最終話「もうだめ」

 もうだめな国に迷い込み、国をだめじゃなくする大臣になった私・アリスは、国をだめじゃなくすべく奔走した。

 した、というか、している。現在進行形だ。

 私とウサギは、女王様の御座おわします宮殿(と指定されている範囲の森)で進捗を報告していた。


「それで、いけそうでしょうか?」


 女王様がお尋ねあそばす。


「はい、順調です」


 私は自信を持ってそう答えた。


 最近では、各人が趣味で行っていた生産活動(たとえば毛虫の製薬だ)を取り纏め、国内の流通を円滑にすべく、商業区を設置した。

 売買の場を市場に集約しただけなんだけど、今まで趣味のハンドメイド感覚だった生産者の意識が変わることで、商品が安定供給されるようになった。

 また、ほとんど家族や近い友人の間でのみ知られていた各生産物が、市場を訪れる国民全体に知れ渡ったことで、潜在需要の発掘にも繋がった。

 生産量が増え、余剰分を輸出に回すことで外貨を獲得し、食料や工業製品の輸入にも余裕ができた。

 それらに伴い、うろ覚えの日本法を参考にした最低限の法律をいくつか制定した。


「アリスはよくやってるウサ」


 総務庶務のウサギは、私や女王様の補佐のみならず、国政における実務のほぼ全てを担当している。

 そのウサギに褒められるのは、素直に嬉しい。

 そんな私達の様子を見ていた女王様は満足気に頷かれ、かくのごとくのたまわした。


「あとは今週末予定の

       だけ耐えられればですね」


 私はかくのごとく伺い申し上げた。


      #とは」



       ∩∩∩

        ߐ 



 そう。

 この国はなんと、今週末に落下する巨大隕石で物理的に崩壊する運命にあったのだ。


「それ私聞いてないんだけど?」


 私はじっとりとウサギをける。


「知ってたら何か対応できたウサ?」


 ウサギは透徹した目でそう問い返した。


 うーん。


 そりゃまぁ無理だけど。


「避難はできないの? 私がここに来た時に通った道とかで」

「そうすれば、国民の3割くらいは生き残るかもしれないウサ」

「3割? 100人くらいは日本でも受け入れられると思うけど」


 というより、100人くらいいないと、異世界人として一定の権利を主張するのは難しいかもしれない。

 少数だと希少生物として捕まったり、シンプルに殺される可能性もある。

 そんな話をすると、ウサギは残念そうに首を振った。


「元々そっちの世界にいない生物――生きた麻雀牌とか、アリスから見て何だかわからない獣や虫の人は、そっちの世界に行った途端に身体が崩壊して死ぬウサ」

「ひえ~……」


 それでは、なるほど。無理だろう。


「死なずに済んだら、こっちの世界の住民は、徐々にそっちの世界の生物に近付いていくウサ」

「というと?」

「ウサギならに、に。もちろんして、ウサ」


 それはつまり、ウサギが完全に、今のウサギではなくなる、ということだ。

 私の価値観からすれば、どちらにせよ、死ぬのとそう大きくは変わらない。


 獣の女王様もまた、様々な獣の特徴をお持ちになっておられるけれど、そんな生物は向こうの世界には、今の所は存在しない。


 この国はもうだめ、ということだ。


「……アリスは、帰ってもいいウサ」

 

 ウサギの言葉に、私は何とも答えることができなかった。



       ∩∩∩

        ߐ 



 私達は特に巨大隕石落下への対応策も思い浮かばないまま、目的もなく市街地を進んでいく。

 いつものお茶会ガチ勢達が【祝☆全員就職決定】と白抜きで書かれた横断幕の下で、今日もお茶会を開いていた。


「「「「国土崩壊おめでと~☆」」」」


 何もめでたくないけど?


「全ての悩みから解放されるやね~☆」

「万民を平等に救済する爆発オチは最高やよ~☆」


 ハリネズミと猫は、前向きpositive思考thinkingより積極的positive沈没sinkingとでも言うべき会話を交わしながら、にこやかにお茶を飲んでいた。


「国民も諦めてるけど……」

「この国の民は皆そうウサ」


 お茶会ガチ勢の人達は極北だとしても、元々この国の気風として、物事の諦めが早い傾向があるのだと、ウサギは言う。


 私が国をだめじゃなくする大臣に就任してから、そう長い期間ではないけれど、ウサギと共に国中を回って、いくつかの政策を立て、実行した。

 いろんな人に会って話を聞いた。


「頑張るアリスの姿に感化されて、変わってくれる国民が少しでもいればと思ったウサが……」


 ウサギはいつもの透徹した目で、けれど、少しだけ俯きがちにそう言った。


 最初は話を聞いても、どことなく他人事のような態度だった人達も、関わっていく内に少しずつ積極的になってきたように、私は感じていたけれど。


 私達のやってきたことは、本当に無駄だったのかな?


「「「「「いいや……俺達がいるぜ!!」」」」」


 そんな私の内心を否定するように、響く声。


「「みんな!」」


 私とウサギが振り返れば、そこには私達がこれまで国をだめじゃなくする政策を進める上で関わってきた国民達――毛虫や、五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人や、五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人、それと五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人、そして五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人――が立ち並んでいたのだ。


 ……五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人は人口比率が高いから、結構仕事での関わりも多かったんだよ。獣系の人と比べると、真面目な人も多いし。

 それにしたって、五索ウーソウの赤牌に人らしき頭部と手足が生えた人ばっかりな気もするけど。



       ∩∩∩

        ߐ 



 そうして――、この国を襲った巨大隕石は、巨大化薬で大きくなった国民が物理的に防いでくれた。


 毛虫が作った巨大化薬と頭数さえ揃えば、大抵の問題は物理的に解決できる。

 デカさは強さ、とはよく言ったものだ。


 それでも、巨大化薬だけがあったって、巨大化してくれる国民がいなければ隕石に対応することは不可能だった。

 国民の気持ちが前向きになったことに、いくらかでも私の影響があったのだとすれば、それはとても誇らしいことだと思う。


 まだまだだめな所もあるけど、この国はきっと、もう大丈夫だ。



【最終話 おわり】

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もうだめな国のアリス ポンデ林 順三郎 @Ponderingrove

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