#107 卒業式
限りなく青い空…そんな晴れ模様を見上げながら、僕は目的地に向かって歩いている。
その目的地は、自宅近くの最寄り駅。
今日は自転車ではなく、電車で学校に行くつもりだ。
肌に当たる風はまだ少し冬の名残を感じさせるものの、頭上から僕を見つめる太陽は、暖かな光を地上に届けている。
今日は、三月一日。
僕の胸の中では、とうとうこの日が来たという感慨と同時に、「寂しさ」が広がっている。
でも、それはそれで今日しか味わえない感情であると思えば、何だかこの「寂しさ」すらも大切に思えてくるのは不思議な話だ。
ちょうど三年前…といっても厳密には四月だが、初めて星乃海高校に登校をした時のことを僕は思い返す。
…あの時の僕は、一体何を考えていただろうか。
今となってはあの時の気持ちを鮮明に思い出すことはできそうにないが、こんなにも「清々しい」気持ちではなかっただろう。
___この三年間は、僕にとってかけがえのない時間であった。
今の僕なら、声に出して「三年間」をそう定義付けることができる。
いっぱいの感情を胸に抱え、こうして今日まで「歩いてきた」自分を、僕は誇りに思う。
でもそこには、沢山の人の支えがあったことを忘れてはならない。
僕は、その感謝をしっかりと心に刻みながら歩みを進め、最寄り駅へと到着した。
そこからホームで待つこと数分、駅に目的の電車がたどり着いたので、僕は「約束」の一号車に乗り込むことにする。
というのも、つい先ほど約束の相手から一号車に乗っているとの連絡が来たからだ。
一号車の扉が開くと、ちょうど反対側の扉の前に「ピンク髪の女の子」の姿があった。
僕は自然と頬が緩むのを感じながら、その約束の相手の元に移動する。
「姫花おはようっ!」
「朔おはようっ♪」
そうして僕と姫花は、お互いに笑みを浮かべながら朝の挨拶を交わし合った。
そのまま姫花の方をしっかり見つめると、今日が「特別な日」であるということもあり、姫花のヘアアレンジなどに変化が見られる。
普段の姫花と同様、今日の姿も凄く魅力的だと思った僕は、
「今日もとっても可愛いねっ」
と自分の感想を伝えた。
すると、姫花は頬を赤くし、
「ほんとっ?嬉しいっ♪」
と言って、僕の前から真横に立ち位置を移動する。
そして、姫花と肩を触れ合わせていることに胸をドキドキさせていると、
「…いや、ちょっとちょっと!二人の世界に入ってるところ悪いけどボクもいるからねっ!?」
と南さんが僕と姫花にツッコミを入れてきた。
僕はその勢いの良さが面白くて、楽しく笑い声を上げる。
「あははっ!ごめんね南さんっ」
南さんが言うように、僕が電車に乗った時から南さんも姫花と一緒にいた。
僕が姫花に目を奪われたせいで挨拶が遅れてしまったが、忘れていたという訳ではないので安心して欲しい。
「南さんおはようっ」
「おはよう川瀬くんっ」
そして、しっかりと朝の挨拶を南さんとも交わし、僕たち三人は「いつも通り」の会話をし始める。
まるで今日が「最後の登校」だとは思わないほどの雰囲気が広がっているが、なんだかんだそれも「僕たちらしい」感じがして悪くない。
その後も僕たちは、学校の最寄り駅に着くまでの間を楽しんだ。
***
___今日は、星乃海高校の「卒業式」である。
数日前に卒業式の予行練習があり、その時に初めて「もうすぐ卒業か」と意識したばかりだったが、気付けばもう当日を迎えているということに驚きを隠せないでいる。
ただ、どんなものにも「終わり」があるというのが自然の摂理だ。
それに、「終わり」があるからこそ、僕たちはその記憶を「思い出」として大切にすることができる。
つまり、卒業式は「『終わり』という区切りをつける」重要な役割を果たしていると言えよう。
…なんて当たり前のことを考えながら、僕は教室を目指して廊下を一人で歩いているところだ。
一緒に登校をしてきた姫花と南さんだが、二人は玄関前にいた沢山の女の子たちに囲まれてしまったので、こうして別行動をしているという訳である。
