#105 新年







「おっす朔!明けましておめでとうだな!」


「明けましておめでとう悠斗っ」


 今日は一月一日。

 色々なことがあった去年が終わりを迎え、今日からまた新しい一年が始まろうとしている。

 そして現在、時刻は十時頃、僕は電車へと乗り込み、初詣のために姫花と南さんの元へと向かっているところだ。


 昨日の夜…といっても日付が変わった十二時頃だったが、僕、姫花、悠斗、南さんの四人はグループ通話をしていた。


 そこで、お互いに新年の挨拶を交わし合った後、


「みんなで初詣に行こうぜ!」


 と、悠斗が初詣の提案をしたのである。

 もちろん僕と姫花と南さんに断る理由などないので、僕たちはそれに頷きを返し、四人で初詣に行くことになったという訳だ。

 場所は去年と同じ神社に決まり、僕と悠斗はこうして姫花と南さんの最寄り駅を目指している。


「てかよ、去年三人で初詣に行くってなった時に俺も誘っといてくれよな~」


「いやいや、その時はまだ僕も姫花も悠斗と会ってないからねっ?」


「…そうだった、はははっ!朔とは何年も一緒にいるような気になってたぜっ」


「それ、何か分かるかもっ」


「まぁ去年はなんだかんだずっと一緒につるんでたもんなっ」


「確かにそうだね、あははっ」


 悠斗が言うように、僕も悠斗とはもう何年も一緒にいるような感じがしている。

 それほどまでに、去年の学校生活は濃密な時間だった。

 僕は、そんな風に思える友人と新しい一年を迎えることができて、嬉しい気持ちでいっぱいである。


「今年もよろしくね、悠斗」


「おう、よろしくなっ!」


 そうして僕たちは、お互いに笑みを交わし合った。


 その後は、「と、ところでさ…」と悠斗が少し小さい声で、


「去年の初詣の時の南ってどんな感じだった…?」


 と頬を掻きながら聞いてきたので、僕は去年の南さんの様子を悠斗に伝え始める。

 特に悠斗は、南さんが着物を着ていたという話が気になっているようだ。

 今回の初詣は、夜に行こうと決めたということもあり、姫花と南さんは私服で来ると言っていた。

 それに対し、悠斗は「準備にも時間が掛かるしなっ」と電話では気にしていない様子だったが、なんだかんだ「南さんの着物姿」が見たかったのかもしれない(いや、多分そうだと思う)。


