個のバッチを持っている。つまり俺たち以外に残っているチーム数は多くて五チームくらいだ。もし俺が負けそうになったらできるだけ時間を稼ぐ。そうすれば上位四チームには入れると思うぜ』
『響だけでも全力で逃げるのはダメかな?』
『最悪のパターンは逃げた先で別の敵に遭遇してこいつらと挟まれることだ。その場合、狙われるのは間違いなく手負いの俺たちだ。だから俺は敢えてこいつらと戦う。その方が逃げるよりも時間を稼げるしどっちかを倒せば確実に上位に入れる』
それは時間にして一瞬であった。響は感情を昂らせているように見えたが、その実冷静に状況を観察していた。
僕は彼の眼を見て頷いた。その真っ直ぐな瞳を信じて。
「行ってくる」
響は僕から手を離して相対する彼らに剣先を向ける。
「さあ、かかって来やがれ」
「っと盛り上がってるところ悪いんだが……」
口を開いたのは今まで傍らで静観していた優馬先輩だ。
「この戦い、俺は見学させてもらうよ」
放たれたのは予想外の言葉。
「どういうことですか?」
僕は思わずその真意を問うた。
「いやいや、流石に二対一はどう頑張っても彼に勝ち目は無いからね。俺はそんなつまらないことをしたくないだけだよ」
優馬先輩は穏やかな笑顔で言った。
「つまり俺とイデオの
響の問いに優馬先輩は首肯した。
「君たち二人で戦ってどっちかが戦闘不能になるか負けを認めたら終了。敗者はチームのバッチを全て勝者に渡す。っていうのでどうかな?」
優馬先輩は言葉通りの内容が記載された契約の魔法、<
僕たちは契約内容を隅から隅まで確認した。だが書かれているのは先ほど優馬先輩が口にした内容だけだ。
「何か疑問があるのかい?君たちに取っても悪くない条件だと思うんだけど」
僕たちが契約の調印を躊躇っていたからか優馬先輩は優しい口調で言った。
「なんて言うか……悪くないどころか僕たちに都合が良すぎるような気がするんですが……」
僕は思ったことを率直に言葉にした。
彼らに取っては間違いなく勝てる戦いであるのにわざわざその有利を捨てる必要はあるのだろうか。
何か罠があっても不思議じゃない。
「そうでもないさ。互いの条件がイーブンになるだけだし、それに可能性は少ないと思うけど俺たちからしてみれば彼に『光魔法』で逃げられる方がよっぽど嫌だからね」
その言葉を聞いて響が振り返り僕に目配せをした。
「わかりました。ありがたくて受けさせていただきます」
そう言って響は<
「あっ……勝手に話を進めてしまったけどイデオ君もそれでいいかい?」
彼はしばらく状況を静観していたイデオにも確認を取った。
しかし優馬先輩の視線に疑問の念は感じられなかった。まるですでにその答えが分かっているかのように。
「ええ。私がそこの平民に後れをとることなど万に一つも有り得ません」
淡々と放たれた同意の言葉と勝利宣言。
「それじゃあ二人とも健闘を祈るよ。俺たちは少し離れようか」
優馬先輩は僕に手招きをしてこの場から距離を取るように歩みを進めた。
僕は云われるまま優馬先輩の後について行った。
「あの、一つ聞いて良いですか?」
僕は優馬先輩の背後から声をかけた。
「なんだい?」
「そこまでして僕たちと戦う必要が先輩たちにはあるんですか?」
僕が問うと、優馬先輩は少し考える素振りを見せた。
「俺には無いかな。君たちの実力は時折り目にしてたしね……」
すると優馬先輩は響たちからかなりの距離が取れたところで足を止めて振り返った。
「だけど……彼にはあるみたいだよ。君たちと戦う理由がね」
その視線にいる彼、イデオは左右に魔法陣を描き、そこに両手を突っ込んだ。
魔法陣からバチバチと蒼電を纏って抜き放たれたのは二本の剣。その二本は相似の魔力を放っているが刀身の色や形が僅かに異なっている。
思えばイデオが戦うところは初めて見る。以前響と授業で手合わせした時は両者互角だったと聞いているがそれが本気だったのか否か。
そんなことを考えていても仕方が無いか……
僕は響を信じる。ただそれだけだ。
「そんじゃあ……開始の合図とかはいるか?」
修たちがある程度距離を取れたところを確認して俺は目の前の男に声をかけた。
「そんなものは必要ないだろう?」
奴はそう言い放つとひとっ飛びに後退し、俺から距離を取った。
奴が握る双剣は依然として並の魔道具では有り得ないほどの魔力を放っている。二本の剣は蒼と紫、と剣身の色が異なっており、形も微妙に違うが二つで一つの双剣。
俺は右手に握る光の魔力を宿した剣、光波剣ラリアを見つめる。
今まで俺はこの剣の力を十全に発揮させることができなかった。