今日は卒業式ということもあり、二人は色々な人から声を掛けられて忙しい一日になりそうだ。
そんな予想を頭に浮かべつつ、僕は自分の胸に付いている花の飾りに目を移す。
これは、ついさっき玄関で生徒会の人からもらったものである。
今まではこれを付けた卒業生を遠くから見送るだけであったが、まさか自分がこれを付ける立場になるとは…。
改めて僕は、今日が卒業式ということにびっくりしつつ、三年六組の教室に足を踏み入れる。
そして、後ろの扉近くにいた男子たちと挨拶を交わし、自分の席に移動して荷物を置いていると、
「おっ!朔おはようっ!」
と言いながら、悠斗が前の扉から教室に入ってきた。
「おはよう悠斗っ」
そのまま悠斗は僕の後ろの席に腰を下ろすので、僕も自分の席に座り、悠斗と会話を始める。
ちなみに、今日の座席は出席番号順となっており、いつもの窓際の席ではない。
「あれ?南と愛野さんの二人と一緒に来るって言ってなかったか?」
「えっとね、二人は玄関前でみんなに囲まれてるところだよ」
「なるほどなっ」
「悠斗は今までどこかに行ってたの?」
「おう、ちょうど今さっきまで陸上部のヤツらと話してたんだ」
「そうだったんだっ」
「てかさ、聞いてくれよ朔っ!陸上部にさ、めちゃくちゃ涙脆いヤツがいんだけど、俺があいつらのところに行った時にはもうソイツ泣いてたんだぜっ?まだ式も始まってないのによ、流石に泣くの早過ぎだよなっ!」
「あははっ!それは確かにちょっと早いかもね」
「だろ~っ?」
そこからしばらく二人で談笑した後、僕と悠斗は一輝のところに行こうという話になり、椅子から立ち上がって教室の外へと出た。
すると、廊下に一輝の姿があったので、僕たちは「おはよう」と声を掛けながら一輝の元まで移動をする。
「朔と悠斗か、おはよう」
そこから僕たち三人は、「いよいよ卒業だね」なんてことを言いながら、ちょっとした思い出話に花を咲かせ始めた。
二人と出会ったのは高校三年生の時からだったが、年明けに悠斗と話したこともあったように、もう何年も一緒にいるように感じてしまうのはそれだけ二人との日々が濃密であったからに他ならない。
それは、今も頭の中にある数々の思い出が証明してくれている。
悠斗と一輝…こんなに素敵な人たちと「友だち」になれて、本当に良かった。
これは勝手な僕の想像というか願望だが、二人とはこれからも長い付き合いになるような、そんな予感がしている。
これからの僕たちには、一体どんな楽しいことが待っているのだろう。
僕は、それが今からとっても楽しみだ。
そうして三人で思い出話を続けていると、
「おはよー」
「おはようございますっ」
と言いながら、元山さんと桐谷さんが僕たちの元にやってきた。
また、そこから少しして、
「おーい、みんなーっ」
「何話してるのっ?」
という感じで南さんと姫花も合流し、僕たちは「いつもの七人」で会話を始める。
電車でもそうだったが、仲の良いこの六人と一緒にいると、何だか今日が卒業式じゃないように感じてしまう。
…明日からこの六人と学校で話すことができなくなるというのは凄く残念だ。
しかし、それを残念がるのは今じゃなくても良い。
今は、こうしてみんなと話せているこの時間を、目一杯楽しもう。
そんなことを思いながら、僕は顔を綻ばせる。
その後、ホームルームの時間が近付くまで、僕たち七人はいつも通りの「特別な」日常を過ごした。
***
___卒業生、入場。
体育館の中からそんな声が聞こえきたのと同時に、ゆっくりと列が前へと進み始める。
ホームルームが終わった後、僕たち三年生はクラスごとに整列をし、こうして入場するまで待機をしていた。
「いよいよ本番だなっ」
「そうだねっ」
僕は悠斗と一緒にワクワクした表情を浮かべながら、一歩、また一歩と、少しずつ流れに従って前へと移動する。