 悠斗は南さんのことが…。


 これはきっと間違いないが、悠斗本人が口では「ち、ちげーし!」と否定をしているので、そこを無理やり深掘りするつもりはない。

 ただ、勝手ながら「応援」はさせていただこうという心づもりではいるので、


「姫花にその時の写真があるか聞いてみる?」


 と僕は悠斗に問い掛けた。

 姫花もまた、僕と同じように二人のことを応援したい立場にいる「仲間」なので、きっと協力をしてくれるだろう。


「…ま、まじかっ!」


 悠斗は、僕の言葉にパッと嬉しそうな表情を見せたが、


「い、いやっ、まぁ別に?南の着物姿がどうしても見たいって訳じゃないけどなっ?去年は着物を着たっていうからほんのちょっと気になっただけっつうか?」


 と早口で言いながら、悠斗は「たまたま気になっただけ」というスタンスを強調する。

 しかし、僕にはそれが照れ隠しだと分かっているため、相変わらずな悠斗の様子にフッと笑みがこぼれた。

 すると、僕が楽しそうな表情を浮かべたことに恥ずかしくなったのだろう、悠斗は「は、朔はどうなんだよっ?」と姫花の話題を出し始める。


 そうして僕たちは、電車が目的地に到着するまでの間、そのまま「男子トーク」に花を咲かせた。










***










 電車が目的地に到着し、例の公園で姫花と南さんの二人と合流を果たした後、僕たちは神社に向けて歩き始めた。

 並び順は、夏の花火大会の時のように前が悠斗と南さん、後ろが僕と姫花のいつもの並びである。


「はぁ~可愛過ぎる…っ。日葵ちゃんってやっぱり『天使』さんなのかもっ」




___今朝、電車に乗ってここに来る前のことだが、僕は進さんたちに電話をした。


 新年を迎えた時も進さんたちとは新年の挨拶を交わしたが、改めて今年もお世話になりますということを伝えようと思い、僕は電話を掛けることにしたのだ。


 その電話の時に、僕は進さんと日奈子さんの二人と話すことはできたが、ひまちゃんとは話すことができなかった。


 理由はとってもシンプルで、ひまちゃんがまだ寝ていたからである。


 しかし、「もしかしたらひまちゃんはまだ寝ているかもしれないな」と予想もしていたので、初詣から帰ってきた時にでもひまちゃんに電話をしようと僕は決め、二人に今日の予定などを話した後、その電話を終えたのだった。


 そして、そこから数分後、日奈子さんから一枚の画像が送られてきた。


 「何だろう?」と思いその画像を確認してみると、そこに映っていたのは「気持ち良さそうな表情で眠るひまちゃん」だった。


 …それがあまりにも尊くて、三回も保存ボタンを押したのは内緒の話だ。


 場所はリビングのソファであるため、少し前に日奈子さんによって撮影されたものだろう。

 お詫び…というのも変な話だが、ひまちゃんと電話ができなかった「代わり」として日奈子さんがこの画像を送ってくれたというのはすぐに分かった。


(「ひまちゃんが寝ている」という状況に合わせて、ちゃんと「ひまちゃんが寝ている」画像を送ってくれるなんて…さすが日奈子さんだ)


