23.飛んで火に入る

「それにしてもすっげえ城だな」


 荒廃した城の内部を僕たちは進んでいた。

 一見ボロボロの城だが、驚くべきはその大きさだ。


「魔力探知が最上階まで届かない……」


 僕たちは今この城の一階にいるのだがここからでは魔力探知が城の全域に届かないのだ。


 ちなみにロイド陛下の御座す『進王城』もこれくらいの大きさだ。


「この辺で一旦休むか」


「そうだね」


 僕たちは城内の少し開けた空間で一息つくことにした。


「<魔法時計テンパス>」


 僕の目の前に魔法陣が現れ、そこには三つの針が見える。

 一般時間魔法、<魔法時計テンパス>だ。


「試合が始まってから八分くらいだね」


「まだ序盤か……思ったより消耗しちまったな。悪い俺の判断ミスだ」


 響は傍にあった柱を拳で打った。


「そんなことないよ。さっきの二人が思ったよりも強かっただけだよ」


 あの場での戦う判断は僕も間違ってはいないと思っていた。


 だが周囲に他のチームが集まって来なければ今もなお戦いは継続中だっただろう。

 それも僕たちが不利な展開だ。


「まさか魔眼を隠してたとはな」


 魔眼、行使する難易度が高い代わりに自身に絶大な恩恵をもたらす魔法。

 行使者はその眼に魔法陣が浮かび上がる。

 全ての魔法属性に魔眼魔法は存在すると云われているが『空間魔法』の魔眼は聞いたことがない。


「分かったのは宮代先輩の魔眼は魔法の速射性が上がることとあの魔眼は最初に使っていた『岩石魔法』のものではないってことだね」


 宮代先輩は響が既に発動させていた魔法を封じた。僕たちの作戦を事前に知っていない限り、あれは響の魔法見てから発動したはずだ。


 魔法技でもなければ有り得ない発動速度だ。


 つまりあの魔眼には魔法の速さを上昇させる効果がある。


 そして響の魔法を封じたあの鎖。


 あれは宮代先輩が『岩石魔法』とは波長や形風が全くの別物だった。


 宮代先輩には少なくとももう一つの魔法属性がある。


「そうだな。あとはカレン先輩の魔法。あれはたぶん『格闘魔法』だ。前に別の奴が使っていたものに似ているだけだから確証は薄いけどな」


「それだけ分かれば対策はできるね」


 あの二人は相当な実力者だ。試合で生き残っていればまた必ず現れるはずだ。


 僕たちはこの場で休憩しつつ、これからの動きや他のチームについて話し合った。


「そろそろ試合開始から二〇分だよ」


 僕は<魔法時計テンパス>を見て言った。


「魔力は回復したか?」


 響は準備運動をしながらこちらに顔を向けた。


「うん。準備万端だよ」


 響は僕の言葉を聞いて笑みを見せる。


「よし、行くか!」



 僕たちは城の最上階を目指して駆け上がった。


 この城は見渡しが非常に良い。


 戦況を観察するには打って付けだ。そこに敵がいれば魔力がある今のうちに倒す。いなければ周囲を見て狙っていけそうなところを探す。


 休憩中に立てた僕たちの方針だ。


 階段を上るにつれ、徐々に魔力探知が最上階へと届き始める。


「響!二人いる。たぶん同じチームだ」


 最上階の開けた空間に二人分の魔力を見つける。


「分かった、掴まれ!」


 僕は響の手を取る。同時に響は窓から外へと飛び出した。


「ひ、響!?」


「いくぜっ!!」


 響は『身体強化魔法』を使い、みるみる外壁を登っていく。


 そして気づけば城の頂上付近だ。


「おっ!ぶち抜く手間が省けたな」


 見れば、城の天井が跡形もなく吹き飛び、内部は辛うじて玉座や柱のようなものが残っていた。


「よっと!」


 ようやく地に足が着く。


「し、死ぬかと思った」


 ここが最上階。周囲を見るにここは恐らく玉座の間、この城の主が居たであろう場所だ。


 玉座の反対にはガラスのない大きな窓枠とその先にはバルコニーがあった。


 そこに二つの人影がある。


「あいつは……」


 横で響が静かに呟く。

 僕もその一人は知っている。


「フッ、まだ残っていたのか」


 そこにいたのは僕たちと同じクラスに所属するイデオ・グラミーだ。

 その傍には菫色の波打つ髪を風になびかせ、鋭い目付きでこちらを見つめる男が居た。恐らくイデオのチームメイトの優馬侑ゆうま たすく先輩だろう。


「てっきり最初の連戦で脱落したものだと思っていたよ」


 イデオはその長い金髪を掻き上げ、挑発するように言った。


「お前こそこんなところで高みの見物とは随分と吞気じゃねえか」


 響が対抗するように言い放つ。


 イデオの胸にはバッチが一つしかない。隣の優馬先輩もそうだ。


 この二人が敵を取り逃すとは思えない。

 つまりまだ一度も戦闘を行っていないのだろう。


 そしてどうやら僕たちの戦闘も見ていたようだし……最初からここにいたのか?