そうしてついに三年六組の入場となり、僕たちは四宮先生の「行きましょう」という声に合わせて、体育館の中に足を踏み入れた。
その瞬間、割れんばかりの大きな拍手の音が耳に入ってくる。
そんな在校生からの拍手を全身に浴びつつ、ゆっくりと前に向かって歩いていると、僕は保護者席のところにお父さんとお母さんの姿を見つけた。
二人は僕が見ていることに気付くと手を振ってくれたので、僕も小さく手を振り返す。
今日の朝、僕は二人に見送られながら自宅を出発した。
そのため、二人と会うのはつい先ほど振りなのだが、僕の胸には温かい気持ちがこみ上げている。
それは、二人が僕の卒業式に来てくれているのが心の底から嬉しいからだろう。
ちなみに、ひまちゃんは自分の学校の卒業式に出席しているので、今日もこっちには来ていない。
二次試験の時に続いて、今日も一人だけ別行動のような感じになっていることもあり、昨日の電話ではひまちゃんが落ち込んでしまってちょっぴり大変だった。
「…私もお兄ちゃんに会いたいもんっ」なんて涙声で言われた時は、今から電車に乗ってひまちゃんに会いに行こうかと思ったくらいだが…、卒業したらしばらく向こうのお家に泊まることを僕は伝え、何とか元気になってもらうことに成功した。
しかし、それでも僕の卒業式が見たいという気持ちは変わらないようだったので、そのひまちゃんの願いを叶えるべく、お父さんはその手にビデオカメラを構えている。
僕が二人の姿を見つけて手を振った時も、ばっちりカメラのレンズはこっちを向いていたので、しっかり僕の姿が撮影されていることだろう。
撮られるのは正直めちゃくちゃ恥ずかしかったりもするが、それで可愛い妹の笑顔が見られるのなら甘んじて受け入れるとしよう。
そうして僕たち三年六組は用意された座席まで移動をし、四宮先生の合図で腰を下ろした。
ここからは後のクラスが席に着くのを待ち、開式の言葉から卒業証書授与に入っていくのだが、小学校や中学校とは違い、全員が前に出て卒業証書を受け取る訳ではない。
そのため、あまりやることはないという感じではあるのだが、「いつもの七人」の中で一人だけ「やること」がある人がいる。
それは、姫花のことだ。
卒業証書授与はみんなが一人ずつ前に出て受け取る代わりに、出席番号の最初と最後の人がクラスの代表として前に出ることになっている。
姫花は三年六組の出席番号一番であるため、その役目を担うことになった。
「お礼の順番を間違えたらどうしようっ」と可愛らしい心配事をしていたりはしたが、緊張はしていないとのことだったので、きっと堂々とした姿をこの後見せてくれるはずだ。
それを楽しみにもしつつ、背筋を伸ばして椅子に座っていると、全てのクラスの着席が完了したようで、教頭先生が「全員、起立」と口を開く。
そして、体育館内にいる全員が立ち上がったのを確認した後、教頭先生が続けて開式の言葉を発した。
___これより、星乃海高等学校の卒業式を挙行いたします。
こうして、僕たちの卒業式が始まりを告げた___。
***
「ふぇ~良か”った”ねぇ”~っ」
少し前に卒業式が終わり、僕たちは教室へと戻ってきたのだが、さっきから南さんはずっとこの調子で涙を流している。
南さんが涙脆いことは知っていたが、案の定卒業式に感動したようだ。
今は姫花が「もぅ朱莉ってば、こんなに泣いちゃったらメイク崩れちゃうよっ?」と言いながら背中をさすっており、何だかほっこりするようなやり取りが目の前で繰り広げられている。
僕はその光景を眺めつつ、その隣の方にも視線を向けた。
…実は南さんだけでなく、もう一人卒業式が終わってから涙を流している人がいるのだ。
「良か”った”なぁ”~っ!」
そう、それは悠斗のことである。
「俺は卒業式なんかで絶対泣かないぜっ!」
卒業式が始まる前、悠斗は僕にそう言っていたが、蓋を開けてみればやっぱりこの結果となっており、僕は見事なフラグ回収に思わず笑ってしまう。