 その後は、「お宝写真」を送ってくれた日奈子さんに感謝のメッセージを送り、ホクホク顔で僕は駅へと向かったのだった。




 そして今、僕は「ひまちゃんの尊さ」を姫花にも共有したくなり、ちょうどその画像を姫花へと見せたという訳だ。

 案の定、姫花もひまちゃんの可愛さに「やられた」様子で、何度も「可愛い」と口にしている。

 姫花もさっき言っていたが、もしかしたら本当に僕の妹は「天使」なのかもしれない。

 自分の大切な妹という贔屓目を抜きにしても、ひまちゃんの可愛さはまさに天使級である。

 …正直自分が何を言っているのかは自分でもよく分かっていないが、若干僕の様子がおかしくなるほど、ひまちゃんの寝顔の破壊力は絶大ということだ。


 そんな「天使」の姿に口元を緩めていると、姫花は「ふふっ」と楽しそうに笑い始める。


「朔、今すっごく『お兄ちゃん』の顔になってるよっ♪」


 姫花のその言葉に僕は気恥ずかしさを感じるものの、僕がひまちゃんにメロメロなのは今に始まったことではないので、


「でしょ?」


 と言いながら僕は笑みを浮かべた。


 そこから僕と姫花は、更にひまちゃんの話で盛り上がりを見せ、余すところなく「ひまちゃんの尊さ」を共有し合った。


 …ちなみに、今日の「お宝画像」は「お姉ちゃん」にもしっかりと送っておいた。




 そうしてしばらく歩き、目的の神社に到着した僕たちは、賑わいを見せている目の前の光景に視線を移す。


「流石に一日だから人がいっぱいだねーっ」


 前回やってきた時もそれなりに多くの人が集まっていた印象だったが、今回の賑わいはそれ以上だ。


「おっ、出店があるな!何食べるか迷うぜっ」


「もぉ~北見ってば、ここにはお参りに来たんだからねっ?」


「分かってるって!」


 そのまま「お正月」の雰囲気を全身で感じ取っていると、悠斗と南さんがいつも通り過ぎるやり取りを始め出した。

 一周回ってもはや「親子のような会話」にも聞こえる二人のそのやり取りに、僕はクスっと笑みを浮かべる。

 そうして「仲良しだなぁ~」なんてことを二人に対して思っていると、


「ねぇ朔っ」


 と姫花が声を掛けてきた。


「どうしたの、姫花っ?」


 僕はそんな返事をしながら顔を横に向け、姫花に真っ直ぐ視線を向ける。

 すると、姫花は頬を少し赤くさせ、もじもじとした様子を浮かべ始めた。


 僕は、姫花のこの様子が何なのかを知っている。


 これは、姫花が僕に何かを「お願い」したい時に浮かべる様子だ。

 間違いじゃなければ、この後の姫花の発言には僕へのお願いが含まれているだろう。


 そして、案の定と言ったところか、姫花が僕に伝えてきたのはこんな言葉であった。


「人が沢山いるから、はぐれちゃうかもしれない…よねっ?」


 そのまま姫花は、上目遣いに僕を見つめてくる。


 僕は、姫花のその「お願い」が何なのかをすぐに理解し、優しく姫花の手を取った。


「それじゃあ、はぐれないようにしないとねっ」


 そうして、僕がそう言いながら笑顔を浮かべると、


「うんっ♪」


 と姫花は頷き、嬉しそうに指を絡ませてきた。


 その顔には、本当に嬉しそうな笑顔が咲き誇っている。




___ここにも可愛過ぎる「天使」がいるなぁ。




 僕は、そんな姫花の表情を見て、心の中でそんなことを強く思うのだった___。










***










 境内の中に歩みを進め、参拝者の列に並ぶことしばらく、遂に僕たちのお参りの順番がやってきた。

 そのため、僕と姫花はお参りをするべく一旦お互いの手を離すことにする。

 その様子を横からニヤァ~とした笑みを浮かべた二人に見られている、いやガン見されているような気もするが、二人は僕と姫花が手を繋いでいることに気付いてからずっとこの調子なので、僕は気にしないようにした。


 そして、僕たち四人は横一列に並んだ後、お賽銭を入れてお参りを始める。


 二礼二拍手。


 僕はそっと目を瞑り、自分がどこの誰であるのかを神様に告げ、無事に今年を迎えられたことに対する感謝を伝えた。


(神様、去年は一年間ありがとうございました)


 去年は怪我や病気をすることもなく、本当に素敵な一年を過ごすことができた。

 神様が少しでも僕のことを見守ってくれていたのかなぁなんてことを考えると、僕は何だかちょっぴり嬉しくなる。


 そんな気持ちを宿しながら、続けて僕は今年の願い事を神様に伝えた。


 その願い事は、もちろん「受験」についての願い事である。


(志望校に合格できますように)


