第13話


***


 一生好き。

 薄れゆく意識の中で、彼がそう言ってくれたのをしっかりと耳にした。

 紡くんからもらった大切なクッションに、もう手が届かない。あのクッション、使ってみたかったな……。死ぬ時まで抱きしめて、彼のことを感じていたかったのに、ちょっとショックだ。


 私がこの命と向き合う時間は、あまりにも短かった。

 余命宣告を受けてからずっと病院で心を失くしてしまったかのように、窓の外の景色を眺めるだけの毎日。お見舞いに来てくれるお母さんにも、愛想笑いをしてなんでもないフリをした。

 でも、でもね……。

 私は、怖かったんだ。

 人生で何1つ成し得ぬまま、自分という存在が消えてしまうことが、あまりにも怖かった。

 友達とカラオケに行ったり、放課後に遅くまで教室で駄弁ったり。

 勉強を頑張って志望校に合格して、大学でもたくさんやりたいことを学んで。

 どこかの会社に就職するか、自分で仕事をつくるのも良い。

 がむしゃらに自分のやるべきことをまっとうして、それから、恋だってしてみたかった。

 思い描いていた夢が全て、バラバラに砕け散ってしまって、私はがんじがらめになっていたんだ。


 そんな私を、彼はもう一度生き返らせてくれた。

 憧れていた学校の先輩だった。たった1度しか姿を目にしたことはなかったけれど、素敵な着物を展示している彼の周りには、幸福の欠片が散らばっていると感じた。

 ひと目でいいなって思った人。絶対に話せっこないって思ってたのに、まさか病院で再会することになるなんて。あ、紡くんからしたら再会じゃなくて、出会いか。新しい出会い。

 私はこの病気のおかげで紡くんと出会えた。

 皮肉にも、病気が私を彼へとめぐり会わせてくれた。

 彼が持っている不思議な糸は、私たちの関係を今日まで繋いでくれた。

 紡くんが持っている糸が透明になって、ほとんど消えそうに見えたとき、私はびっくりしたけれど、この人を絶対に守らなきゃって思った。

 おばあちゃんが亡くなったって聞いたのと、私とおあばちゃんが糸を持った時に糸が透明になった事実を繋ぎ合わせたら、この糸が所持している人の死を知らせてくれるものだってすぐに気づいたんだ。へへ、すごいでしょ。名探偵みたいでしょ。

 


 私の命は、ただ静かに燃え尽きるだけじゃなくて、あなたを救うために使うことができたんだって思えたらか、光栄だよ。悔いはないよ。悔しいけど、ないよ。

 できれば紡くんと恋人らしいこともしてみたかったなあ。

 でもまあ、手に入らなかった恋の方が、心に残るっていうし、紡くんの心に、私がずっと残り続けてくれたらそれでいい。

 そしていつかまた、素敵な人と恋をして。

 私のこと、忘れていいから幸せになって。

 ……いや、嘘ついた。

 忘れないでほしい。

 時々でいいから、思い出してほしい。

 ああ、こんな子もいたんだなって、懐かしく思ってくれたらそれでいい。


 紡くんはまだ何もできてないって言ってたけど、もう十分してくれたよ。

 私を好きになってくれたじゃない。それだけでこんなにも心が透明で、満たされている。


 大好きな紡くん。

 憧れだった紡先輩。

 

 さようなら。

 またいつか、遠い未来で会う日まで。

 元気でいてね。幸せでいてね。

 ばいばい。



【終わり】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すきとおるほどつながれる 葉方萌生 @moeri_185515

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