われすゑの会

西野ゆう

われすゑの会

「コーヒーメーカーの使い方です」

「そんな原因で?」

「そんな原因です」

 二人掛けのテーブルが多く並ぶホテルの会場。入口には「すゑの会」と書かれている。

「でも、アレの使い方ってそんなに差が出る?」

 向かい合って座る「フェリシア」というネームプレートを付けた女性が、「ドムさん」と書かれている男性の言葉に肩を落とした。

「水をガラスの容器に入れたまま、電源を入れていました。どんなに待ってもコーヒーにならなくて。そうしたら『水温めてるの?』ってクスクス笑われて」

「なにそれ、おもろ」

「そう。クスクスと馬鹿にするように笑われて。ちょうど今のあなたの様に」

 フェリシアはテーブルの上をトンと突くようにして手のひらで押し、僅かな憤りと羞恥をエネルギーに変換して立ち上がると他の席を探した。

「んだよ。ばーか。ブース」

 背中からドムさんからの小さな罵声を浴びつつフェリシアは「なんで自分の名前に『さん』って付けてんのよ。ドブみたいな顔して」と小さく、ごく小さく呟いた。

「本当ですよ。ボクの部屋に持っているんです。良かったら」

「いや、いきなり部屋とか絶対無理なんで。ごめんなさい」

 テーブルの間を縫いながらフェリシアが歩いていると、肩をすぼめてショルダーバッグを胸元に抱きしめた女性と軽くぶつかった。

「あ、ごめんなさい。すみません」

「いいえ、全然大丈夫です。こちらこそすみません」

 頭を下げ合う二人に「ちょっと。本当なんだから」と近寄ってきた男の声がすると、フェリシアとぶつかった女性は逃げるように胸の前で抱えたバッグを左右に振りながら会場を出て行った。

「嘘じゃないのに。参ったな」

 何度も瞬きをしながら口の周りを掻いている男性のネームプレートをフェリシアは声に出して読んだ。

「タカノリ、さん?」

「タカノリ? ああ、そうね。いいやタカノリで」

 男性は自分のネームプレートを手に取って改めて自分で確認している。決して上手くはないが誰でも読めるよう丁寧に書かれた「崇徳」という文字に人柄が出ている。

「スタッフの方ですよね? 枠付きの名札ですもん」

 フェリシアをはじめ、幼稚な罵声を上げていたドムさんも、白無地の紙に呼び名だけが書かれている。崇徳もその呼び名だけ書かれていることには変わりないが、紙の縁が五ミリほど黄色く塗られていた。

「ボクはね、お手伝い。スタッフの人は赤。ボクは何年も参加してるから、準備とかを手伝ってるだけ」

「何年も?」

 フェリシアの純粋な驚きは、崇徳にやや捻れて伝わった。

「どうせね、こんな障害者用の街コンに参加しても彼女なんてできないんだよね、ボクみたいなのは」

「いや、別にそういう意味じゃ」

「いいって。どうせ嘘つきだし」

 フェリシアにはその言葉が先程会場を出て行った女性に向けた強がりに聞こえた。

「嘘つきなんですか? さっきは『嘘じゃないのに』って言っていたみたいですけど」

「キミは信じる?」

「何をか聞いてみないと」

「とりあえずボクが何年もここにきているってことは信じてくれた?」

 フェリシアはその問いに悩むことなく頷いた。何度も。

「うん、まあそれは本間さんに訊けばすぐわかるもんね」

 本間というのはこの会の主催者だ。

「そんな嘘をつく意味もないでしょうし」

「意味があればいいってことでもないけど、まあそれはいいや。さっきの嘘じゃないっていうのはね」

 崇徳は一旦言葉を切ると、小さな声でゆっくりと話した。

「ボクの部屋にね、あるんだよ。天使の化石が」

「天使の奇跡?」

「違う違う。天使の化石」

 崇徳は自分の声が少し大きくなったことで、慌てて周囲を見渡したが、誰もが崇徳に無関心だった。

「化石って、恐竜とかの、あの埋まってる?」

「そうそう。まさにそこなんだ!」

 フェリシアの言った何かに反応した崇徳は声が大きくなったが、もう彼にも周囲などどうでもいい様子だ。

「地中に長期間埋まっていることで化石になるんだけど、天使がその状態になってたってことは、絶対ルシファーだと思うんだよね」

「それがお部屋に?」

「うん。父ちゃんの形見でさ」

 フェリシアに崇徳が「嘘」を言っているようには見えなかったが、「騙されている」かもとは思っていた。それでも、フェリシアはコーヒーメーカーの話を崇徳に聞かせてその反応を確かめた。

「ああ、結局さ『コーヒーメーカー』って名前が悪いんだよ。勝手にコーヒー作りそうな名前にしたやつが悪い」

 フェリシアは崇徳が自分と同じことを思ってくれたことに感激し、崇徳も「ふるい」として天使の化石の話をしているのだろうと推測した。

「あの、見せてもらっていいですか、天使の化石」

「もちろん。あ、あとこの名前はストクって読むんだ。どっちにしても本当の名前じゃないけど」

「ストク?」

「『いいひと』との再会を願ってね。この会の名付け親もボク」

 フェリシアが百人一首にある崇徳院の説明を聞いたのは、ルシファーを前にしてのことだった。

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われすゑの会 西野ゆう @ukizm

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