 実際、直前まで何をお願いしようかと考えていたりもしたが、なんだかんだやっぱりこれしかないだろうということで、僕は学業成就を祈願した。


 …姫花との恋愛成就。

 本当は、この願い事にしようかなと最初は考えていたのだ。

 しかし、この恋には「自分の力」で向き合いたいと僕は思い、あえて神様には力を借りないでおくことにした。


 僕は、僕の全力を以て姫花にこの想いを届けたい。


 完全に僕の想像だが、その方が良いと神様も言ってくれているような気がしている。


 …神様、もしよろしければ、僕のことを応援していてください。


 そして僕は一礼し、自分のお参りを終えた。

 すると、どうやら三人も同じタイミングでお参りを終えたようであり、僕たちはゆっくりとこの場を後にし始める。


「姫花っ」


「朔っ♪」


 そうして、僕と姫花は示し合わせたかのようにお互いの手を繋ぎ、いつもの感じで指を絡める。


 姫花の小さくて可愛らしい手からは、やっぱり特別な温かさが感じられ、僕はその温かさに止めどないほどの幸福感を覚えた。




___僕、姫花のこと好き過ぎるなぁ。




 僕はそんなことを思いながら笑みを溢し、そのまま姫花への想いを噛み締めた。










***










 今、僕は姫花と一緒に境内の端にあるベンチに座っている。

 なぜ悠斗と南さんがいないかというと、二人は出店を見に行ったからだ。

 悠斗がどうしても見に行きたいと駄々をこねた?ので、南さんがそれに同行をしているという感じである。

 そうして僕と姫花は、ちょうどその二人についての会話をしていた。


 話題は、二人がクリスマスの時にイルミネーションを観に行ったという内容である。


 僕は、ついさっき姫花から二人のそんな話を聞き、驚きで目を丸くした。

 だって、悠斗からはそんな話を一つも聞いてはいなかったからだ。

 しかし、何となくクリスマスの日に何かがあったような予感はしていた。

 というのも、二人と合流をする前の電車でクリスマスの日の話になった時、悠斗がその日のことを曖昧にぼかしていたからである。

 まさかそれが、二人でイルミネーションを観に行ったことだとは思わなかったが…。


「あの時の朱莉、可愛かったなぁ~♪」


 また、姫花の方もちょうどつい先ほど、僕と悠斗が公園に来るまでの間に南さんとクリスマスの話になったそうだ。

 そこで姫花は、南さんが悠斗と外出をしたというのを知ったらしい。

 クリスマスの日から南さんが何かを隠しているのは分かっていたそうだが、南さんも最初は悠斗のように曖昧な返事をし、詳しくは教えてくれなかったとのこと。

 しかし、ようやくついさっき、何度目かの追及にてクリスマスのことを白状したらしい。

 なんでも、その時に珍しく「羞恥心で身悶えした」南さんの表情が見れたのだとか。

 …合流した時に若干南さんの顔が赤かったのは、間違いなくそれが原因であろう。

 南さんは「北見がどうしてもって言うからボクは付いて行っただけで、別に何もないからっ!」と証言しているらしいが、その時の話をしている南さんの表情はとっても嬉しそうで、恐らく何か「良いこと」があったのだろうというのが姫花による見解である。


「そう言えば、今日は二人の前で、その…手を繋いでも、いじられなかったよね姫花っ?」


 今日、僕と姫花が途中まで手を繋いでいなかった理由として、二人の前で手を繋ぐのが恥ずかしかったというのが少なからずある。

 過去、二人の前で手を繋いだのは花火大会の時だが、その時は楽しそうな様子を浮かべた二人にこれでもかと僕たちはいじられた。

 しかし今日、僕と姫花はさっきから手を繋いでいるが、二人は「いつもの笑み」を浮かべるだけで、前回のようにあれこれいじってはこない。

 何なら、僕たちの様子、というか僕たちの繋がった手を、二人は「じっと」見つめてきていたほどだ。


 そして僕は今、二人のさっきまでの行動から、クリスマスの時にあった「良いこと」に対する一つの仮説を思い浮かべた。


 すると、「…もしかしてっ!」と姫花も何やら察しが付いたような声を出し、僕に視線を向けてくる。


「姫花、多分だけど…」


「うんっ、間違いないと思うっ」


 そこから僕たちは、恐らく合っているであろうその「答え」を確認するべく、座っているベンチから立ち上がり、二人の後を追うことに決めた。


「何だか隠密捜査みたいでドキドキするねっ」


「楽しみだねっ♪」


 そうして僕と姫花は手を繋ぎ、出店がある神社の外に向けて歩き始める。


 新年一発目から何をしているんだという感じではあるが、いつもは僕と姫花ばっかり「恥ずかしさ」を感じているのだ、今日くらいは二人にも同じ「恥ずかしさ」を味わってもらうことにしよう…。


 僕はそんな悪戯心を抱えながら、楽しさで胸をワクワクさせる。


___あぁ、本当に楽しい。




 今年も一年、毎日がこんな楽しいことで沢山溢れると良いな。




 僕は、心の中でそんなことを思いながら、大好きな女の子と「楽しい気持ち」を交わし合った。




 その後、隠密行動はすぐに悠斗と南さんにバレてしまったが、二人が「手を繋いでいる」ところはしっかりと確認することができ、無事に二人をいじることには成功した僕と姫花であった___。






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