06 不思議な変化
不思議だ。
顔は間違いなく茜谷彩羽。もう何度も本人を見ているし間違いようがない。髪型も同じだ。
だけど醸し出す空気感は以前までの彼女とは別人と言っても良いくらい違っている。
服装の所為だろうか? でもスーツ姿の初対面時は別として、それ以降何度か遭遇した時の彼女と今の服装にそう大きな違いはない。強いて言えば少しガーリーっぽい感じで微妙に傾向が違うくらいだけど……
「あの……」
「あ、はい。大丈夫ですけど」
「ありがとうございます。では観光学部の校舎に行きましょう。使われていない講義室が開放されていますから」
「わかりました」
……やっぱり明らかに違う。こんな物腰柔らかじゃなかった。気の所為か声まで違って感じる。
「観光学部だったんですか」
「はい。観光学部のまちづくり学科です。マスコミやメディアに関する講義が多いと聞きましたので、以前のお仕事が役に立つかもと思って」
自分の専攻じゃないから詳しくはないけど、フィールドワークなんかをよくやる学科ってのはパンフで見た記憶がある。元炎上アイドルがそんな外を頻繁に出歩く学科で大丈夫なんだろうか。
でも、もし人目に付くのが嫌なら変装くらいするよな。最初から顔に関しては一切隠してないし、本人は堂々としたいんだろう。
「ここです」
観光学部の校舎は、俺達がこれから使う事になる創造心理学の校舎よりも明らかに新しかった。仕方ないとはいえ少しモヤっとするな……
「学科オリエンテーションはもう終わったんですよね?」
「はい。私は出来ればお友達を作りたかったんですけど、上手く声を掛ける事が出来ませんでした」
……何か違和感を覚える。
茜谷彩羽は炎上した過去を気にしている様子だった。切羽詰まっている感じがあった。
でも今日の彼女には何か余裕のようなものを感じる。余裕……というか、他の学生と同じ雰囲気だ。
これから始まる大学生活に対しての希望。不安よりも未知の世界に飛び込むワクワク感が強い、そんなふうに見える。足取りも軽いし声も終始穏やかだ。
もしかしたら、気持ちを切り替えたのかもしれない。それかアイドル時代の仲間や身内と連絡を取って心が落ち着いたのかも。
だとしたら、正直助かる。そりゃ元アイドルの美人とお近づきになりたい気持ちはあるけど、恋愛の教示なんて出来る訳ないしな。
「ここに入りましょう」
案内された講義室は、やはりフラットな空間。さっきまでオリエンテーションを開いていた創造心理学科の講義室よりも若干綺麗だけど、広さ自体はほぼ同じだ。
「アイドルをやっていた頃は学校にあまり来られなかったから、教室に入る時はお仕事の現場に入るより緊張したんですよね。だから、今でも少し緊張します」
そんな事を話しながら、茜谷さんは出入り口から少し離れた席に座った。
俺は……それよりも少し離れた場所に座ろう。近くの席だと緊張してしまう。
「お時間を取らせてしまってすみません。手短に済ませますので」
「……はい」
やっぱり、明らかに違う。同一の人間が一日二日でこうも変わるのか?
それとも……演じているんだろうか。
アイドルと言ってもドラマなんかに出演する時には演技を求められる。いや……アイドル自体がファンの前では演技をしている筈だ。
もしかしたら女優と呼ばれる人達よりも、アイドルの方が演技している時間が長いのかもしれない。
だとしたら、どうして俺に対してそんな真似を……?
「今まで申し訳ありませんでした。脅迫とか、付きまといのような事までしてしまって」
「あ……いえ。実害はないので別に……」
「私が今まで言った事は全て、忘れて下さい」
――――違和感は、その言葉で最高潮に達した。
「それは……」
「虫のいい話かもしれません。でも、どうしてもなかった事にして欲しいんです」
どう解釈すれば良いのかわからず、言葉が出て来ない。やっぱり誰かに相談して、今やってる事が社会的にズレまくっていると自覚したんだろうか。
例えそうだとしても……あれだけ必死になっていたのに、急にこんな変わるものなのか?
でも、俺にとっては悪い話じゃない。ここで彼女との縁は切れてしまうけど、きっと仕方のない事だ。
元々接点なんてある方がおかしい。この数日間は良い思い出になりそうだ。
「もし快諾して頂けるのなら」
けど……それは誤りだった。
「好きな所、触っても良いですよ?」
彼女の方から、あり得ない接点を作ろうとしてきた――――
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第一部完!
ご一読頂きありがとうございました!
炎上して卒業した元アイドルがネット恋愛の教祖としてバズった俺に全身全霊を懸けて頼ってくるけどちょっと早い 馬面 @umadura
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