第十三章 三年生編 三学期

#106 受験







 まだ完全に日が昇っておらず、外が僅かに薄暗さを残している冬の朝。

 僕は窓からその光景を視界に入れながら、グッと伸びをして大きく深呼吸をする。

 昨日の夜は早めに眠りに付いたということもあり、体の調子はまさに「快調」という感じだ。

 この二ヶ月は健康でいることを心掛けていたものの、実際こうして元気に今日を迎えられたということに、僕はひとまずの安堵をする。

 そして、次第に目がぱっちりと冴えてきた僕は、ここからの予定に向けて朝の準備を始めることにした。




___そう、今日は、「帝東大学」の二次試験が始まる日である。










***










___新年を終えた後の生活は、本当に目まぐるしいという言葉に尽きるものだったと僕は振り返る。


 姫花たちと初詣に行ってからの残りの冬休みは、ただひたすら受験勉強に取り組んだ。

 というのも、三学期が始まって二週間もすれば、「大学入学共通テスト」が控えていたからである。

 これまでも受験勉強には日々取り組んでいたが、わずかに心の片隅では「まだ時間があるから」と余裕を持っていた自分がいた。

 しかし、年が明けたことによって「受験はもうすぐだ」という事実をひしひしと肌で感じるようになり、僕の中に確かな「緊張感」というものが生まれ始めた。


 僕はその時に初めて、自分が本当の意味で「受験生」になれたと感じている。


 この感覚は人によってそれぞれだと思うが、間違いなくそこから僕の熱量は一層高まったと言えよう。

 そして冬休みが終わり、三学期が始まったのだが、生活の感じは冬休みの時とあまり変わらなかった。

 午前中は学校で共通テストの過去問を解き、お昼で学校が放課後を迎えた後は学校や自宅で自習をする。

 そんなサイクルが二週間ほど続いた。

 この期間は本当にあっという間だったという印象が強いが、それでもこの二週間という時間の密度はとても濃かったと僕は感じている。


 そうして、僕は、いや僕たちはついに大学入学共通テストを迎えた。


 その時の自分を一言で表すとしたら、「いつも通り」だろうか。

 共通テストの結果によっては自分の進路を変えないといけない…、確かにそんな不安感というのも少しは感じていたが、僕はそれ以上に「ワクワク」していた。

 その気持ちは、東大の二次試験を受けるとなった今でも変わっていない。

 僕は、絶対に合格するという思いを持っていつも勉強に取り組んできたつもりだ。

 だからこそ、できるだけのことはやったという「確かな自信」が僕の中にはあった。

 自分の「これまで」の成果を発揮する場というのは、多いようで意外と多くはない。

 そのため、僕はどうせなら「受験」という貴重な体験を楽しもうと思った訳である。


 そんな感じで朝からワクワクしながら共通テストの試験会場となっている「とある大学」に向かい、僕は見知った「二人」に大学前で出迎えられた。


 その二人とは、柄本さんと深森さんのことである。

 ちなみに、どうしてその二人が共通テストの当日に大学前にいたのかというと、それは試験会場が二人の通っている大学であったからだ。

 柄本さんは、試験会場が自分の通っている大学であることを知り、当日は深森さんと一緒に応援に行くと少し前から言ってくれていた。

 もちろんその言葉を疑っていたつもりはないが、大学の前で二人の姿を見つけた時は、嬉しくて自然と頬が緩んだのを覚えている。


 そうして僕は、二人からの応援をしっかりと胸に刻み、共通テストへと臨んだ。


 それは次の日も合わせて二日間実施されたのだが、僕は両日共に自分の実力を十分発揮できたと思っている。

 実際、共通テスト後の自己採点の結果は自分の納得のいくものであり、「これなら自信を持って東大に挑戦できる」と喜びを噛み締めたのは記憶に新しい。


 その後、僕は四宮先生と「最後の面談」を行い、変わらず「帝東大学」を受験することを四宮先生に伝えた。


「川瀬くんなら『絶対に』合格することができるわ」


 僕はその面談で、四宮先生からそんな嬉しい言葉を掛けてもらった。

 これまでも沢山力になるような言葉を掛けてもらってはいたが、「絶対」と四宮先生が口にしたのは初めてのことである。


 …一年前の進路希望調査の時から、四宮先生は僕の勉強を手厚くサポートしてくれた。


 そんな頼りになる先生が、僕の合格を信じてくれているのだ…、これまでお世話になった身として、胸が熱くならないなんてことはあるはずもない。


 そして、そこから僕の二次試験に向けた毎日が始まった。


 共通テストが終わった後から、星乃海高校の三年生は自由登校の期間となり、これまでのように朝から学校へと向かう必要はなくなった。

 しかし、僕は「いつも通りの時間」に学校へと向かい、自分の勉強に励んだ。

 その理由は、もし分からないところがあった場合でも、学校で勉強をしておけばすぐに先生たちに質問をすることができるからである。

 それに、学校に行ったら勉強をすると「決めておく」ことで、勉強が習慣付き、中弛みを防ぐことができるというメリットもあるからだ。


 そんなこんなで勉強の毎日を過ごしていた僕だが、そんな僕には毎日の「楽しみ」があった。


 その「楽しみ」とは、毎日寝る前に姫花と電話をすることである。

 日中はそれぞれの「やること」に全力で取り組み、夜にその日のことを報告し合う。

 何時間も勉強をした後でも、姫花と話すと自然に体力が回復し、「明日もがんばろう」という気持ちになるのは、それだけ姫花とのやり取りが僕にとって楽しいものであったからだろう。

 共通テストが終わってからはアルバイトの数を減らし、後半は二次試験が終わるまで休みをもらっていたので、人と話すということはほとんどなかった。

 なんだかんだそれにちょっとだけ「寂しさ」を感じていたこともあり、姫花とのその時間は日々の「癒し」だったと言えよう。

 それに、バレンタインデーの日は姫花と南さん、それに悠斗も学校に来て、四人しかいない教室でちょっとしたお菓子パーティーを開催した。

 もちろん四宮先生には許可をもらっていたし、何なら途中から四宮先生も参加して五人になっていたが…、そんな楽しいイベントもあったことで、僕はこの日々が「充実していた」と感じている。