「これだから頭の悪い平民は」


 イデオはわざとらしくやれやれと言いながら首を振った。


「まあまあ、それくらいにしなよ」


 会話に割って入ったのは今まで閑静にしていた優馬先輩だ。


「君たちが例の二人か。俺は優馬侑、四回生だ」


 言っては悪いが、雰囲気と喋り方が一致しない。先程の鋭い視線が噓のようだ。


「えっと………三空修です。知っていると思いますがこっちは響・シャムロックです」


 とりあえず挨拶を返した。


「どうも」


 イデオの前だからか、響は何か不服そうだ。


『どうかした?』


 視線は向けず<思念会話フォン>で訊いてみる。


『いや……四回生はこういう奴らしかいねえのかと思ってな』


 心当たりのある四回生は神崎会長くらいなものだが、確かに優馬先輩は神崎会長にどことなく雰囲気が似ていた。


『こいつもなにかしら裏があるんだろうな……』


 これで優馬先輩が全くの素であったら大変失礼なことを考えているが………


「おっそろそろかな……」


 優馬先輩は横目に何かを確認して呟く。


「折角ここまで来てくれたんだ、君たちの相手をしてあげたいところだが……どうやら君たちには先客がいるようだ」


「先客だと?」


「また会えるときを楽しみにしているよ。それじゃあ……!」


 優馬先輩は片手を軽く降り、バルコニーから飛び降りた。


「ふんっ」


 イデオは何も言わずに優馬先輩に続いた。


「一体何のことだ……」


 響が言いかけたその時、僕たちの周囲に霧が立ち込めた。


「後ろっ!!」


 背後に魔力を感じ、僕は咄嗟に叫んだ。

 そして反射的に前方に跳んだ。

 僕の方が響より早く気づいたため、僅かだが響と距離が開いていた。


「違うっ、前だ!!」


 響の声が伝わる頃には僕の目の前に一つの人影が現れていた。


 霧に阻まれてよく見えないがその人影は既に剣のような物を持って振りかぶっていた。


(<空間掌握スペースグラスプ>!!)


 しかし魔法は発動しなかった。


 焦っていたとはいえ魔法の行使にミスはなかった。


 まずい、回避が間に合わない………


 得物が振り下ろされる。


 ガキンッ


 金属のぶつかる音がする。


 目に映ったのは誰あろう、響の背中だ。


 響は目の前の敵よりも速く、僕と敵の間に入りその輝く剣にて攻撃を防いだのだ。


「響!」


 響は鍔迫り合いをしながら傍らに一つの魔法陣を描く。


「<熾光砲ブライトカノン>!!」


 光の砲弾が放たれる。


 霧の中に写った人影はその砲撃をいなすことができず、後方へと飛ばされた。


「<空間掌握スペースグラスプ>……」


 まただ。僕の魔法が発動しないのだ。


「響は使えているのにどうして……」


「たぶん、この霧だ。魔力領域を使う魔法か空間に干渉する魔法を妨害する効果があるんだろうよ」


 響の分析に納得する。


「響、下に行こう」


 この霧が充満した場所で戦うのは相手の思うつぼだ。


「わかった!掴まれ」


 響は足元に<熾光砲ブライトカノン>を放った。


 床が抜け落ち、一つ下の階に着地した。


 そしてそこには先程とは別の人影が立っていた。


「ほう、なかなか対応が早いですね」


 そこにいたのは眼鏡を掛けた背の高い男。手には男と同じくらい大きな杖を構えている。


 口振からしてこの男が魔法の霧を発生させ、僕たちに奇襲を仕掛けたのだ。


「お前こそ、この後どうするつもりだよ」


 響は強気に答えた。

 その瞬間、視界の端で魔力が動いた。


「響、上!」


 響の頭上に剣……否、刀を振りかぶった男が降下する。


「せああ!!」


 気合いの入った声と共に、その刀が振り下ろされる。


 響は冷静にその斬撃を受ける。


「不意打ちばっかしやがって、よっ!!」


 響は太刀を受けながらも片脚を上げ、男の腹に蹴りを放った。


 男はそれに反応し、すぐさま後方に跳んで回避する。


 二人の男が並ぶ。


「フンッ!だから奇襲は通じないと言ったはずだ」


 刀を構えた男が不満気に言った。髪は刈り上がっており、その険しい表情は学生とは思えないオーラを放っている。


 霧の中で僕に斬りかかったのが彼だろう。


「このままこいつらとり合えば消耗は免れないぞ。宮代達との一戦を忘れたわけではあるまい」


 どうやら彼らはあの時の一戦をどこかで見ていたようだ。或いは周囲に集まってきたチームの一つか?