だが強敵との戦い、修との修行の日々の末ようやく俺はこいつに秘められた力、いうなれば光波剣の深淵に触れることができるようになった。
「お前の力、俺に貸してくれ」
瞬間、呼応するように光波剣の魔力をともなう光が一層輝きを増した。
俺は光波剣を水平に構える。
対して奴はいまだその双剣をだらりと下げたままだ。
「隙だらけだぜ!<
描いた魔法陣から光の砲弾が放たれる。その数は一○。
ドオオオオン
牽制として放った魔砲を奴は顔色一つ変えずにその全てを斬り落とした。
「まだまだぁ!!」
<
奴は双剣の片方で光波剣を受け止める。同時にもう一方の剣身を覆うように数多の細かい紫電が集中した。
「<
数多の紫電を纏った剣が光波剣に叩きつけられる。
なんて重さだ。攻撃を耐えたは良いものの俺の体は徐々に押し返されている。
「この程度か平民」
奴は挑発するように言った。
「<
魔法効果を『光速機動』に絞り、その動力を以て力任せに雷牙双剣を押し返した。
「っ!!」
奴が一瞬怯んだ隙に俺は光の速さで奴の背後に回った。
振り返った奴の眼前に描いた魔法陣を突き付ける。
「<
無数の光剣が魔法陣から射出される。
「<
「なに!?」
紫電を纏った剣が同時に複数の<
その瞬間、斬り落とされた光剣が紫電を放出し、その紫電は連鎖するように周囲に存在した光剣を撃ち落とした。
「こんなものか?平民!」
奴はもう一方の剣に再び同じ魔法を描く。
「<
間髪入れずに繰り出された紫電を纏う斬撃が俺の眼前に迫るが、<
俺は奴から一度距離を取り、旋回するように地を駆ける。
無論、光速を維持したままだ。
奴は足を止めてこちらの様子を伺っている。
「防げるもんなら防いでみろよ」
俺は奴の周囲を駆けながら連続で魔法陣を描く。
「<
合計一五の魔法陣から放たれた光の砲弾が奴を取り囲む。
「まだだ!」
俺は奴が動くよりも先にその頭上に回り込む。
「<
魔法陣から射出された無数の光剣が五月雨の如く奴に降り注ぐ。
<
「終わりだ!」
刹那、奴の両手に握られていたはずの双剣が魔力の粒子を霧散させて姿を消した。
双剣だけ転移させた?
いや、今のは間違いなく『収納魔法』を使用した時の反応だ。
凝縮された時間の中で俺は思考を巡らすが分かったことは一つだけ。
それは諦めたわけではないことだ。
間も無く俺の全方位攻撃が奴を襲う。
その時、空になった奴の両手が漆黒に染まった。
「<
奴が両手をかざせば、俺の魔法が僅かに軌道を変え、その掌を目指した。
「なっ!?」
一瞬であった。
俺が放った魔法その全てが一瞬で消滅した。
奴の掌に呑み込まれるようにして。
「何を驚く必要があるのか……。私の持つ魔法属性は『雷魔法』だけではないと言ったはずだ」
その言葉に俺の脳裏に一つの情景が蘇る。
——グラミー家長子、イデオ・グラミーだ。魔法属性は『雷魔法』『思念魔法』そして……
奴が自己紹介の時に言っていた台詞。
——『闇魔法』だ
「フンッ、平民にしてはよくやった方だろう」
目の前の男は淡々と言った。
俺は反撃に備え、奴から少し距離を取って地に足を着ける。
「貴族たるこの私が直々に褒美をくれてやる」
警戒すべきはあの両手。魔法消し去ってから途方もない魔力が集中している。
おそらく<
当然、吸収した魔力は魔法の行使に使用できると見ていいだろう。
「一体どんな物をくれるのか、楽しみだぜ……」
「フッ、強がりはよせ」
奴の両手に更なる魔力が集中するのが見える。
俺の魔法から得た魔力に自身の魔力も上乗せしているのか。
俺は反魔法と光波剣にありったけの魔力を込めた。
「喰らうがいい」
禍々しい魔法陣から姿を見せたのは闇の長剣。奴はその柄を手にする。
「<
放たれた斬撃は張り巡らせた反魔法をいとも容易く両断した。
「くっ………!!」
残された魔力を全て光波剣に注ぎ込んで闇の刃を受け止める。
飛ばされた闇の斬撃は速度もさながら今まで受けたどんな攻撃よりも重い。一度力を緩めれば即座に押しつぶされてしまいそうだ。
「こ、の野郎!!」
尚も闇の斬撃は止まらない。
「こん、な所で……」
俺の想いに呼応するかのように光波剣の輝きが増した。
「こんな所で負けてられっかああああ!!」
ドコオオオオオオオオオオオオ
両断された闇の斬撃が左右に分かれて大地を抉った。
「………誇るがいい平民」
肩で息をする俺に奴は言った。
俺が光波剣を構えようとしたその時、身体からガクンと力が抜けた。
「過去に<
「へっ、そうか……よ………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます