エピローグ

#108 これから







___何だか懐かしい夢を見ていたような気がする。


 そんなことを考えながら、僕はゆっくりと瞼を持ち上げた。

 そのままベッドから起き上がり、いつものようにカーテンを開けると、朝の光が窓から差し込んでくる。

 僕はその光に心地良さを感じながら、徐々に自分の意識を覚醒させていく。


 今日は、いつにも増して調子が良い。


 それは、ついさっきまで見ていた夢が影響しているのかもしれない。

 内容はもうほとんど思い出せないが、良い夢であったことは間違いないだろう。

 昨日は「二人」で高校の思い出話をしていたので、恐らくそれが関係しているはずだ。


___高校を卒業してから早二ヶ月。


 この二ヶ月は「新しいこと」が色々と重なった時期だったということもあり、一日一日が本当に濃密だった。

 そのため、高校を卒業したのがもう随分と前であるようにすら感じてしまう。


 「時間の流れ」というものには、いつもびっくりさせられる。


 僕はそんな驚きを覚えつつ、自室から出て階段を降り、洗面所に向かった。

 そこでしっかりと朝の準備を行い、身支度を整えた僕は、リビングの方へと足を動かす。


 そして僕は、そのままリビングの扉を開いた。


「朔おはようっ♪」


 すると、キッチンの方からそんな朝の挨拶が聞こえてくる。

 僕はその方向に視線を移動させ、キッチンにいる「大好きな恋人」に挨拶を返した。


「おはよう姫花っ」




___そう、今キッチンから僕に声を掛けてくれたのは「姫花」である。




 僕は「もうちょっとで朝ごはんができるからねっ♪」という姫花の言葉に「今日も作ってくれてありがとう」と感謝を伝えながら、目の前の椅子に腰を下ろす。


 そのまま僕は、再度キッチンにいる姫花のことを見つめた。


___今、姫花は朝ごはんの用意をしてくれているところだ。


 僕はこの光景を一ヶ月ほど目にしているが、いくら見ていても飽きそうにはない。


 髪を後ろで束ねながら、エプロンを身に付けて調理をする姫花___。


 毎朝、姫花のエプロン姿を見つめるこの時間は、僕にとっての「至福のひととき」である。


「もぅまた見てるでしょ~」


 いつも、僕がそうやって目を奪われていると、姫花は決まって恥ずかしそうな素振りを見せる。

 しかし、自分の「彼女」が可愛いエプロン姿で、自分のために朝ごはんを作ってくれている…そんなシチュエーションを前にして、目を奪われないなんてこと自体、土台無理な話だ。

 そのため、僕は毎回「恥ずかしいから見ないで」と言われつつも、懲りずに姫花のことを見つめ続けている。


 そうしてそんな「至福のひととき」を過ごしていると、朝ごはんができ上がったようだ。


 僕は朝ごはんをテーブルに運ぶのを手伝いながら、飲み物の準備も同時に行う。

 調理で役に立てない分、こういった調理以外のこと(他には食器洗いなど)は僕の担当だ。


 そして、姫花がエプロンを外し、僕の向かいの椅子に腰を下ろした後、僕たち二人は手を合わせて口を開く。


「「いただきます」」


 こうして、僕たち二人の朝ごはんの時間が始まった___。










***










___現在、僕と姫花は「同棲」をしている。




 星乃海高校を卒業して一週間ほど経った頃、帝東大学の合格発表があったのだが、僕はそこで無事に「合格」を果たした。

 二次試験を受けた時から確かな手応えを感じていたため、意外と緊張はしていなかったつもりだったが、なんだかんだ「合格」の二文字を見た瞬間は安堵感が広がったのを覚えている。

 それに、その結果は向こうの家で確認したということもあり、「家族」が僕の合格を自分のことのように喜んでくれたのは、本当に、本当に嬉しかった。


 元々東大を志望した理由は、大切な人たちのおかげで自分がこんなにも成長したんだということを証明するためだ。


 だからこそ、僕自身の掲げた「大学への合格」という成長を三人に見せることができて、本当に良かったと僕は強く感じている。




 そして、その日から数日後、僕は朝から姫花のお家を訪れた。

 その目的は、姫花のご両親に「同棲」の話をするためである。


 僕と姫花は、お互いに志望校への合格を果たしたら「同棲しよう」という約束を交わしていた。


 ちなみに、その約束を提案したのは僕である。

 卒業式の日、屋上で自分の想いを伝え切った後、姫花にダメ元で提案してみたのだが、姫花も全く同じことを思ってくれていたようで、トントン拍子に話は進んだ。

 そうしてつい先日、僕も姫花も無事に志望校への合格を果たしたため、その約束を実現する時がきたという訳だ。


 その時の僕は、恐らく人生で一番と言っても良いくらい緊張をしていた。


 姫花によると、事前にご両親には同棲の話を伝えており、許可も出ているので問題なしとのことではあったのだが、だからといって、それで緊張をしないほどの図太い精神力を僕は持ち合わせていなかった。

 それに、姫花のご両親とはその時が初対面でもあったため(実際は卒業式で少しだけ話したりした)、僕は緊張でガチガチになっていたのである。


 そして僕は、そのまま緊張で心臓をドキドキさせながら姫花のお家へと足を踏み入れたのだが…、結論から言うと、その緊張は杞憂に終わった。


 というのも…姫花のお父さんとお母さんが、僕のことを温かく迎え入れてくれたからだ。


 姫花のお父さんとお母さんは、「姫花のやりたいことを尊重する」というスタンスであり、姫花がやりたいと言っている同棲を全力で応援したいと言っていた。

 それに、僕の家から姫花の家までは電車や車で簡単に行ける距離にあるため、姫花に会おうと思えばいつでも会えるし、姫花も何かあればいつでも自宅に帰ることができる。

 その距離感の近さも、安心して同棲を認められる要因だったらしい。

 また二人は、「朔くんだから姫花を任せられる」と僕に伝えてくれた。

 二人はいつも姫花から僕のことを聞いていたようで、その度に姫花が「幸せそうな顔」をするのを目にしていたそうだ。

 そんな自分の娘の顔を見て、二人は僕との同棲なら安心だと思ってくれたらしい。


「これからも姫花をよろしくね」


 僕は、大好きな彼女の家族からそんな嬉しい言葉を掛けてもらい、自分の心が熱い気持ちで満たされるのを感じた。


___絶対に姫花のお父さんとお母さんの信用は裏切らない。


 そして僕は、そんな誓いを胸に抱きながら二人に「感謝」をしっかりと伝え、その後はお昼ごはんをご一緒させてもらったり、姫花の部屋で楽しくお喋りをしたりして、愛野家での一日を存分に楽しんだのだった。




 そこからは、同棲をするための準備を「みんな」で行った。

 その「みんな」とは、僕と姫花、そしてそれぞれの家族である。


 姫花のご両親と同じように、僕のお父さんとお母さんも同棲を許可してくれた。

 むしろ、お父さんとお母さんは姫花が僕と一緒にいてくれることに大賛成といった感じで、まるで自分たちに娘が増えたかのような反応を浮かべていたほどだ。


 そうして、お互いの家族に同棲をしっかりと認めてもらった上で行ったその準備だが、本当に心温まる時間だったと僕は思っている。

 姫花のご両親は、姫花の荷物の運搬を手伝ってくれたし、お父さんとお母さん、それにひまちゃんは、家の掃除や家具の設置を手伝ってくれた。

 また、準備を進めていく中で家族同士の顔合わせも行われ、ひと通り準備が終わった後にみんなでごはんを食べに行ったのは良い思い出だ。

 大人たちが想像以上に仲良くなり過ぎて、途中で「結婚」がどうのこうのという話になった時は姫花と羞恥心から身悶えしてしまったが…、お互いの家族が仲を深めるというのは、何だかとても嬉しいことのように僕は感じた。