悠斗が強がって何かを言った時は、大体それがフラグになったりする…。
これは、悠斗と一年間一緒にいて学んだことだ。
今回もしっかりと「フラグを立てるところ」から「フラグを回収するところ」まで見ることができ、僕は心の中で「さすが悠斗だ」と称賛の言葉を送っておいた。
それにしても、本当に悠斗と南さんは似た者同士だ。
二人にそう伝えたら「「似てないっ!」」と声を揃えて返されそうだが、こうして同じように卒業式で感動している様子を見ると、すっごくお似合いだなぁ~なんて思ったりするのは僕だけではないだろう。
悠斗と南さんは、年が明けてからもこれまで通りの振る舞いを続けているが、時々お互いのことを見つめ合ったりなどして「良い雰囲気」になったりしているのを、僕と姫花は知っている。
今年のバレンタインデーの時なんかは、どう見ても「本命」のチョコを南さんは悠斗に渡していたが、本人はあくまでも「義理チョコ」だと言い張っていた。
悠斗も南さんもいつもはあんなに言い合いをしているのに、いざそういう雰囲気になったりすると急にぎこちなくなるのがとても面白くて、何だか可愛らしい。
ぎこちなくなるという点については自分にブーメランなような気もするが…、とにかくっ、二人は相変わらず「仲良し」と言うことだ。
そして僕は、今も「感涙に咽ぶ」といった様子の悠斗に近付き、
「そろそろ四宮先生が戻ってきちゃうよ」
と声を掛け始めた。
そのまま隣に顔を向けると、姫花が「困った二人なんだからっ」という感じで肩を竦めながら笑みを浮かべていたので、僕も同じような笑みを姫花に向ける。
結局、仲良しペアはもうしばらく涙を流し続けた___。
***
「それじゃあ名前を呼ばれた人から順番に前へ出てきてちょうだいね」
今、教室では卒業証書の受け渡しが行われている。
時間の都合もあり、式の中では全員が卒業証書を受け取ることはできなかったため、こうしてホームルームの時間を使い、担任の先生から改めて一人ずつに受け渡しが行われているという訳である。
順番は一番からの出席番号順であり、早速姫花が前で卒業証書を受け取っているところだ。
その様子を一番前の席から眺めていると、卒業証書を受け取った姫花と目が合った。
クラスの代表の一人として前に出た時は凛々しい表情を浮かべていた姫花だったが、今はその顔に柔らかい笑みを浮かべており、僕はそのギャップに心を奪われる。
二月は二次試験の勉強が忙しかったため、姫花と顔を合わせる機会は少なかった。
だからだろうか、最近の僕は(いや、ずっとかもしれないが…)姫花のことをとっても愛おしく感じてしまう。
それが重過ぎて姫花に引かれるのだけは絶対嫌なので、何とか僕は気持ちを抑え込んではいるが、今も姫花の笑顔を見ただけで胸のドキドキが止まらない。
全く、重症な自分には困ったものだ。
そんなことを考えていると、僕の一つ前の生徒が卒業証書を受け取り終えた。
そして、
「川瀬朔くん」
と四宮先生から名前を呼ばれたので、「はいっ」と返事をしながら僕は席を立ち上がり、教壇の前へと移動をする。
そのまま四宮先生と顔を見合わせると、四宮先生の顔にはいつもの優しい笑みが浮かんでおり、僕も自然と口角が上がった。
「川瀬くん、卒業おめでとう」
…四宮先生とは、一年生の時からの長い付き合いだ。
三年間もお世話になった先生からこうして「おめでとう」という言葉を聞くと、やはり目の奥に熱いものがこみ上げてくる。
そして僕は、これまでの色々な四宮先生との思い出を頭に思い浮かべながら、精一杯の感謝を込めてこう言った。
「ありがとうございます!」
僕のその言葉に、四宮先生は優しく頷きを返してくれる。
そうして僕は四宮先生から卒業証書を受け取り、自分の席に腰を下ろした。
___自分の卒業証書。
僕はじっくりとそれに目を向ける。
卒業証書というのは、自分の三年間の歩みを「証明」するものだ。
それがこうして手元にあるということに、僕は達成感を覚える。