 今日までのそんな目まぐるしい毎日を思い返し、感慨にも似た感情を抱きながら、僕は朝食を食べ進めていく。

 この後は早速二次試験の試験会場である帝東大学に向かうのだが、なんとその迎えに進さんと日奈子さんが来てくれることになっている。

 最初は電車で向かおうかなと考えていたのだが、進さんが「大学まで朔を送らせてくれないかい?」と提案してくれたので、僕は迎えをお願いすることにした。

 もう少ししたらその約束の時間となり、進さんと日奈子さんが家に来るだろう。


 そうして朝食を食べ終わり、後は二人が来るのを待つだけだと思ったところで、僕のスマホに着信が入った。

 その相手は姫花であり、僕はすぐに応答ボタンを押して電話に出る。


『もしもしっ』


「もしもし、おはよう姫花」


『おはよう朔っ♪今大丈夫っ?』


「うん、大丈夫だよ」


『えっとね、朔は今日から二次試験が始まるでしょ?だから少しでも応援できたらなぁ~って思って電話したのっ』


 どうやら姫花は、僕を応援するために朝からこんな嬉しい電話を掛けてくれたらしい。


 姫花は、僕が東大に合格することを誰よりも応援してくれている。


 姫花のその応援が、今日までの僕にどれほどの力を与えてくれたかは計り知れない。

 ここまで来ることができたのは、本当に姫花がいてくれたおかげだ。

 そして今も、こうして朝の早い時間から僕に元気と力を届けてくれている。


「姫花、僕とっても嬉しいよっ」


 僕のそんな感謝や想いを乗せた言葉を聞いた姫花からは、『えへへっ♪』とくすぐったそうに笑う声が聞こえてきた。

 声からでも分かる姫花の可愛らしい様子に、僕の胸はポカポカとし始める。


___そうして姫花は、これから二次試験に向かう僕に向けて、しっかりと応援の言葉を届けてくれた。


『朔っ、がんばれっ!!』


 大好きな女の子からの応援を受け取った僕は、「絶対」に合格してみせると強く自分に言い聞かせる。


「ありがとうっ!」


 そこから僕と姫花は、そんな束の間の通話を楽しんだ。










***










「進さん、日奈子さん、今日は本当にありがとうっ」


 僕は今、進さんが運転をする車の後部座席に座っている。

 姫花と電話を終えて少しすると、進さんの車が自宅に到着し、僕は荷物を持って外へと出た。

 そのまま僕はその車へと乗り込み、ついさっき自宅から東大に向けて出発をしたという訳である。

 そして、二人に簡単な挨拶を済ませた後、僕は今日ここまで迎えに来てくれた二人に感謝の気持ちを伝えた。

 僕からの言葉を聞いた二人は、「どういたしまして」と返事をし、優しい微笑みを返してくれる。


 帝東大学の二次試験は、共通テストと同様、二日間掛けて実施される予定だ。


 そのため、進さんたちは今日だけでなく、明日も迎えに来てくれることになっている。

 それに、行きだけでなく帰りも二人が迎えに来てくれるため、僕は本当に頭が上がらない。

 進さんたちは、僕が起きるよりもずっと前から自宅を出発し、こうして僕の元まで来てくれている。

 しかも、今日も明日も平日であるため、三者面談の時のように進さんは仕事を休んでまで僕の送り迎えをしてくれているのだろう。

 進さんから提案を受けた時、僕の中に「二人に迷惑は掛けられない」と思う自分がいたのは確かだ。

 しかし、僕はその提案を受け入れた。


 それは、二人が来てくれると聞いてとっても嬉しかったからだ。


