24.乱戦

 巨大な城の中心にある中庭、そこに集結した八人の生徒が睨み合う。


「修、立てるか?」


「うん……なんとか」


 脚に負った傷は回復魔法で応急処置はしたものの、依然痛みは続いている。


「なああんたたち!せっかくここで会ったんだ。名前の一つくらい教えてくれよ」


 響がこの場にいる者全員に魔力で声を飛ばした。

 少しでも僕を回復させるための時間稼ぎだろう。


 最初に口を開いたのは大きな階段の先にいる眼鏡の男。


「フッ、わけがわから——」


「いいだろう」


 中庭の中心、隆起した大地の上に立つ男が割って入った。


「俺はザイオ・トル!!三回生だ」


 続いて木陰に隠れていた少女がひょこりと顔を覗かせる。


「え、えと……霊那れいな・ファンズ、です。トルさんと同じ三回生です……ひっ」


 彼女は言い終えるやいなや再びに木の裏に身を隠した。


「へへっ、次は俺たちの番だな!」


 斧を担いだ青年が勢いよく前に跳んだ。その拍子に赤い髪が炎のように揺らぐ。


十文字烈火じゅうもんじ れっかだ!お前たちと同じ一回生だぜ」


「俺は氷室ひむろカイ。よろしくね」


 艶のかかった真っ直ぐな黒髪の青年が烈火と名乗る青年に並んだ。


「あんた達はいいのかい?」


 氷室が後ろを振り返り、僕たちから見て一番奥にいる二人の男に向かって言った。


「全く下らない……貴方達こそ彼らの時間稼ぎに——」


「四回生、須和厳焦すわ げんしょうだ」


 刀を携えた男が相方の言葉を遮って言った。


「な、貴方まで……」


 眼鏡の男は呆れたように頭に手をやった。


「はあ……四回生、ミネル・デュラムです。」


 デュラム先輩は渋々名乗った。


「それじゃあ最後に……知ってるかもしれないが、俺は響。響・シャムロックだ!」


 響は言い終えると僕に目をやった。

 僕は響の意図を汲み取り頷く。


「えっと、三空修です。よろしくお願いします」


 空気が変わった。


 全員が名乗り終えたことでこの場にいる誰もが臨戦体勢に移ったのだ。


「修、大丈夫そうか?」


 響が僕以外には聞こえない声量で囁いた。


「うん、後ろは任せて」


 響は僕の言葉に笑みを返して数歩前に出た。



「さあ、誰が相手をしてくれるんだ?」


 響は剣をブンブンと回しながら挑発紛いに言った。そして構えられた剣先は標的を鋭く見つめる。


 瞬間、響の挑発に乗ったのか、三人の生徒が同時に大地を蹴った。


「笑止!!」


「舐めんな!!」


 響を左右から挟む形でトル先輩と十文字が駆ける。


 そして一歩遅れて須和先輩が正面から迫った。


「<炎陽斬えんようざん>!!」


 十文字の斧が紅蓮に燃え盛る炎を纏った。


「<巨人土拳ジャイアントフィスト>!!」


 トル先輩の右拳に魔力を内包した土塊がみるみる集約していき、巨大な土の拳となった。


 二つの魔法技が衝突し、けたたましい音と共に大きな爆発が巻き起こる。


 巻き込まれれば只では済まないだろう。


 だがその中心にいたはずの響は既にそこにはいない。


 響は事前に描いていた<光化エドラム>の魔法にて彼らの上空へと回避した。


 響の速さであれば正面から迫る攻撃を回避するのは容易だった。


 だがその瞬間、響の眼前には風の斬撃が迫っていた。


 須和先輩の<真空斬破しんくうざんは>だ。響の動きを読んで一手速くその斬撃を放っていたのだ。


 響が回避不可能な完璧なタイミングだ。


 僕がいなければね。


「チッ……小賢しい」


 僕たちの目の前に真っ二つに切断された紙切れがひらひらと舞い降りる。


「流石だな」


 先程まで上空にいたはずの響が僕の隣に並んで言った。


 響に風の刃が迫ったあの一瞬、僕はポケットに携帯していた予戦の要項に魔力を込め、<空間入替スペースチェンジ>にて響と位置を入れ替えたのだ。


「なるほど互いに相当な信頼があるようだな」


 一歩後退したトル先輩が腕を組んで言った。


 普通なら<真空斬破しんくうざんは>に見てからでは僕の魔法は間に合わなかった。


 しかし僕は最初の挟撃は響を信じて敢えて無視し、代わりに須和先輩に集中していた。


 よって須和先輩が魔法技を放つのと同時に<空間入替スペースチェンジ>を行使することができたのだ。


「やるじゃねえの?まっ、次は当たるけどな!」


「おい烈火。あんまり出過ぎるなよ」


 氷室が十文字の背後を守るように合流した。


「貴方もですよ」


「背中を取られるような真似はせんわ」


 デュラム先輩も須和先輩の合流した。


 ファンズ先輩は…………姿が見えないが、未だ木の裏か。