___「無事」に卒業することができた。
その後も僕は、卒業証書を眺めながらその達成感を全身で噛み締めるのだった。
***
最後の生徒に卒業証書が渡った後、四宮先生はみんなの顔を見渡しながらゆっくりとその口を開き始める。
「それじゃあみんな、改めて卒業おめでとう」
僕たち生徒はその言葉に頭を下げる。
「みんなとこうして今日という日を迎えられたこと、私はとても嬉しく思うわ」
そう言いながら、四宮先生はその顔に笑みを浮かべた。
「みんなにとって、この一年間はどうだったかしら?みんながこの一年間を充実したものであったと思ってくれているのなら、このクラスの担任として、これほど嬉しいことはないわ」
そこから四宮先生は、「みんなとの一年間の思い出」を一つずつ話し始める。
僕はそれを聞きながら、自分の頭の中でこの一年間の学校生活を思い浮かべた。
___クラス替えから卒業式。
すると、挙げ出せばきりがないほどの沢山の思い出が、次から次へと僕の頭の中をよぎっていく。
僕はその思い出たちに身を委ねながら、さっき四宮先生が言っていたように、この一年間は本当に充実したものであったと強く思った。
…この一年間の出来事は、これからの僕の人生の中でも一際輝く「大切」な記憶として、僕の頭に残り続けるだろう。
これから先のことはその時になってからしか分からないが、それだけは胸を張って僕には言える。
___いつまでも、いつまでも、この一年間の思い出が色褪せないように。
「この一年間、本当にありがとう」
そして、四宮先生はそう口にしながら頭を下げた。
その瞬間、僕たちは一斉に立ち上がり、四宮先生の近くへ移動する。
「えっ?なに、どうしたのみんな?」
四宮先生は僕たちの突然の行動に驚いた表情を浮かべており、キョロキョロと周りに視線を移す。
いつものクールな様子とは違い、こんなにびっくりしている四宮先生は滅多に見られない。
僕たちはそんな四宮先生の珍しい様子に、思わず笑みが浮かんだ。
そうして、四宮先生の周りに全員が集まった後、
「四宮先生っ!俺たちから先生に渡したいものがあります!」
と、悠斗がクラスを代表してそんな言葉を発した。
その言葉を合図に、僕と姫花、南さんの三人は、用意していたプレゼントをそれぞれ目の前に出す。
そのプレゼントというのは、四宮先生への感謝を綴った色紙と花束、そしてボールペンの三つだ。
どれもクラスのみんなで事前に話し合い、お金を出し合って購入したものである。
「この一年間、四宮先生には毎日の学校生活から数学の授業、それに進路のことにいたるまで、本当にお世話になりました!これは、俺たちからの感謝の気持ちです!良かったら受け取ってください!」
悠斗がそう四宮先生に伝えたのを聞いた僕と姫花と南さんは、
「「「ありがとうございましたっ!」」」
と感謝を告げながら、四宮先生にそのプレゼントを手渡す。
そんな僕たち生徒からのサプライズに、四宮先生は「ありがとう…っ」と少し声を震わせながら、そのプレゼントを受け取ってくれた。
「…こんなに素敵なものをみんなからもらえるなんて、ふふっ、何だかうまく言葉が出てこないわね」
僕たちからのプレゼントを見つめながら、四宮先生はそんな感想を溢す。
やはりその声は少し「涙声」になっており、瞳もどこか潤んでいるような感じだ。
その様子につられて、生徒からも鼻をすするような音が聞こえてくる。
そして四宮先生は、「一つだけわがままを言っても良いかしら?」と僕たちに尋ねてきた。
それに僕たちが頷きを返すと、四宮先生はこんなことを話し始めるのだった___。