 「家族」が僕のために行動をしてくれるなんて、こんなに幸せなことはない。


 だから僕は、二人の想いや優しさに応えるようにこう口を開いた。


「今日と明日の二日間、よろしくお願いします」




 その後、東大に到着するまでの間は、学校があるためにこっちへ来ることができなかったことを残念そうにしていたひまちゃんの話や、この二ヶ月にあった思い出話で盛り上がり、僕は向こうの家にいる時のような感じでリラックスすることができた。










 そうしてついに、進さんが運転をする車は東大の近くにたどり着いた。


「朔、到着だよ」


 進さんから到着の声を聞き、「これから試験が始まるんだ」という気持ちが胸に広がり始める。


 …僕は、今日この日のために、沢山勉強に取り組んできた。


 今日は、今までの「全て」をぶつけて、東大の合格を掴んでみせる。


 僕がそんなやる気に満ち溢れていると、「朔くん」と言いながら日奈子さんが「約束のもの」を手渡してくれた。


「日奈子さんありがとうっ!」


 それは、日奈子さんが作ってくれた「お弁当」である。

 少し前だが、二次試験のことを二人に伝えた時に、日奈子さんが「お弁当を作ってあげるね」と言ってくれたのだ。

 昨日、中身は何が良いかと日奈子さんに聞かれたので、僕は好きなものをいっぱい答えておいた。

 きっとこのお弁当の中身は、胸躍るものとなっているに違いない。

 お昼にこのお弁当を食べるのが、今から本当に楽しみだ。


 そして、日奈子さんからお弁当を受け取り、帰りの時間などの必要な会話を済ませた後、僕は車の扉を開いた。


 すると、二人から「いってらっしゃい」という優しい声が掛けられ、僕は自分の胸を温かくさせる。


 やっぱり、今日は二人にここまで送ってもらえて本当に良かった。


 二人のおかげで、僕の心はこんなにも「がんばるぞ!」という気持ちで溢れている。




___よしっ、行こう!




 僕は、自分の中でそう気合いを入れ、前にいる「大切」な二人にこう伝えた。




「いってきますっ、お父さん、お母さん!」




 僕のいきなりの言葉に、二人は珍しく目を丸くして驚いた表情を浮かべている。

 僕はそれに笑みを溢しながら、車の外に出て、試験会場へ向かい始めた。


___僕を「養子」として受け入れてくれて、本当にありがとう。


___二人がいたから、僕はこうして自分の未来に向かうことができているよ。


___僕、がんばるからね、お父さん、お母さん。




 僕は、自分のことを本当の「家族」として受け入れてくれた二人に、これからはいっぱい「恩返し」ができたら良いなぁなんて、心の底からそう想うのだった___。










☆☆☆










「日奈子、悪いけど少しだけ運転を変わってもらっても良いかい?」


「ふふっ、進さんってば本当に涙脆いんだから」


「朔が私たちのことを『家族』として認めてくれたんだ、こんなに嬉しいことはないよ」


「朔くん、合格できると良いわね」


「朔ならきっと合格してみせるさ。だって、朔は兄さんと咲希さん、それに私と日奈子の『自慢の息子』なのだから」


「えぇ、そうね」


 そうして私と日奈子は、この一年でとっても立派に成長した「子ども」の背中を見つめた。


___がんばれ、朔。


___がんばれ、朔くん。






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