 こうして、僕は姫花との同棲生活をスタートさせた。

 お父さんたちからは「羽目を外し過ぎないようにね」とニヤニヤしながら言われたりもしたが、僕は姫花と「健全なお付き合い」をさせて頂いている。

 一ヶ月経った今も、姫花と一緒の家で暮らしているというだけでドキドキしっぱなしの毎日だが、「二人」の生活は本当に楽しい。

 試行錯誤の生活ではあるものの、その過程ですら充実感を覚えているのは、やはり姫花がそばにいてくれるからだろう。


___僕は今、とっても幸せだ。




 これが、僕たちの「新しい日常」である___。










***










「明日からの連休、楽しみだね姫花っ」


「うんっ♪」


 朝ごはんを食べ始めて少し経った頃、僕たちは明日からの連休の話をしていた。

 明日からはゴールデンウィークの後半戦ということで、四日間の休日となっている。


「早く日葵ちゃんに会いたいなぁ~っ」


「ふふっ、そうだね」


 そしてその四日間だが、ひまちゃんがこっちに遊びに来ることになっているため、僕は姫花とひまちゃんの三人で連休を過ごす予定だ。

 また、そのうちの一日は南さんも合わせた四人でちょっとした遠出も計画しており、イベント盛り沢山の四日間となっている。


 そうして明日からの「お楽しみ」に胸を馳せながら会話をしていると、話題は続けて「友人たち」の話になった。


 そのため僕は、僕たちと同じように「新生活」を送り始めている「みんな」のことを、頭に思い浮かべ始める___。




 まずは、南さん。

 南さんもまた、無事に姫花と同じ学校への合格を果たした。

 僕が通っている大学と、姫花と南さんが通っている学校は同じ停車駅が最寄り駅となっているため、時間が合えばいつも三人で通学をしている。

 今日はその時間が合う日であるため、朝ごはんを食べた後は電車で南さんと合流する予定だ。


 …いつも一緒に行動していた姫花が家を離れると聞いた時、南さんは少し寂しそうな顔をしていたが、それ以上に姫花と僕の同棲に喜び、「二人ともおめでとうっ!」と嬉しい言葉を掛けてくれた。

 僕はそんな南さんには感謝しかない。


 大好きな彼女の親友として、そして僕にとっても大切な一人の友人として、これからも南さんには沢山お世話になると思うので、僕はこの関係を大事にしていきたいと強く感じている。


 次は、悠斗。

 高校時代、成績の伸びという観点で勉強の「がんばり」を評価するなら、最もがんばったのは悠斗で間違いないだろう。

 部活動が終わり、夏休みから本格的に受験勉強に取り組み始めた悠斗は、どんどん成績を伸ばしていき、二年生時点の志望校よりも更に上の大学へ合格を果たした。

 その大学は、柄本さんと深森さんが通っていた大学である。

 悠斗の家からその大学はかなり近いということもあり、合格をした時に「もし寝坊しても何とかなりそうだ!」と若干ズレた喜び方をしていたのは記憶に新しい。

 今でも…といってもまだ大学生になって一ヶ月ほどだが、悠斗とはよく一緒にごはんに行ったり遊んだりしている。


 ちなみにそんな悠斗と南さんだが、二人の関係性は高校の頃から変化してはいない。


 ただ、お互いに「想い合っている」のは間違いなく、この連休も二人で遊ぶ約束をしているそうなので、二人のことはこれからも姫花と一緒にドキドキしながら見守っていきたいところだ。