「落ち着いてください。私の計算は間違ってはいません。次はを使ってください」


 杖を携えた男は眼鏡の位置を調整しながら言った。


「チッ、これで勝てなかったらただじゃ済まさんぞ」


 男はその刀を上段に構えた。その刀にはみるみる魔力が集まっていく。


(来る……!!)


「<真空斬破しんくうざんは>」


 男が刀を振り下ろすと共に、魔力を伴った斬撃がまるで魔弾のように飛ばされる。


 僕は直感で横に跳びその斬弾を回避した。


 響も回避に成功している。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴ


 背後で何かが崩れる音がした。


 振り返ってみればその壁に斬ったとは思えないほどの大きな穴が空いていた。


 当たっていれば怪我ではすまないんじゃないか?

 殺すのは禁止だよね……


 あの斬撃にはルールを確認したくなるほどの殺傷力を感じた。


「<魔遊渦霧スケアミスト>」


 杖がカンッと鳴らされる。


「さあ、あなた達はどうしますか?」


 男の声と共に魔力が込められた霧が発生する。


「響!!」


 僕は霧が部屋を埋め尽くす前に<空間接続スペースコネクト>の魔法陣を描いた。


 この霧の中で戦うのは得策ではない。


 よって逃げ場を失う前に脱出する。


 僕と響は空間の裂け目に飛び込んだ。


 辿り着いたのは城の中庭。城へと続く大きな階段が左右に広がっており、辺りは装飾と思われる植物が並べられていた。


「さてと、あいつらはたぶん追ってくるぜ」


 響は僕が空間の裂け目を閉じたことを確認して言った。

 脱出はしたものの問題が解決したわけではない。


 厄介なのはあの霧。彼らはここに来れば再び同じことをしてるくるはずだ。


 屋内よりかは幾分増しだろうが結果は同じだ。


「今のうちに何か考えないとね……」


 いくら城が巨大だからとはいえ彼らがここに現れるのに数分もかからないだろう。


 ゴゴゴゴゴゴ…


「響!!」


 大地が揺れている。


 次の瞬間、僕たちの足元がぐにゃりと歪み、大地が針のように飛び出した。


「うっ……」


 鮮血が飛び散る。

 回避が一瞬遅れて大地の刃先が僕の片足を掠めた。


「修!!」


 響が血相を変えて僕に駆け寄るが、僕は手を挙げて響に大丈夫だと伝える。


 簡単な回復魔法をかけ、痛みと出血を抑えた。


「あれほどの攻撃を躱わせないとはなんたる軟弱さ!!」


 隆起した大地の上に大きな体軀を持つ男が降り立った。男の風貌は見覚えがあるというか、ザッハ先生に似ていた。


「と、トルさん、あ、ああ危ないですよそんなことしたら」


 声のする方を見れば、一本の木の影に長い髪に片目が隠れた少女がいた。こんなことを言いたくはないが彼女はどこか不気味だ。


「お前こそいつになったら戦うつもりだ」


 男は上から叱責を飛ばす。


「わ、私が戦ったらみんなに、ひ、引かれちゃいますよ」


 女は恥ずかしがるように木の裏に身を引いた。


 その瞬間………


「おらあああああああ!!」


 僕たちの頭上、遥上空から大斧を振りかぶった男が急降下で現れた。


 ズガアアアアアアアアアアア


 大地に亀裂が走った。


「あれ?どこいった?」


 僕を狙ったその斧は空を斬り、そのまま大地を抉ったのだ。


「大丈夫か?」


 響が僕を抱えて後方へ回避したのだ。


「うん、助かったよ」


 僕は響に支えられて地に足をつけた。


烈火れっかー!待てよー!」


 再び上空から声がした。

 見上げれば焦った様子で降下してくる黒い髪の青年がいた。


「カイってばよ、やっと来たか」


 烈火と呼ばれた青年は赤い髪がまるで炎のように逆立っており、一目でどんな人間か大体わかった。


「烈火こそ先に行きすぎなんだよ」


「でも見つけたぜ?例の奴ら」


 彼らはそう言ってこちらに目を向けた。


「だから言ったでしょう。計算通りだと」


 声がしたのは大きな階段の先。

 そこには見覚えのある二人がいた。


「どうだかな」


 男はゆるりと刀を抜いた。


「ここにいる全員を倒せば予戦突破は確実ですよ」


 先程僕たちに戦闘を仕掛けた二人だ。


 この場に集まったのは八人。四つのチームが睨み合う……かのように思えたが、その内の三つが見据える標的は同じだった。


「なんでかわからないが……どうやら俺たちは狙われているらしいぜ」


 六人の視線が僕たちを射抜いた。


 その中の一人が杖をカンッと鳴らす。


「飛んで火に入る夏の虫を狩らない馬鹿はいないでしょう?」


 試合終了まで残り三○分………

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