第二章(3)

 その後。

 近隣の書店を何軒か二人で探し回った結果──

「いやー、まさか私の家に一番近い書店に置いてあるとは。盲点でしたね。小さい書店だからどうせ入荷してないだろうと舐めていたんですが……これぞ灯台もと暗しってやつです」

 嬉しそうに語りながら、単行本を手に抱えている小鳥。

『暗黒ワールド』の三巻が見つかったのは、街中の小さな書店であった。

 一通りの書店を回っても見つからず、諦めて帰路についた後、最後の最後にダメ元で入った書店に、一冊だけ置いてあった。

 ラスト一冊だったのか、元より入荷数が一冊だったのかはわからないけど、とにかく探し求めていた本があったのだ。

「よかったな、小鳥」

「はいっ」

 元気よく頷くが、その表情が少し曇る。

「月見先輩……あちこち付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。いやー……ついテンションが上がったというかスイッチが入ってしまったというか。是が非でも今日中に手に入れたいモードに入ってしまったので……」

「別にいいよ。俺も楽しかったし」

 気遣い……ではなく、割と本音。

 楽しかった。

 元より書店巡りは嫌いでもない。

 それに──少し懐かしかった。

 一つの漫画を探して、何軒も何軒も書店を回る……最近は漫画を買うのも電子書籍や通販ばかりになっていたから、こういう経験は久しぶりだった。

「たまにはいいだろ、こういうのも」

「ですね」

 二人で道路沿いの道を歩いていく。

 いつの間にかすっかりと日は暮れていて、店の灯りや街路灯が俺達の進む道を照らしていた。

「ちょっと遅くなってしまいましたね」

「つーか……腹が減った」

「ああ、そういえば夜ご飯、まだでしたね」

「どっかで食ってくか?」

「おっ。いいですね」

「お前の家がそういうの大丈夫なら、だけど」

「うちは連絡すれば大丈夫です。先輩は?」

「うちも全く問題なし」

「じゃあ、すみません。ゴチになります!」

「いや、奢るとは言ってねえよ」

「えー、いいじゃないですかー。経費で奢ってくださいよー」

「……よくある勘違いだが、個人事業主である漫画家の経費と、会社員の会社で落ちる経費は全く扱いが違う。そしてお前との食事は、たぶん経費には勘定できない」

 来たるべき連載に向けて、税金関係もそれなりに勉強はしている。

 編集者や同業者との食事ならば経費に勘定していいらしいけど……後輩女子との食事はちょっと厳しそうだ。

「あんまり高いところも嫌だし、適当なファミレスとか寄ってこうぜ」

「了解です。……ふふっ」

「なんだ、どうした?」

「いえ、なんていうか」

 小鳥は小さくはにかむ。

 じんわりと、なにかを噛みしめて味わうような笑顔だった。

「こういうのも、書店で漫画を買う醍醐味ですよね」

「…………」

「電子書籍や通販で済ませてたら、こんな風に先輩とファミレス行くこともなかったでしょうから」

「……ああ」

 そういう意味か。

 確かに──こんな風に放課後二人で漫画を買いに行って、ついでにご飯を食べて帰るなんて……書店に足を運ばなければありえないことだろう。

 電子書籍や通販サイトの普及で、『本を買う』という行為はどんどんパーソナルなものになってるように思う。

 利便性やスピードでは、街の書店はスマホには勝てないのかもしれない。

 でも。

 書店には書店ならではのよさがたくさんある。

 その一つが、誰かと一緒に買いに行ける、という点なのかもしれない。

「私、漫画の魅力は漫画単体では完結してないと思ってるんですよねー」

「ほう」

「雑誌連載中の熾烈な打ち切りレースも、立派な漫画の醍醐味ですし──漫画を買うときのエピソードも、漫画の魅力の一つでしょう」

「なるほど、だいぶ包括的な考え方だな」

「これから先、私は『暗黒ワールド』の三巻を読むたびに、今日のことを思い出すんだと思います」

 どこか遠い目をして、小鳥は言う。

「放課後に先輩と出かけて、最初の店にはなくて、何軒も回ってやっと見つけて、そして帰りに寄ったファミレスでは先輩に夕飯を奢ってもらって……そんな素敵な青春の一ページを、これから先の人生で何度でも思い出していくんです」

「……おい。ちょっと待て」

「それって、とっても素敵な漫画の楽しみ方だと思いませんか!」

「だから待てっつーの! 騙されねえぞ! さりげなく俺が奢る未来を確定させてんじゃねえよ!」

 キラキラした目で語りやがって。

 すっげーいい顔でやたらとエモいこと言うから、危うく流されるところだったわ。夕飯ぐらい奢ってもいいかなって思っちまったわ。

「おっと。うっかり出てしまいましたか、私の未来予知が」

「うっかりでするなよ、未来予知」

「そうですね。未来予知能力はとてつもなく扱いが難しいですから。出したはいいが上手く使いこなせなかった能力漫画をどれだけ見てきたことか……」

「そういうこと言ってるんじゃねえよ」

「さてさて、私の予知能力は的中率百%なのか、それとも精神論とか根性論とかで『未来が……変わった!』とか攻略されてしまう系のアレなのか」

「やめろ。期待するような目で見てくるな。絶対奢らねえからな」

 言い合いながら、俺達は目についたファミレスへと入っていく。

 結論から言ってしまえば──

 小鳥の未来予知は的中した。

 ファミレスでも漫画談義に花を咲かせ、あれやこれやと盛り上がり、結局俺は小鳥の分も会計を支払ってしまった。

 嫌々、というわけでもない。

 ちょっとした飯代ぐらいなら、払ってやってもいい気分になったのだ。

 小鳥がこれから『暗黒ワールド』の三巻を読むたびに今日の事を思い出してくれるのならば、俺のちょっと器のデカいエピソードをそこに挟んでおくのも悪くはないだろう。

 そんな風に思ってしまったのだ。

 そう思わされてる時点で、この小生意気な後輩の思うつぼなのかもしれないが。


------------------------------

試し読みは以上です。


続きは2024年4月25日(木)発売

『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。

------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている 望公太/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