26.進王直属護衛騎士団
進王城玉座の間。その名のとおり、この国の王たる進王、ロイド・零・クロノが豪勢な玉座に鎮座していた。周囲には『進王直属護衛騎士団』に席を置く者達が数名。それも上位に名を連ねる強者だ。
部屋の中央には魔法により学園対抗戦の予戦の様子が映し出され、この場にいる全員の視線が集まっていた。予戦は運営や安全上の都合から各学園毎にそれぞれ別の日程が指定されている。現在映し出されているのはデイヒル上級学園のBグループである。
「今年は粒揃いとは聞いていたが……確かに優秀な生徒が多いようですね」
関心の声を上げたのは真紅の長い髪をポニーテールにした女性。その誰もが振り向く美貌と、それとは裏腹に刺すような鋭い視線を持つ彼女は数多の紛争地帯に赴く戦闘のスペシャリスト。
進王直属護衛騎士団、序列第二位、エレス・シュナイツだ。
「このグループだけでも目を見張る生徒が何人もいますね。……何ですか?」
周囲の者達が彼女に珍しいものでも見るかのような視線を送っていた。
「エレスが人を褒めることは滅多にないからな。みんな驚いてるのさ」
言葉を返したのは玉座に腰をかけている進王ロイドだ。
ロイドが声をかけた瞬間、今まで平静を保っていたエレスが怒りとは違う感情で顔を赤らめた。
「そ、そんなことないですよ!私だって然るべき時はちゃんと褒めてますよぉ」
エレスはわざとらしく頬を膨らませた。
「本当かよ」
ボソッと言ったのは漆黒の外套に身を包んだ青年。透き通るような銀髪に片目が隠れる彼はこの国の諜報活動の最高責任者。
進王直属護衛騎士団、序列第八位、黒河霧矢である。
「あら霧矢。今何か言ったかしら?」
エレスが満面の笑みで振り返って言った。だが彼女の瞳の奥はまるで笑っていない。
「お前の部下が褒められているとこなんて見たことないぞ?」
霧矢はエレスの圧に臆せず答えた。
「ふんっ!私は人を平等且つ正当に評価しているだけよ」
エレスは言いながらそっぽを向いた。
エレスが想定よりも気を損ねてしまったため周囲の人間もどうしていいかという様子だ。
ここで今まで静観していた青年が口を開いた。
「エレス様が正当に評価して良かった生徒は誰なんですか?」
現在様子が映し出されているデイヒル上級学園の生徒会長でもあり、進王直属護衛騎士団序列第七位に立つ男、神崎蓮だ。
「機嫌を取るつもりなら余計なお世話だわ」
エレスは依然、不貞腐れた態度を取っている。
「そんなこと言わずに……ほら、陛下も気になっているみたいですよ?」
蓮の言葉にエレスはハッとロイドの方へ振り返った。同時に蓮はロイドに軽い目配せをした。
「ふむ……そうだな、確かにエレスが評価する生徒は気になるな」
「ろ、ロイド様がそう言うなら……」
エレスは魔法で映し出されている画面に視線を移した。その裏では霧矢が蓮に向けて感謝の意を込めたジェスチャーを送り、蓮もまた笑みを返していたことは彼女には秘密である。
「そうね……今映っているグループだけで突出していると思ったのは四人。一人目は去年も観たあの子。名前は確か……優馬……なんだったかしら」
「
蓮がフォローするように付け足した。
「そう、その子。二人目は魔眼を行使した子。彼は今回初めて見たけど学生で魔眼を扱える子なんて滅多に居ないんじゃないかしら。あとは一回生の二人。『闇魔法』の子と『光魔法』の子ね」
騎士団の中でも指折りの戦闘力を持つ彼女の言葉に皆が静かに耳を傾けていた。
「確かに今名が挙がった者たちは私も注目していました」
口を開いたのは大海を思わせる紺碧の髪を持つ眼鏡を着けた男。
進王直属護衛騎士団、序列第四位、水瀬悟だ。
「特に最初に挙がった彼。四人の中でも彼が頭一つ抜けていると私は思いましたね。その点、三年間のチームメイトだった神崎君はどう思いますか?」
悟は言葉と共に眼鏡の位置を調整する。その質問に深い意味は無く、単純に興味があるようだ。
「確かに」
蓮が答えると周囲の人間も画面から彼に視線を移した。
「昨年までの彼とは一味違うようですね。今の彼なら我々とも良い勝負するのでは?」
「はっはっは!蓮がそこまで言うやつがいるのか!」
新たに部屋に入ってきた男が豪快に声を上げる。
「サーディさん、お疲れ様です。」
「応!」
男は会釈する蓮に無理矢理肩を組んだ。
「ていうか……いつものことだけどなんで上裸なのよ」
エレスが冷めた目で男を見る。
男の鍛え上げられた肉体が光を反射している。
進王直属護衛騎士団、序列第五位、サーディ・リュシオル。騎士団の中でも一番の武闘派である。
「それよりなんだ?強そうなのはそいつだけか?」
サーディの問いに悟が口を開く。
「このグループなら他にも三名ほどいますよ」
悟は眼鏡の位置を調整しながら淡々と答えた。
「そいつは見物だな。陛下は誰が勝つと思ってるんすか?」
「全く……」
霧矢が口を挟む。
「いきなり来たと思ったらなんだよその態度。まるで嵐だな。あ、ら、し」
「応!ありがとな!」
嫌みったらしくいう霧矢に対してサーディは何故かそれを褒め言葉と受け取っていた。