「最初にも伝えたけれど、私はみんなの担任として、みんなが卒業することを本当に嬉しく思っているわ。それは嘘偽りのない、私の本心よ。でも、みんなの担任じゃなくて、四宮恵美としての気持ちを言うなら…、やっぱりみんなが卒業するのはとても『寂しい』わ。私は、もっとみんなと会って話して、これまでのような時間を過ごしたい…それだけみんなと過ごしたこの一年間は、私にとってかけがえのないものだったから。本当は明日からもみんなと教室で会って話したいけれど、それが無茶なお願いだってことは分かっているわ。だから、これから新たな一歩を踏み出すみんなに、一つだけちょっとしたわがままを言わせてちょうだい。…これからも、たまにで良いから私に元気な姿を見せに来て。そして、みんなの話を私に聞かせて欲しいの。私はいつでもここで、みんなに会うことができるのを楽しみにしているわ」
___みんな、約束よ。
そう言葉を紡いだ四宮先生の目からは、ポロポロと涙がこぼれ始める。
本当に、本当に、四宮先生がこのクラスの担任で良かった。
それはいつも感じていたことではあるのだが、改めて僕はそんな感謝が胸の奥から溢れてくる。
確かに僕たちは今日を最後にこの学校を旅立つが、だからといって、四宮先生との縁も同時に消えてなくなるという訳では決してない。
この先何かあっても、ここに来れば四宮先生が僕たちを出迎えてくれる。
僕たちにとって、それほど心強くて嬉しいことはない。
きっと四宮先生なら、いつものように「頼りがいのある笑み」を浮かべながら、僕たちの支えになってくれるはずだ。
そんなことを思っていると、僕は四宮先生と目が合った。
四宮先生は、涙を流しながらも僕に嬉しそうな笑みを向けてくれている。
だから僕も、同じように笑みを返した。
こうして高校生活最後のホームルームは、笑顔で終わりを迎えたのだった。
***
僕は今、星乃海高校の「屋上」にいる。
どうして屋上にいるのかというと、姫花との「約束」を果たすためだ。
去年の花火大会の日、僕は姫花に「自分の気持ちを伝えること」を約束した。
『三月の卒業式。その式が終わった後、僕に時間をくれませんか?』
僕の心臓は既にドキドキと大きな緊張のリズムを刻んでいるものの、それと同時にとっても温かい気持ちが全身に広がっている。
ちなみに今、屋上に姫花の姿はない。
ホームルームが終わった後、姫花は朝と同じように沢山の生徒に声を掛けられていた。
そのため、現在姫花はみんなとの用事を済ませているところである。
かくいう僕も、今さっきまでの間は他の生徒たちと話したり写真を撮ったりしていた。
学校で会うのが今日で最後ということもあり、沢山の人が声を掛けてくれたのは本当に嬉しい限りだ。
中でも、去年同じクラスであった坂本くんが声を掛けてくれたのは本当に嬉しかった。
お互いに「卒業おめでとう」と言葉を交わし、一緒に写真を撮ったのは今日の大切な思い出である。
以前の僕がそれを知ったら、きっと信じられないというような顔を浮かべるだろう。
それが簡単に想像できてしまったことが面白くて、僕は自分のことながらクスっと笑みが浮かんだ。
そして僕は、ちょうど今やってきたばかりの屋上をぐるっと見渡してみる。
屋上には初めてきたが、とても静かな雰囲気で中々良い場所であるように思う。
本来、この屋上は生徒に開放はされていない(部活動では普通に使われているらしい)のだが、今回は四宮先生に無理を言って、少しだけこの屋上を使わせてもらうことにした。
実は最初、僕は裏庭で想いを伝えようかなと思っていたのだが、二年の夏休み前に、姫花が裏庭で先輩からの告白を受けていたことを僕は思い出したのだ。
あの時姫花は、先輩に手を掴まれて怖い目に遭った…。
僕が気にし過ぎているだけかもしれないが、同じように裏庭で告白をした時に、僕は姫花があの時のことを思い出してしまうかもしれないと思ったのである。
だから僕は、裏庭から場所を変え、屋上で告白をすることに決めた。
…屋上は基本閉まっているということもあり、人が来ることもないのでしっかりと姫花に気持ちを伝えることができる。
選択理由はかなりざっくりとした感じだが、今はまだまだ校舎や玄関に沢山の生徒がいるので、案外良い場所を選択したのではないかとほんの少しだけ自画自賛しているところだ。
