25.もう辞めた
「響!!」
響たちの周囲に巨大な氷壁が現れ咄嗟に声を上げた。
そして一目で状況を理解させられた。
分断されたのだ。
「相方の心配とは随分と余裕があるではないか」
横から僕の視界を遮るように割って入ったのは先程僕を殴り飛ばしたザイオ・トル先輩だ。
「貴様の相手はこの俺だ!!相方を助けたくば俺を突破してみよ」
トル先輩は「最も——」と付け足して右腕を振りかぶった。
「<
土塊を纏って巨大化した拳が振り下ろされる。
「奴と貴様、どちらが窮地かという話ではあるがな!!」
僕は大きく後方に跳んで回避する。
僕の身体は先程の攻撃で消耗しており、身体のいたるところに痛みを感じる。
今あの攻撃をまともに受けるわけにはいかない。
「逃さんぞ!!」
トル先輩は僕の動きを見て迷わず地を蹴り、あっという間に僕に追いついた。
「せあっ!!」
再び巨拳が振り下ろされる。
僕は身を捻って寸前のところで攻撃を回避して距離を取った。
トル先輩は顔をしかめた。
「ふん………どうやら聞いた話とは違うようだな」
「聞いた話ですか?」
僕が状況を察せずにいると彼は一つ息を吐いた。
「知らないのか?近頃、貴様らの噂が学園内を飛び交っていることだ」
僕の噂……最近視線を向けられることが増えたのはそういうことか。
でも一体……
「それはどんな内容なんですか?」
奇襲に備えて警戒は解かずに聞いた。
だが直ぐには返答は無かった。
トル先輩は何かを推し量るように僕をじっと見た。
束の間の静寂。トル先輩は静かに口を開いた。
「……学園一と言われる生徒会長と互角に渡り合った一回生。そいつと行動を共にするのは体術、魔法も碌に
「は、はい………」
僕の知らないところで散々なことを言われていたようだ。
想像以上の言われようで少々動揺が出てしまった。
まあ確かに側から見たらそう思えるか……
僕が学園内で深く関わったのは響を除けば神崎会長くらいのもの。神崎会長と学校で話したのは数える程だがその何処かで目撃されたのだろう。
「それで先輩達たちはここまで来たんですか?」
「俺はそのような卑怯者が栄光たるこの学園に居るのか見極めに来ただけだ。この場に集まった奴らも理由に異なれど貴様らに興味を持った者達だろうな」
僕が貴族なのもその理由の一つなのかもしれない。権力や金に物を言わせて響たちを利用する。僕のこれまでの学園生活を見ればそう思われても仕方がない。
まあ一先ずは——
「教えて頂きありがとうございます」
僕は警戒を解いてゆるりと頭を下げた。
どこから見ても無防備も良いところであろう。
だが先輩はわざわざ彼の得にもならないことを教えてくれた。そして今の先輩にはこれまでの憎悪のような感情は感じられない。どうやら例の噂が空言だと信じてくれるようだ。
それなら僕は誠意を示さなければならない。そう思った。
「何、まだ貴様を認めたというわけではない。構えろ」
トル先輩はその剛腕で隙のない構えを取った。
対して僕は掌は開いたまま、悠然と身構えた。
「噂と異なるのは貴様の人なりだけではない。攻撃魔法も使えず、体術も素人だと言われていた男が、この俺の攻撃を耐え凌いだ」
トル先輩は確信めいた表情で言った。
「この短期間での急激な成長。今や貴様は紛れもない強者だ。だがその強さの真偽、確かめさせてもらう!!」
彼は右拳を天に掲げる。そこに魔力が集中したかと思えば、その拳は大地に向けて振り下ろされた。
大地にみるみる亀裂が走る。
一呼吸の後、けたたましい轟音と共に、僕らの足元が崩壊した。
だが僕はその寸前で地を蹴り、空中へと退避していた。
僕は魔力をコントロールし、宙に停滞しながら大地を見下ろす。しかし爆発により生じた砂煙によりトル先輩のいる場所が掴めない。
辺りを満遍なく見渡せば、一瞬だが視界に魔力がチラついた。
途端、砂煙を切り裂くように隆起した大地が針の如く僕へと迫った。
「<
僕はすかさず空間の裂け目を通って地上に退避した。辺りはどこもかしこも不定形に崩れており、足場がかなり悪い。
「せああああ!!」
僕の動きを見越していたかのように正面からトル先輩が迫った。
だが魔力探知により既にその動きは捉えている。
僕が回避しようと大地を蹴ったその時、足場にしていた瓦礫に亀裂が走った。
「っ!?」
ドオオオン
全身が軋むように痛い。両脚がふらつき立っていられるのがやっとだ。
足場が崩壊し体勢を崩したところにトル先輩の攻撃をまともに受けてしまったのだ。
「ほう。まだ立っていられるとはな」
「偶然………です…よ」
反魔法を全開にしたものの当たり所が悪ければ致命傷では済まなかったかもしれない。
だがこのままでは負ける。僕は限界さながらなのに対し、向こうには幾分か余力が残っている。
「確かに貴様は強くなったのかもしれない。だがその根底にはまだ弱者の枷が残されているようだな」
言っている意味が解らなかった。
「僕は………自分が強いなんて思ってませんよ」
「ふんっ。なら弱者のままでいるつもりか?」
「っ!?」
彼の言葉に僕の中の何かが激しく揺らいだ。
ようやく建てた砂の城を一瞬で吹き飛ばされたような。守っていた大切な物を失ったような。そんな心の動揺が僕に襲い掛かった。
僕はここ最近で目に見えて実力を上げたと自分でも思っている。しかし自分が強いなんて思っちゃいない。響を始め、僕の前に現れた多くの強者たち。僕が強くなった今でもその誰もが超えられない壁の上に立っている。
でもいつからか弱いままの自分はもういないと思っていた。
そう、そのはずだ。
僕の切り札、<
見たところ速度は僕の方が上だ。探すんだ。切り札を使わずにこの状況を打破する方法を。
思考を巡らせたところで目の前の青年が大きなため息をついた。
「全く、言わねば分らんか」
彼は僕を睨んで言った。
「その迷いが貴様の弱さだ。今まで少なからず見てきたはずだ。己を信じ、迷わず敵に挑む強者たちの姿を。対して貴様は先を考え、切り札を使わずにこの俺を倒そうと考えている。自惚れるの大概にしろっ!!」
僕の考えは筒抜けだったようだ。
トル先輩の言う通りだ。トル先輩だって紛れもなく強者の一人だ。なのにどうして僕は手を抜いて勝とうとしていたのか。それは相手を嘗めていたことに他ならない。いつから僕はそんなに強くなったんだ?
