05 友達ってどう作ったっけ
あれ以来、茜谷彩羽は大学内で俺を発見しては全力で絡んでくる厄介な存在になってしまった。
そしてわかった事がもう一つ。彼女は大学でも腫れ物扱いにされている。
多分だけど嫌われているって訳じゃない。『ネット上で派手に叩かれた人物が実際に目の前にいる』って不慣れなシチュエーションに対応できず様子見してる感じなんだろうな。
気の毒とは思う。そんな状況で友達を作るのはかなり厳しいだろう。まともな大学生活を送れるとは到底思えない。茜谷さんが今後どんな人生設計を立てているのかは知らないけど、多分芸能界じゃなくても一生元炎上アイドルって肩書きはついて回る。それがプラスに働く事もない訳じゃないだろうけど、マイナスの方が遥かに多いだろう。
けど、俺がそれを気にしても仕方ない。俺は俺でこれから頑張らなきゃいけない事が山ほどあるし。
実家から離れて生活するのは初めての経験。当然、自炊なんて経験した事がない。掃除も洗濯もお金の管理も全部自分でやっていかなきゃいけないんだ。
家賃5万2000円のボロアパートでも、俺にとっては初めて手に入れた城。交通の便も悪くないし、部屋の正面にはお堀があって見晴らしが良いのも気に入った理由の一つだ。
まずはここでの暮らしを安定させる。全ての基盤になるからな。
次は……捨て垢の処遇だな。考えるだけで気が滅入る。
切り捨てる事はいつでも出来る。正直、今後の自分の人生でフォロワー10万以上の垢を持てる気がしない。惜しむ気持ちが出ちゃうのは仕方ないよな。
ただ、フォロワーが多いって事は炎上する危険があるって事だ。『実は恋愛経験ゼロの恋愛弱者でした』なんて事がバレてみろ。世にも恥ずかしい詐欺野郎としてネタにされるに決まってる。
図らずも茜谷彩羽の件は俺に危機感を与えてくれた。知名度があると、あんな下らない事でも炎上してしまう。明日は我が身。まあ、切り捨ててしまえば幾ら炎上しようと無関係を装って普通の人生を歩める分、茜谷さんよりずっとマシなんだけど。
後は……友人の確保だ。
親や従姉から聞いた話だと、大学こそ友達の存在が不可欠らしい。上級生に人脈のある友達を確保すれば単位取得がかなり楽になるってみんな口を揃えて言ってた。
でも、そんな打算的な話はこの際どうでも良い。友達のいない学校生活がそもそも想像できない。誰とも話さずに終わる一日が怖い。
一応シュージ達とはLINEで繋がってはいる。でも向こうだって新しい生活に馴染んでいかなきゃいけない訳で、そう頻繁に連絡は来ないだろうし、こっちもし辛い。やっぱり新しい友達は必要だ。
そして、友人関係も含めた大学生活への順応。これが一番の目標だ。
観桜大学 現代心理学部 創造心理学科
……正直、何を学ぶのかは未だにピンと来てない。一応公式サイトやパンフレットは眺めてみたけど『心を科学的に分析する』って言われてもイマイチ良くわからない。今までのように現国・数学・物理・英語……みたいな感じじゃなくなったのだけは理解できるけども。
それとサークルもだ。
中高でソフトテニスは卒業するつもりだ。そもそも大学からは軟式じゃなくて硬式が主流だし。今更一から硬式を始めるつもりはない。
入学式の時は凄かったな……会場を出た途端にサークル勧誘の嵐だった。高校の部活勧誘の比じゃなかった。
従姉が言うには、サークルにも地雷が存在するらしい。テニスサークルと思いきやただの飲みサー……なんてのは可愛いくらいで、中にはイジメが常態化していたり黒い交際をしていたりする所もあるそうだ。観桜大学にそんなサークルはないと思うけど油断は出来ない。
そういう知識を得る為にも、先輩もしくは親しい先輩のいる同級生と仲良くなるメリットはある。それは打算だけど納得のいく打算だ。
サークルじゃなくてバイトをやるって選択も当然ある。ちょっと怖さもあるけど、親から振り込んで貰う生活資金だけじゃ心許ない。ただ割の良いバイトよりも過ごしやすい職場の方が良いな。
そうそう、履修登録についても考えないと。高校までとは違って自分でやらなきゃいけない事が多すぎる……
ま、何にしてもまずは明日の学科オリエンテーションだな。説明会みたいなものって書いてあるけど、そこで同じ学科の奴と顔を合わせる事になる。
友達が出来ると良いな……
「では皆さん、あまり緊張せずに聞いて下さい。私たち創造心理学科は――――」
幸い……って思うのは失礼かもしれないけど、取り敢えず茜谷彩羽は同じ学科じゃなさそうだ。姿が見えない。
それにしても、大学の講義室って映画館や多目的ホールみたいに傾斜があるイメージだったけど、普通のフラットな会議室なんだな。ここだけそうなのかな?