 続いては、一輝と元山さん。

 二人は今、少し離れた大学に通っている。

 すぐに会うことはできないものの、二人とは定期的に連絡を取り合っているため、離れているような感じがしないのは気のせいではないだろう。

 そんな二人だが、向こうではそれぞれ一人暮らしをしている。

 ただ、同じアパートの隣同士に部屋を借りているため、ほとんど同棲のような感じになっていると一輝が電話で話していた。

 一輝はそのことに対してやれやれといった感じではあったが、僕はその声色に「嬉しさ」や「楽しさ」が滲んでいたことに気付いている。

 …あのカップルは、元山さんの方が積極的であると見せかけて、実際は一輝の方が元山さんにベタ惚れのパターンだ。

 ちなみに、それは姫花にベタ惚れな僕と全く同じパターンであり、僕はそんな一輝「先生」からお付き合いのことについて色々と学んでいたりする…。

 二人ともこの連休は向こうにいると言っていたので、次に会うのは早くて夏休みであろう。

 ただ、一輝とは密かに四人でダブルデートをしようと画策していたりもするので、今度二人に会うのが今から待ち遠しいところだ。


 そして、実はもう一人遠くの大学に通っている人がいる。


 それは、桐谷さんだ。

 桐谷さんは現在、四宮先生が通っていた大学と同じ大学に通っている。

 また、学部も四宮先生と同じ「教育学部」であるのだが、それには桐谷さんの「目標」が大きく関わっていたりする。


その桐谷さんの「目標」というのは、「学校の先生」になることだ。


 桐谷さんは、僕の言葉がきっかけで自分が変わることができたように、自分も誰かを変えることができるような、そんな「ヒーロー」になりたいのだと以前僕に語ってくれた。

 僕は今でも、桐谷さんが変われたのは桐谷さんの努力あってこその結果だと思っているが、自分の言葉が桐谷さんの人生に影響を与え、それが「良い」ものであったとするなら、それほど嬉しいことはないとも感じている。