霧矢はこれ以上の文句は意味ないと察してため息をついた。
その様子を見てハハッと笑う声があった。
進王ロイドが口を開いたことでこの場にいる誰もが注目した。
「まあ賑やかなのは良いことだ。それと誰が勝つか……は、正直分からない」
意外な答えだったか、皆が意表を突かれた表情だった。
「だが期待しているチームはあるな」
その言葉に全員の興味が更に集まる。ただ一人を除いて。
「ロイド様が入れ込む生徒なんて一体……」
エレスはそんな生徒がいたか記憶を遡る。
「ほら、ちょうど見れるぞ」
全員が画面に注目した。その一人、蓮は画面に映る少年を見て予想通りと言った風に笑みを浮かべた。
『——弱いままの自分はもう辞めるんだって』
画面に映る少年、三空修の声が映像を介して部屋に響き渡る。
「彼は確か『光魔法』の使い手のチームメイトだったわね。さっきの魔眼の使い手との戦闘では正直彼単体の強さはそこまで感じなかったわ」
「そうですね。そして対するはザッハさんの親戚の子ですね。以前お会いしたことがあります」
エレスと悟が興味深そうに呟く。
彼らが話している合間にも画面の奥では更なる展開へ進む。
修が発動した魔法、<
「そうか。近頃陛下が足を運んで鍛錬を施したのは彼でしたか」
ロイドの行動は護衛騎士団トップの彼らには共有されているため悟は合点がいった風にロイドに視線を向ける。
ロイドは言葉を発さず肯定の意味で笑みだけを返した。
「ロイド様と秘密の特訓?お揃いの魔法?……」
一方エレスは観戦をしながらぶつくさと何か呟いているが誰も触れはしない。
『なに!?』
画面から響く声に一層注目が集まる。
『<
画面の奥で起きたことに皆呆然としていた。殆どの者が客観的な実力を加味した上で、勝つのはザイオ・トルだと判断していた。
それが覆されただけならまだしも、理解の及ばない現象が起きたのだ。
修は正面から拳を振り下ろしたにもかかわらず、ザイオの働いた力の流れが不自然だったのだ。まるで数多の方向から同時に殴られたような、そんな動きだった。
「今のは一体……」
エレスは先ほど考えていたことがまっさらになったかのように怪訝な顔つきだ。
「蓮!あの子はあんたの知り合いなんでしょ?今のは何よ!」
戦闘のスペシャリストである彼女からみても今の現象は理解できない様子だ。
「いやぁ……俺も初めて見ました」
修のことを知っている蓮にしても同じ様子であった。
「わかったぞ!」
声を上げたのはサーディだ。
だが声の主を知った皆は期待薄の表情だった。
「俺には分かったぜ!要は目にも止まらない速さですっげえ力を込めたパンチをしたってことだ」
サーディは周りからの冷たい視線を他所に得意気な笑顔を見せる。
「残念ながら今のは完全に同時に力が働いていましたね」
悟が淡々と訂正する。
「普通それくらい分かるだろ……第一、俺達の眼に映らない速さってありえないだろ」
霧矢が吐き捨てるようにぼやいた。
「……そういうことか?」
長考の末、悟が一つの答えを導き出した。
「分かったか?」
既に答えを知っているロイドが笑みをちらつかせて言った。
修ち同じく空間を操る魔法の使い手としてロイドは一目で理解していた。しかし誰もロイドに答えをないしは助言を求めなかったのは彼らのプライドが故だろう。
悟はもう一度考え直してから言葉を発した。
「空間座標の同時付与……」
悟が言うと周囲が騒然とした。
「馬鹿な!?」
「ありえないわ!」
答えを否定する者。
「やはりその類か。凄いな三空君は」
答えを肯定する者。
「なんだそれ?凄いのか?」
理解できない者。
反応は様々だった。
そしてロイドに是非を問う視線が集まる。
「正解だ」
答えは是。
「そ、そんなこと……ロイド様にだって―—」
エレスは自分が言いかけていたことに気づき口を閉ざす。認めたくない事実。
悟の言葉通りなら修は自身の拳に複数の座標を設定したことになる。修の繰り出した打撃は目の前に存在してまた別の場所にも同時に存在したのだ。それも二つや三つではない。ザイオは一つの打撃を数多の方向から同時に食らった、それも距離を圧縮した高火力の一撃をだ。故に一撃で意識すらも狩られるほどのダメージを受けた。
いくら空間を操る魔法でもありえない現象である。
何故ならば―—
「そうだな……俺にはできない」
同じく空間を操る魔法を使い、実力は紛うことなく国どころか世界屈指の男が不可能なことを攻撃魔法も使えず、ようやく戦えるようになったという少年が成し遂げのだ。
それはかの少年がロイドに勝る可能性があるということ意味する。
皆啞然としている。
「いやいや、これは流石の俺でも驚いた。全く、恐ろしい空間把握能力だ。魔法の才能ももしかしたら俺よりあるのかもな」
ロイドが思ったことをそのまま言葉にする。
彼の配下は依然、言葉が出ない様子。
「やっぱり彼は面白い」
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