「すみませんでした。先輩」
彼は言葉を返さず、無言で僕を見つめた。
「それとありがとうございます。先輩のお陰で思い出しました。弱いままの自分はもう辞めるんだって」
僕の言葉にトル先輩は僅かなながら笑みを見せた。
「ふんっ。ならば全力で来い!」
「はい!」
軋む身体に鞭を打って体勢を整える。呼吸を落ち着かせ一つの魔法を描く。
「<
不可視の魔力領域が二人の青年を覆った。
「せええい!!」
トル先輩が大地に手を当てれば僕を境にその一帯がせり上がった。見上げればそれはまるで大地の塔だ。今なお際限なく上昇するそれは僕の魔力領域の端を目指していた。
<
だが僕は一切の制限を行わなかった。
これから行うことはただでさえ難易度が高い上に魔力もかなり消費する。残された魔力を考えればチャンスは一度。正真正銘、僕の最後の切り札だ。
この一撃に集中するために<
左手に魔法行使一回分の魔力を残し、それ以外の魔力は全て右手に集中させた。
「『狭間の理、世界の穿孔——」
詠唱を始めると共に左手の魔力を使い、一瞬でトル先輩の正面に転移する。
「読んでいたぞ!!」
言葉と同時に土塊の拳が振り下ろされる。
どうやら『空間魔法』の特性から僕の動きを読んでいたようだが逆も然り。<
僕はその攻撃を身を横に逸らして躱す。
「なに!?」
「——我が存在は内界の歪曲』」
攻撃直後の一番無防備なタイミング。この攻撃は絶対に当たる!!
「<
空間を圧縮した拳がトル先輩の胸中を打ち抜く。だがそれだけではない。
「っかぁぁ…!!」
トル先輩が声にならない声を上げてその場で硬直する。
その身体は何か強烈な圧力によって締め付けられたかのように縮こまっている。
「しまったっ……!!」
トル先輩が気を失ったことで魔力によるコントロールが切れ、大地の塔が崩壊する。
二人の身体が宙に投げ出され、そのまま自然落下を始めた。
「『狭間の理、世界の穿孔——!!」
魔力はもう残っていないため、急いで詠唱によって周囲の魔力をかき集めるが間に合わない。
地面との衝突を覚悟したその時。
視界の端で眩い光が走った。
「よっ、と!」
光の中に現れたのは笑顔を携えた金髪の青年。
「響!!」
見渡せば僕は再び空にいた。光の速さで駆け付けた響が僕を抱えて飛び上がったのだ。
「間一髪だったぜ」
ニッと笑って言った。
僕は安心と共に息を吐き出す。
「助かっ……と、トル先輩は!?」
響が抱えているのは僕だけだ。僕と共に落下をしていたトル先輩の姿がない。あのまま地面に接触していれば怪我どころではない。
「あいつなら、ほらあそこだ」
響が示した場所を見ればトル先輩のチームメイトであるファンズ先輩が彼の肩を支えていた。どうやら向こうも間に合ったようだ。
僕は彼が無事であることを確認して再び安堵の息を吐いた。
「修、勝ったんだよな?」
響は既に分かっているであろう質問を投げかけてきた。僕の言葉で聞きたいのかもしれない。
「うん、勝ったよ!響!」
「だと思ったぜ!」
「響の方は?」
僕が聞くと響は一瞬表情を曇らせ目線を地上に向けた。
そこにいるのはトル先輩に回復魔法を施している一人の少女、ファンズ先輩だ。
「あの人には勝てなかった……」
予想外の言葉ではあったが僕は響の胸にある数多バッチを見て言った。
「負けてもないでしょ?」
僕の言葉に響は嬉しそうに口角を挙げた。
「そうだな!」
僕たちはそんな会話をして空中で互いの掌を合わせた。
パンッと乾いた音が木霊し、しばらく耳に残っていたのがなんだか嬉しかった。
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