全身ジャスコ人間

久佐馬野景

全身ジャスコ人間

 この町はクソだと私が言えば、愛国心と郷土愛を教育されてきた同級生たちは、「そんなに悪くないよ。ジャスコがあるし」と言って笑う。

 その笑みは嘲笑なのだろう。町にジャスコがない、自分たちよりも劣った土地の者たちへの。

 ある朝起きて、私は長年使ってきた布団カバーが破れていることに気づいた。私が生まれる前から家にあった相当な年代もので、町内にあった今は潰れた寝具店であつらえてもらったものであることを知っていた。

 祖母に布団カバーが破れた旨を伝えると、特になんの感慨もなく、新しいものを買ってくるとだけ言われた。

 その夜、帰宅した私の机の上に、ジャスコのレジ袋に入った新品の布団カバーが置かれていた。

 難儀しながら元はカバーとセットだった寝具店の羽毛布団を新しい布団カバーの中に押し込み、眠って、起きて、何日かが経った。途中の休日によく晴れていた日があったから、布団カバーを洗って干した。

 朝目が覚めかけている時、私はつい顔を布団の中にうずめようとする。その時に、ざらりとした違和感が私の頬を撫でた。

 今まで味わったことのない感覚に、半覚醒状態の私は混乱し、それでもその違和感の元を探ろうと手で頬が触れていた部分を触った。

 ざらりとした手触りが続く。ようやく目を開けた私はその部分を確認する。

 布団カバーの布地の上に、ぶつぶつとした出来物のようなものが広がっていた。布地と同じ色、同じ生地だとわかるが、そこが荒れ地のように毛羽立ち、小さな丸い出来物が無数に現れている。その生地の粒立ったところが、私の肌に当たって不快な感触をもたらしているのであった。

 以前に使っていた古い布団カバーではこんなことは一度もなかった。なぜだろうと思って、これがとにかく安い代物だからだと思い至った。

 気づけば、私の身の回りのものはほとんどがジャスコのものに置き換わっていた。目を開けて部屋の中を見渡す。引き出しが何ヶ所か外れた箪笥。中の衣服。本棚代わりのカラーボックス。ティッシュペーパーにウェットティッシュ。机の中の文房具たち。

 ひと部屋だけでこの数。生活空間全体を見れば、私の生活はジャスコによって支配されていると言っても過言ではない。身の回りのもの、食べるもの、着るものも、おおよそすべてがジャスコに侵食されている。

 気づいた時には全身がジャスコになっていた。

 それからはもう駄目だった。自分の周辺がどんどんジャスコに染まっていくのが可視化されてしまい、ジャスコから逃れたい、その一念だけで町を出る覚悟を決めた。

 都会の大学に進学し、そのまま就職も決まって、生活も安定してきたころになって、私は気づいた。そして泣いた。私は何も変わっていなかった。

 気づいた時には全身がドンキになっていた。

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全身ジャスコ人間 久佐馬野景 @nokagekusaba

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