第3話「絶対だめ」

 私はウサギの提案に従い、国内のとある森を訪れた。


「国を救うヒントがここに……」


 陽気の心地よい花見日和だけれど、森には花の咲く木もお酒もないし、何より今は業務中だ。

 この国は市街地(村)を除けば大体全部が森だけど、一応何かの区分があるんだって。

 私には全然区別とかつかないけど、そういうものらしい。


「ちょうど彼奴が来た所みたいウサ」


 キョロキョロと見回していた私は、ウサギの言葉に視線を前へと向ける。


「フンフフーン」


 そこには、鼻歌を奏でながら歩いてくる……何だろう……この……何?

 デフォルメした樅木もみのきのような、ギザギザしたシルエットの、短い2本足で歩く何かがいた。

 両足の他に4対の手があるから、もしかしたらイカかもしれない。たぶん違うと思うけど。


「おや、お客さんケム?」


 語尾がケム、ということは?


「あれは毛虫、この森の住民ウサ」


 毛虫だったらしい。

 ウサギの語尾が「ウサ」なんだから、語尾が「ケム」なら毛虫で間違いないと思う。

 アリスの語尾は「ありんす」にした方がいいのかな。

 でも、女王様は「女王だじょぉ」なんて仰せにならないし。

 語尾の話はいいんだよ。


 ウサギが私を毛虫に紹介し、互いに簡単な挨拶を済ませると、ウサギは早速本題に入る。


「例の奴を売ってほしいウサ」


 どうやらウサギは、ここに何かを買いに来たらしい。

 だからつまり、毛虫は何かを売っているんだと思うけど。


「何かのお店の方? 労働者なの??」


 私はウサギ達にそう尋ねた。

 もし毛虫が労働者なら、就業率が4パーセントになるはずでは?

 首を傾げる私に、彼らは何ということもないように、こう答える。


「調薬と販売は仕事じゃないケム」

「毛虫は趣味で薬を売ってるウサ」


 趣味で、薬を、売る。


「この国って薬事法とか無いの?」


 無いんだろうな。

 だめな国。


 私の呆れた様子に気付いたのか、気付いていないのか。

 毛虫は何やら懐を探りながら、私の方に歩み寄ってくる。


「良かったらおひとつどうぞ」


 そう言って毛虫が毛の隙間から取り出したのは、国産ワインのボトルみたいな容器に入った、赤紫色の液体だった。

 ラベルには『おいしい巨大化薬』と書かれており、葡萄ぶどうのイラストも入っている。


「おいしそうウサ」

「おいしそう」


 いや、ワインでしょこれ。

 酒は百薬の長ってこと?

 お酒を飲むと気が大きくなる、みたいな話?

 趣味で薬を作ると称して、お酒を造っていたのでは?

 たぶんこの国、酒税法もないと思うから、その辺は別にいいんだけど。


「用法用量とか一切何も書いてないけど、これって飲み薬?」

「そうケム。成人なら1回ワイングラス1杯~1瓶くらい飲むといいケム」

「幅があるなぁ」


 とはいえ。

 実を言うと、私は結構ワイン好きなんだよね。

 ワイン通ではないし、お金もないから、値段の割においしい程度の安ワインばかり飲んでいるけど。


 折角いただいたものだしと、私はその『おいしい巨大化薬』という名のワインを、ぐいっと瓶ごとラッパ飲みした。



       ∩∩∩

        ߐ 



 結論から言えば、『おいしい巨大化薬』はワインではなく、巨大化薬だった。


「これ何用? 軍事用?」


 服用前は私と同じくらいの身長だった毛虫が、大体私の膝までくらいの背丈になっている。

 というより、私が巨大化している。


「趣味用ケム」


 毛虫は悪びれもせず、そう答えた。


 だってボトルがワインで、見た目がワインで、香りもワインで、味もワインだったのに、効果だけ巨大化薬だなんてことが、あると思いますか?

 あるんですって。


 実際、巨大化薬と書いてある薬を飲んで巨大化したのだから、毛虫が悪びれる必要はない。

 着ている服も一緒に巨大化しているし、私にとって金銭的な損害もなかった。


 巨大化薬の効果が切れた後、私とウサギ、それとアドバイザーの毛虫は、連れだって女王様の下を訪れ、臨時の立法議会を開催した。

 そうしてこの国にも薬事法という物が制定され、少しだけ、だめじゃなくなった。



【第3話 おわり】

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