 あの時の「自信のなかった自分」のような、「勇気を必要としている」生徒を一番近くで手助けしたい。


 そんな素敵な目標を掲げ、大きな一歩を踏み出した友人を、僕は本当に尊敬している。

 …きっと四年後、桐谷さんはみんなから「頼りにされる」立派な先生になっているはずだ。

 僕はそんな姿を想像しながら、期待に胸を膨らませた。


 そして、そのまま次に浮かんできたのは、戌亥さんのことだ。

 戌亥さんは、僕でも名前を知っているほどの有名な音楽大学に合格をしてみせた。


「受けたらなんか合格しちゃいましたぁ~ぶいぶい~」


 受かった後、戌亥さんはいつもの調子でそんなことを口にしながらピースをしていたが、その音楽大学は難易度の高い実技試験を課していることで有名だ。

 僕はその実技試験を突破してみせた戌亥さんに、思わず目を丸くさせて驚いた。

 しかし、それと同時に、「だって戌亥さんだもんなぁ」とすぐに納得がいったのも覚えている。

 …二週間とはいえ、戌亥さんとは同じバンドメンバーとして一緒に練習をした仲だ。

 戌亥さんの音楽センスが卓越していることは、この身を持って体験している。

 だからこそ、僕は戌亥さんの才能が音楽大学側にも十分伝わったことに、何故か誇らしくなった。

 そしてそんな戌亥さんだが、今は大学の生徒と四人組バンドを結成し、バンド活動に力を入れている。

 今月の終わりにはライブハウスで初ライブが予定されており、僕は既にその招待を受けているので、その日は姫花と応援に行くつもりだ。


 しかも、そのバンドについてびっくりな話が一つあるのだが、なんとそのバンドには堀越くんがメンバーとして所属している。


 そう、堀越くんもまた、その音楽大学に合格を果たしたのだ。

 戌亥さんと同じく、堀越くんも「凄い」の一言に尽きるほどの音楽の才能を持っており、特にピアノの演奏を生で聴かせてもらった時は、その巧さに鳥肌が立ったほどである。


 そんな「凄い」二人が所属するバンドの演奏が見られるなんて、僕は今からワクワクが止まらない。


 また、当日はイリーナ先輩が帰国する予定となっている。

 二人が音楽大学に合格したのを聞き、そのお祝いをするためだけにこの前も帰国をしていたイリーナ先輩だが、今回もそのライブを見るために帰国をするようだ。

 イリーナ先輩の妹分と弟分を想う「親愛」は相変わらずだが、ひまちゃんという大切な妹、いや天使がいる僕にとって、その気持ちは大いに共感できるものである。

 今回の帰国は数日の間こっちに滞在するそうであり、イリーナ先輩が留学をする前に集まったメンバーで遊ぶ計画も立てているため、ライブと合わせてそっちの予定も楽しみだ。


 ちなみに、そんな音楽ずくめの毎日を過ごしている戌亥さんだが、今もコンビニでアルバイトを続けている。


 かくいう僕も同じくあそこでアルバイトを続けており、今は通常業務の他にも教育係として、新人さんのサポートを二人で行っているところだ。

 これまでは柄本さんがその役割を担当してくれていたが、今年の三月で柄本さんはアルバイトを退職したので、僕と戌亥さんがその担当になったという訳である。


 そうしてその柄本さんはというと、四月から新社会人となり、サッカーの実業団がある企業で働き始めた。

 そんな柄本さんと同じく、深森さんも新社会人としての生活をスタートさせ、二人はそれぞれ忙しい生活を送っている。

 働き始めの大変な時期ということで、二人とは四月に入ってから会えてはいないが、柄本さんとはつい昨日に電話でやり取りをし、今度みんなでごはんに行こうという約束を交わしたところだ。

 社会人となった二人がどんな成長を遂げているのか、社会人としての生活はどんな感じなのか、そんなことにも期待しながら、僕は柄本さんと深森さんに会える日を心待ちにしている。


 また、会うのを心待ちにしている相手と言えばもう一人___。


 それは、光だ。

 光は現在とある大学に入学し、そこの野球部に所属している。

 その大学は、六大学野球リーグに所属している大学野球の名門校だ。

 元々県外の高校に通っていた光だが、大学からはこっちに帰ってくるというのを聞き、僕は本当に嬉しかったのを覚えている。

 というのも、これまでは距離的な問題で中々会うことができなかったからだ。

 三月と四月はお互いの用事や新生活の準備が被ってしまったということもあり、電話で近況を報告し合うだけとなってしまったが、この連休が終わった後に予定の合う日があったので、そこで光と再会し、僕たちはプロ野球の試合を観戦しに行く予定である。


 夏の大会が終わった後、光はその活躍が評価され、ドラフト候補としてテレビや新聞で注目を集めていた。


 それでも光本人は「まだまだ実力不足なので、もっと練習を重ねてから夢の舞台に挑戦したい」と言い、大学野球の道を選んだ訳だが、数年後には僕たちが観戦に行く球場で、光がプレーをしている姿を見ることができるかもしれない。

 もちろん未来がどうなるかは分からないが、そうなって欲しいなぁと僕は思っている。


___夢のプロ野球という舞台を目指して、毎日練習に励んでいる光。


 僕はそんな親友を、これからも変わらず応援していくつもりだ。




 それぞれがそれぞれに色々な思いを抱え、前に進み始めた「新生活」___。


 友人たちが頑張っている姿を見聞きすると、「僕もがんばろう!」という気持ちが湧き上がってくるのは、それだけ友人たちの存在が僕の中で大きなものとなっているからだろう。