 僕たちの左前方には十文字と氷室のチーム、右前方にはトル先輩とファンズ先輩のチーム、そして正面の一番奥にいるのが須和先輩とデュラム先輩のチームだ。


 僕たちの背後には巨大な城壁があり、彼らは

 皆、僕たちの逃げ道を塞ぎながらも互いに間合いを取った位置取りをしている。


 さて、次はどう来るか……


 ひとまず囲まれたままでは不利と言わざるを得ない。


「囲みを抜け——」


 響に伝えようとしたその時、突如何かに殴られたかのように視界が吹き飛んだ。


 僕の身はそのまま側方に飛ばされる。


 攻撃を受けたのは響がいたはずの方向、見れば響も反対側に飛ばされていた。


 つまり攻撃が発生したのは僕と響の間。だのに何の魔力も感じなかった。


「い、一体何が……」


 よろめきながら立ち上がると考える間も無く今度は目に見えて拳が迫っていた。


 トル先輩が僕たちが分断されるのと同時に僕の方へと駆け出したのだ。


「<巨人土拳ジャイアントフィスト>!!」


 巨大な土の拳が眼前に迫り、僕は咄嗟に反魔法を全開にし、腕にも魔力を込め、防御の姿勢を取った。


 反魔法とは、魔法に対して強固な結界を展開する魔法技術だ。当然その防御力は注ぎ込んだ魔力に付随する。


 よって僕如きの反魔法などたかが知れており、トル先輩の攻撃を防げるはずはなかった。


「ぐっ!!うわあああ」


 僕は流されるまま、さらに奥へと吹き飛ばされた。





「修っ!!」


 修が殴り飛ばされ、焦燥した響の前に四人の青年が包囲するように立ち塞がった。


「ミネル先輩、こいつは俺たちの獲物ですよ」


 一番最初に響の前に迫った烈火が斧を構えて言った。


「知りませんよ。文句があるなら貴方たちから相手をしましょうか?」


 ミネルが烈火たちを横目に睨んだ。


「俺はシャムロックをやるからカイは先輩たちを頼んだぞ!」


「無茶言うなよ」


 カイはそう言いながらもその仕事を請け負うように歩みを進める。

 烈火とカイ。彼らは二手に別れ、それぞれの相手の前に立ちはだかる。


「さあ、遊ぼうぜシャムロック!」


「お前たちの相手をしてる暇はねえよ」


 響はいつになく真剣な表情で言った。

 その横でカイが魔法陣を描く。


「<魔氷壁グレイスウォール>」


 五人の周囲に巨大な氷の壁が立ち上った。それはみるみる上昇し、やがて彼らを覆い隠すように収束していた。


「クソッ!」


 響は氷壁が閉じられる前に地を蹴り、脱出を試みるがそれを読んでいたかのように先回りする者がいた。


「逃すと思うか?」


 厳焦が言葉と共に刀を振り下ろす。


 響は空中で身を捻ってそれを回避し、再び脱出を目指すが既に出口は何処にも見当たらなかった。


「これでよし」


 カイが一仕事終えたと言った風に手を擦り合わせるがその視線は何も無い空間に向けられていた。


「いるんでしょ?霊那先輩?」


 彼は何も無い空間に声を掛ける。


 すると今まで誰も居なかったはずのその場所に一人の長い黒髪の少女が現れる。


「す、すみませんすみません——」


 少女は本能的にか、何度も頭を下げた。


「相変わらず気味の悪い魔法だ」


 厳焦は彼女を知っているのか吐き捨てるように言った。


「あんたがさっきの……」


 響が少女を睨む。その視線に込められたのは途方もない怒りだ。


「すみませんすみませんすみません」


 そう、彼女こそが修と響を殴り飛ばした張本人。霊那・ファンズである。


 彼女は姿を現すや否や頭を何度も下げていた。そこに謝意が込められているかは分からないが、その姿を見て響は何かに気づいたかのように口を閉した。


 響は一度呼吸を整える。感情を鎮めているのだ。


「いや、奇襲を食らった俺たちが悪い——」


「私なんて生きてる価値無いですよね。すみませんすみません」


 その後も霊那はブツブツと何かを言っているようだ。


「え、えっと、俺そこまで言ってないですよね!?」


 思ってもみない返答に響は焦りを見せた。


「その女はいつもそんな感じだ。放っておけ」


 彼らのやり取りを見ていられなくなったのか、厳焦が呆れたように口を挟んだ。


「そ、そうすか?」


 響は依然どうしていいか分からずと言った様子だ。


「なあ!そろそろ始めようぜ」


 我慢を切らしたように烈火が口を開いた。


「……そうだな」


 響は一つ深呼吸をして構えを取った。それを見てこの場にいる誰もが身構えた。


 響がこれまで以上の覇気オーラを放っているのだ。


 彼の鋭い眼差しに怒りは無く、完全な集中を表していた。


「信じてるぜ。修」


 試合終了まで残り二○分………

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