ただ、やはり「何もなし」でここを使わせてもらえたという訳ではなく、僕は対価として四宮先生に「羞恥心」を差し出した。
つい先ほど、僕はこの屋上の鍵を四宮先生から受け取ったのだが、四宮先生は僕にこう言ったのである。
「ふふっ、うまくいくといいわね。応援しているわ」
それを聞いた僕の顔は、間違いなく真っ赤になっていただろう。
…そう、四宮先生は、僕が姫花に告白をするということに気付いていたのだ。
あの時のことを思い返すだけでまた恥ずかしくなってきたりもするが、その羞恥心のおかげ?で僕はこうして屋上を使わせてもらうことができているため、何とも複雑な心持ちである。
あの時のニマニマした表情を浮かべた四宮先生の顔を、僕はずっと忘れないだろう。
そんなことを思いつつ、鍵を返す時にも何かありそうだなぁなんてことを考えて苦笑していると、ガチャッと屋上の扉が開き、姫花が僕のところに駆け寄ってきた。
「ごめん朔っ、少し待たせちゃった?」
「ううん、僕も今来たところだよ。みんなとの用事は済んだの?」
「うんっ!朔も用事は済んだっ?」
「うん、済んだよ」
そして、その後いくつか会話を交わし終えると、屋上には「静寂」が訪れ始める。
しかし、そこに気まずさなどは全くなく、僕は「心地良さ」を覚えた。
___まるで二人だけの世界にいるような、そんな特別な感覚。
僕はそんな感覚に身を委ねながら、姫花のことをしっかりと見つめる。
すると、姫花も僕のことを真っ直ぐ見つめてきており、その瞳には大きな「期待」が浮かんでいた。
(ついに、この時が来た…)
そうして僕は、姫花にも聞こえているんじゃないかと錯覚するほどに自分の心臓をうるさく鳴らしながら、ゆっくりとこう話し始めた。
「姫花っ、えと、まずは僕に時間をくれて、本当にありがとう」
僕がそう言うと、姫花は「どういたしましてっ♪」と笑顔を見せる。
「それと、今日まで待たせちゃって本当にごめんね」
花火大会の日、姫花は「大丈夫」だと言ってくれたものの、姫花への返事を先延ばしにしたことには変わりないため、僕は再び謝罪を口にした。
そうすると、姫花はあの時と同じく、
「全然大丈夫だよっ♪」
と僕に返事をしてくれた。
僕はそんな姫花の優しさに頬を緩める。
そして僕は、姫花に「感謝」を伝え始めた。
それは、この一年間いつも僕の心に寄り添ってくれた姫花に対する、溢れるほどの大きな「感謝」だ。
「この一年、本当に色々なことがあったよね。クラス替えから今日の卒業式まで、思い返すのはいくら時間があっても足りないってくらい、僕の胸の中は思い出でいっぱいだよ。…僕はね、今の自分自身が夢でも見てるんじゃないかって、最近は毎日思うんだ。それほどまでにこの一年は幸せで、夢のような日々だったから…。それでね、そんな特別な時間を僕にくれたのは、他の誰でもない、姫花なんだよ」
「朔…」
「あの日…病院の屋上で、僕は姫花から『生きる理由』と『前を向く希望』をもらった。もし姫花がいなかったら、僕はきっとこの特別な時間を過ごすことはできなかったと思う」
今、姫花に言った言葉は、僕の心の底からの本音だ。
あの日、姫花が僕を止めてくれていなければ、きっと僕は死を選んでいた。
深くて、暗くて、真っ暗で、先の見えない闇の中___。
姫花は、そんな「どうすることもできない」状況から、僕を救い出してくれた。
「姫花がいたから、僕は前を向くことができた。姫花がいたから、僕はここまで来ることができた。僕が今日、こうして卒業式を迎えることができているのは、姫花のおかげだよ。だからね…」
そして僕は、自分の顔に笑みを浮かべながら姫花にこう伝えた。
「姫花、いつも僕と一緒にいてくれて、本当にありがとう!」
あの日、姫花は『私はいつも一緒にいるよっ』と僕に言ってくれた。
その言葉通り、大切な思い出の中にはいつも僕の隣に姫花の姿がある。