___僕はやっぱり、とっても良い友人たちに恵まれた。


 今、みんなのことを考えていた僕の胸の中では、そんな「どうしようもなく特別なこと」が浮かんでおり、僕は嬉しさで頬を緩ませる。


 そうして僕と姫花は、素敵な友人たちの会話を続けながら、楽しく朝ごはんを食べ進めていく。




 そこから朝ごはんを食べ終えるまで、リビングには僕たちの楽しい話し声が響き続けた___。










***










 朝ごはんを食べ終わり、準備を終えて玄関に移動した僕と姫花は、靴を履いて「いつものように」お互いの顔を見合わせる。

 …恐らく今日も、僕の顔は赤く染まっていることだろう。

 「これ」をし始めて一ヶ月が経とうとしているが、未だに僕の心臓はバクバクと心拍数を速くさせている。

 いつぞやにも慣れることはないと感じていた「これ」だが、こうも予想が当たってしまうとは…。

 そんなことを考えていると、姫花がいつものように「朔っ♪」と合図を出してきたので、僕は腕を横に広げて「姫花っ」と返事をする。


 そうすると、姫花は僕の胸に飛び込み、腕を後ろに回して抱き着いてきた。


「ぎゅ~~~っ♪」


 そう、僕と姫花は、こうして毎朝ハグをしているのである。


 四月の最初の登校日に、姫花からの提案で始めたこのハグは、僕と姫花の大切な朝の日課だ。

 恥ずかしさは当然あるものの、毎朝こうして愛情表現をし合うことで姫花の想いを感じ取ることができるため、僕はなんだかんだこの時間が大好きだったりする。


 そして僕もまた、自分の想いを伝えるために姫花へと腕を回した。


 そのまま数十秒ほど時間を使い、「好きな気持ち」を共有し合った後、僕と姫花はハグを終えて体を離す。


 そうして僕たちは、玄関のところに置いてある父さんと母さんの写真に顔を向け、いつものようにこう口にしながら玄関の外へと足を踏み出した___。




「「行ってきますっ!」」










 自宅を出発した僕と姫花は、「恋人繋ぎ」をしながら最寄り駅を目指して歩みを進める。

 二人でいる時に手を繋ぐというのは、お付き合いを始める前から変わっていない、僕と姫花の約束事だ。

 そしてそんな僕たちは、昨日届けられた「幸せな報告」について言葉を交わし合う。


「はぁ~メグちゃん先生が結婚するなんて、一日経った今でもびっくりだよっ」


「昨日電話があった時は本当にびっくりしたよね」


___そう、その「幸せな報告」とは、四宮先生が結婚をしたという報告だ。


 昨日の夜、姫花と夜ごはんを食べていると、四宮先生から電話が掛かってきた。


 そうして、「何だろう?」なんてことを姫花と話しながら電話に出ると、その内容が「結婚しました」という報告だった訳である。


 ちなみに、そのお相手はもちろん辻翔吾先生だ。


 僕は四宮先生から辻先生と結婚することを聞いた瞬間、今も姫花と話しているように本当に驚いたが、それ以上にもの凄く嬉しい気持ちとなった。

 …だって、四宮先生の十年以上積み重ねた想いが実を結んだのだ。

 三年間もお世話になった恩師の幸せな報告に嬉しくならないなんてこと、あるはずがないのである。

 三月末、数学の課題作成などでお世話になった辻先生に「感謝を伝えたい」という僕の希望で、僕・四宮先生・辻先生・櫻子先生の四人でごはんに行った時、二人からはまだ結婚の話は出てきていなかったが、恐らくここ数日の間に、結婚を決意するほどの何か特別なことがあったのだろう。

 今日もいつものように櫻子先生から研究室に呼ばれているので、その時に櫻子先生から詳細を聞いてみようなんてことを思いながら、僕は二人の結婚という素敵な出来事に胸の中を温かくさせる。