「なあなあ、茜谷彩羽って知ってる?」
……っと。
俺に話しかけて来たのかと思った。後ろの奴にか。ビックリした。
「あー。なんか炎上してた奴」
「そそ。この大学にいるんだってさ。俺らと同じ新入生」
「フーン」
……なんかリアクション薄いな。元アイドルがいるっつっても実際にはこんなもんか。まあ俺もアイドルの事はよく知らないから、関わりがなけりゃ似たようなリアクションだったかもしれない。
「それよりあそこの席の子、可愛くね? 一番後ろの右から二番目の席」
「マジ? ……おおー! ヤベっ」
アイドルを『それより』扱いするレベルの子がいるのか? いやいや、幾らなんでもそれは……
……いた。
いや、茜谷さんより別格に可愛いって訳じゃない。ってかそんな人は日本に多分いない。
だけど同格くらいなのは確かだ。タイプは全く違うけど、相当整ってる。
茜谷さんは目力が強くて小顔の、如何にもアイドルって顔つき。それに対してあの子は爽やかで素朴な感じの可愛さだ。両サイドを控えめに束ねてる髪型も似合ってる。
「ピュアっぽいのが良いよな」
「大学に染まる前になんとかしてやりてーよな」
いや何目線なんだよ……友達は作りたいけど、多分あいつらとは気が合わないだろうな。
でも困ったな。想像以上に既にグループが出来上がっちゃってる。左右の席も何人かで雑談してるし……その中に入って行くには相当な勇気が必要だ。
ここで友達を作れないとますますぼっちになってしまう。でも合わないグループに入るのだけは避けたい。
どうすれば……
「創造心理学というのは一般用語ではありません。ただこの字面から想像はしやすいかと思います。人間は心の中で様々なものをイメージする事で創造していきます。例えば恋心」
……ん? 今『恋心』って言った?
「人間はどのように他人に恋し、どのように愛情を育んでいくのか。その過程で何を創造していくのか。例えばそんなテーマで心を繙いていくのが、この学科で皆さんが学ぶ事です」
そんな事まで教えるのか。ちょっと意外だな。少なくともパンフレットには『恋』なんて文字は一つも書いてなかったのに。新入生が食いつきやすいように敢えてキャッチーな例を挙げたのかな。
踊らされている気もするけど、大学で何を学ぶのか少しだけわかった気がする。でもそれが将来どんな職業に役立つのかはイマイチ想像できないけど。
一旦友達の事は忘れて、講義に集中するか――――
「では以上で学科オリエンテーションは終了です。他の学科が使いますので、速やかに退室して下さい」
……なんか結局ピンと来なかったな。心理学を使って仕事や家庭の様々な場面で方法論を構築する……とか何とか言ってたけど、具体性がないからよくわからない。ま、実際に講義を受けていけば多少は理解できるだろう。
出来るなら、大学の講義で『恋愛感情とは何か』を学びたいもんだ。それを教えてくれるのなら高い学費を払う甲斐もある。
さて、今日はもう何もないし買い物して帰るか。
結局友達を作る事は出来なかった。でも両耳から聞こえてくる自分に全く縁のなさそうな雑談の内容が、モチベーションを一気に落としてしまった。
友達は作りたい。でも誰でも良いって訳じゃない。入ったグループの空気を悪くしたくもない。
……茜谷さんもそんな気持ちでアイドルを卒業したんだろうか。そんな事を考えると、少しだけ共感してしまった。
「ふぅ……」
校舎を出た途端、妙な開放感で満たされる。生温い風が心地良く感じるくらいに。
大学の校舎は想像していたより狭い。受験の時にも感じたけど想像していたほどの特別感がない。
まあ高校までとは違って校舎が幾つもあるから、もっと広い所もあるとは思うけど……
「あの……すみません」
不意に背後から声。振り向くとそこには――――
「少しだけ、お時間良いですか?」
先日とはまるで別人のような雰囲気の茜谷彩羽がいた。
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