楽しい時、嬉しい時、幸せな時…、どんな時でも僕の隣にいてくれた姫花。
本当に、姫花には感謝してもしきれない。
そのまま僕は、瞳を潤ませながら嬉しそうな表情を浮かべている姫花にこう口を開く。
「それでね、いつも一緒にいてくれた姫花に、今から伝えたいことがあります」
僕はこの一年で、本当に大きく成長することができたと実感している。
「友だち」のこと、「家族」のこと、そして、自分の「これから」のこと…。
それは全部、これまでの自分が拒絶し、「どうでもいい」と思っていたものだ。
しかし、僕は姫花から「前を向く」勇気をもらったことで、一度は捨ててしまったその「大切」なものを、この一年で再び拾い上げることができた。
そのため、今の僕は胸を張ってこう言うことができる。
___僕は「前を向く」ことができた。
自分自身がそう思えるまでに、一年という時間を掛けてしまった。
だからこそ、待たせてしまった分の気持ちも全部込めて、僕は今から姫花にこの想いを届けようと思っている。
「はい…っ」
そうして僕は、目の前にいる大切な女の子に向けて、こう言葉を紡いだ___。
「愛野姫花さん、僕はあなたのことが好きです」
僕がそう言った瞬間、姫花が僕の胸に飛び込んでくる。
「私も…っ、私も好きっ!大好きっ!」
そのまま姫花が幸せそうに涙を流しながら僕に抱き着いてきたので、僕もそんな姫花のことを抱き締め返した。
そこから僕たちは、「好き」という気持ちが通じ合ったことの喜びを噛み締めながら、お互いの「温もり」にその身を委ねる。
…いつまでもこうしていたい。
今、僕の胸の内からは姫花への「愛情」が止めどなく溢れ出しており、僕はこれ以上ないくらいの幸せを感じている。
まさか僕が、こんなにも誰かを好きになるなんて思いもしなかった。
___大切で、愛おしくて、これからも一緒にいたいと思える女の子。
姫花には、いつも僕の隣で笑っていて欲しい。
そんなことを想いながら、僕は後ろに回した腕にぎゅっと優しく力を込めた。
すると、姫花は「えへへっ♪」といつもの咲き誇るような笑みを浮かべ、
「…朔っ、私ね、今とっても幸せだよっ」
と、僕に今の気持ちを伝えてくれる。
「僕もとっても幸せだよっ」
だから僕も、今の真っ直ぐな気持ちを姫花に返した。
そのまま僕たちは、「幸せ」な笑みを交わし合う。
___これから先、僕はこの笑顔に何度胸を高鳴らせるのだろう。
そんな幸せな想像を頭に浮かべると、自然とこんな言葉が口から出てきた。
「姫花、これからもずっと、僕と一緒にいてくれる?」
これまでも、これからも、姫花とずっと一緒にいたい。
ここから先、大変なことも沢山あるだろう。
それに、喧嘩や言い合いをしちゃったりして、気まずくなっちゃうなんてこともあるかもしれない。
…でもそれ以上に、姫花との毎日はきっと素敵なものであるに違いない。
僕はそう確信している。
そして、姫花は僕のそんなお願いを聞き、「うんっ!」と大きく頷いてくれた。
___これからも、ずっと朔と一緒にいるよっ♪
学校で初めて姫花を見た時、僕は絶対に関わることはないと思っていた。
みんなから注目を集める、学校一の美少女。
「影」の僕と「光」の彼女とでは、住む世界が違う___。
そんなことを思っていたのに、今はこうして「同じ想い」を通わせている。
笑って、泣いて、楽しんで、悲しんで、喜んで、悔やんで…。
姫花と二人で過ごし、想いを深め合った「これまで」は、僕の大切な「宝物」だ。
「これから」も…そんな「想い」に溢れた時間を、二人で過ごせたら良いな。
「姫花、大好きだよ」
「朔、大好きっ」
そのまま僕たちは、「愛情」に導かれるままにゆっくりと目を閉じ、お互いに顔を近付ける。
そうして僕と姫花は、暖かな光が照らす学校の屋上で「口づけ」を交わしたのだった___。
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