___本当にめでたいなぁ。


 そして、二人からお裾分けしてもらった幸せを噛み締めつつ、そのまま姫花と会話を続けていると、


「結婚かぁ~良いなぁ~」


 と姫花がしみじみとそう口にするので、


「そうだね」


 と僕はその言葉に頷きながら返事をした。


 僕と姫花は付き合い始めたばかりだ。

 そのため、この先が不確定な僕たちにとって、結婚という言葉はまだまだ無縁であるかもしれない。


 けれど、僕はずっと姫花のそばにいたいと思っている。


___毎日がカラフルに彩られ、「幸福」に満ちた生活。


 僕はそんな毎日を、姫花とずっと過ごしていきたい。

 そしていつか、そんな幸せな日々を過ごす中で、姫花と結婚する日を迎えられたら良いなぁなんて、僕は思った。


「あははっ」


___未来の幸せ溢れる想像に、僕の顔には自然と笑みが浮かぶ。


 すると、そんな僕の様子を見た姫花が「どうしたのっ?」と尋ねてきたので、僕は姫花に笑みを向けながらこう言った。


「いや、僕って姫花のこと大好きだなぁ~と思って」


 それを聞いた姫花は、


「も、もぅ!朔ってば!」


 と言いながら、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 しかし、姫花の口元は緩んでおり、嬉しく思ってくれているのがすぐに分かった。


(僕の彼女が可愛過ぎる…)


 そして、そんな姫花のことを愛おしく想っていると、「朔っ」と僕の名前を呼びながら、姫花もこんな言葉を返してくれた。


「私も朔のこと大好きだからねっ!」


 僕は姫花のその言葉に、自身の胸の奥を温かくさせる___。










 この先、僕はどんな「これから」を描くことができるのだろう。


 一面に広がる、未来という名の真っ白なキャンバス。


 僕はそこに、沢山の絵筆を走らせていく。


 いつ完成するのかは皆目見当も付かないが、それが「良いもの」であるのならば嬉しい限りだ。


 いや、家族・友人・先生…、そんな大切な人たちに囲まれた「これから」は、「良いもの」であるに違いない。


 みんなと過ごす日々は、僕の想像を遥かに超えるくらいきっと充実したものであると、僕は確信している。


 …でも、もしかしたら、絵筆を持つ手が止まってしまうなんてことがあるかもしれない。


 実際「これまで」は、未来をうまく思い浮かべることができず、頭を悩ませて眠れないような夜が沢山あった。


 だけど、今は違う。


 今の僕には、そんな夜も一緒に過ごし、寄り添ってくれる相手がいる。


 だから、僕はきっと大丈夫だ。


 一人で描けない「これから」があったとしても、姫花と二人でならどこまでも描いていける。




 そう、どこまでも、どこまでも___。










 そして僕は、そんな世界で一番大好きな女の子と笑みを交わし合った。










 朝の通学路。

 僕は「これから」に想いを馳せながら、今日というありふれた特別な一日に胸を躍らせる。


 今日は一体、どんな楽しいことが待っているのかな。


 「これまで」のように、「これから」も沢山の思い出を積み重ねながら、僕はここで生きていく。


 今日も、明日も、明後日も…、いっぱいの想いに溢れたこの場所で、みんなと楽しい思い出を作っていけると良いな。




 そうして僕は、固く繋いだ手から伝わってくる「愛情」に幸福を感じながら、いつものようにこんなことを願うのだった___。










___今日も良い日になりますように。










-完-




【後書き】

最後まで読んでいただきありがとうございました。


ついに本作は最終回を迎えることができました。

ここまで書くことができたのは、あなたのおかげです。

拙い文章で読みづらい箇所も多々あったと思いますが、最後まで読み続けてくださったあなたには、本当に感謝しかありません。


___この作品を読んだあなたが、読む前よりもほんのちょっぴり幸せな気持ちになっていますように。


そんな作者のちょっとした願いを、締めの言葉とさせていただきます。


それでは、またどこかでお逢いしましょう!




【学校一の美少女ピンク髪ギャルが毎日話しかけてくるのですが、僕には全く分かりません】の応援、本当にありがとうございました!!


ぴん太

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学校一の美少女ピンク髪ギャルが毎日話しかけてくるのですが、僕には理由が全く分かりません ぴん太 @Pinta_Writer

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