04 炎上アイドルは混乱している

 高校生アイドル、彼氏バレ?「もし恋人がいたら」具体的すぎるトークにファン怒りの声 本人否定&謝罪も炎上おさまらず


 アイドルグループ「Doll-Chase」メンバーの茜谷彩羽さんが12月24日にX(Twitter)を更新。クリスマスイヴにちなんで「もし恋人がいたら何をしたいか」という内容で投稿し、その具体的すぎる内容が物議を醸しました。投稿内で茜谷さんは人気の夜景スポットの具体名などを挙げ、「ここに行くなら4度目のデートくらいがちょうど良い。3度目でも5度目でもピンと来ない」など実際に体験したエピソードのような内容を記し、ファンの間では「これ絶対実体験じゃん……」「いろはね終わった」など失望する声が多数寄せられました。茜谷さんはそれを受け、自分の体験談ではないと否定し「誤解させるような事を書いてしまい申し訳ありませんでした」と謝罪。その後に「妄想でもダメなんだね」と呟いた事で「本当は男と遊びたいんだな」「妄想じゃなくて空想な」など怒りの声が収まらず、再び謝罪する事態となりました。


「……」


 フリーWi-Fiを利用して『茜谷彩羽 炎上』を検索したら一瞬で出て来たこの1年3ヶ月前の記事。覚えていた理由は単純で、こんな下らない事でイヴの日に炎上なんて可哀想なアイドルもいるんだな……って同情したからだ。


「あの……あんまり見ないで。ホントに恥ずかしいから」


「あ。ごめんなさい」


 何にせよ彼女が何者なのかはこれでわかった。


 それと、俺に接触してきた理由も。


「ホントに彼氏とかいなくて、ただ24日だからファンの人達に何かサービス出来たら良いなって思って、グループの子に相談したら『疑似恋愛トークが良いよ』って教えて貰って」


「疑似恋愛トーク?」


「……私と恋人同士になったって想像が捗るトーク」


 答えながら、茜谷さんはずっと真っ赤なまま覇気のない顔をしていた。


「だから具体的な方が想像しやすいかなって思って……そしたらあんな事になって……グループのみんなとマネージャーは気にするなって言ってくれたけど、こんな事でグループの印象悪くするのって耐えられないでしょ? だから卒業するって決めて」


「それから受験勉強を始めたんですか?」


「うん。もうアイドルじゃなくなったし、だったら普通の学生生活を楽しもうって思ったんだけど……無理で。やっぱりホラ、悪目立ちしちゃったから周りに気を遣わせちゃって。だったら一旦全部リセットして『大学生になって青春取り戻すぞ!』みたいな感じ?」


 要は腫れ物扱いされてアイドルとしても高校生としても息が詰まったから、大学デビューしようって訳か。


 観桜大学は難関ってほどの偏差値じゃない。医学部を除けば学部間の格差も小さいし、不可能って訳じゃないだろう。実際合格したみたいだし。


「でもね……このままじゃ私、まともな恋愛できないって思うんだよね。それ絡みで炎上しちゃったし。絶対そういう目で見られるし。卒業したのは自分の意志だけど『本当は仕事より男を取ったんでしょ?』って世間から思われてるのも知ってるから」


「自意識過剰では」


「……そうよね。私が思ってるほど茜谷彩羽なんてみんな知らないんだよね」


 そんな意味で言ったんじゃないんだけど、どうやら完全にネガティブスパイラルに入ってしまっている。何でも悪い方に受け取ってしまう精神状態だ。


「でも私自身が恋愛って何なのかもうわからなくなっちゃっててね……ずっと恋愛禁止でやってきたから」


 あれ、ちゃんと守る人いたんだ……


「だからね、貴方みたいな恋愛マスターに教えを請いたいって思ったの。最近フォロワー数10万人超えたでしょ? 凄いよね。恋愛縛りでそんなに行くって。私も一応アイドルだったから、フォロワーの数がどれだけ重要かは身をもって知ってるから」


「いや、あれは……」


「お願いします! 私に恋愛を指南して下さい! 炎上した元アイドルでもキラキラした恋愛したいんです!」


 ……ダメだ。聞く耳持ってくれない。


 傍から見てもこの人は今、完全に迷走している。炎上ってここまで人の心をかき乱すのか。怖過ぎるだろ……


 確かに同情すべき事情だ。それに、アイドルになれるくらい可愛い子と懇意に出来るチャンスでもある。見ようによっちゃ美味しい状況かもしれない。


 でも彼女が期待しているのはネットで恋愛の教祖と呼ばれている人物。恋愛に関して酸いも甘いもかみ分けるカリスマ。Tiktokで恋愛相談を受けて、軽妙なトークでイイ感じの答えを提示するインフルエンサーを想像しているんだろう。


 生憎、俺はその真逆を行く男。恋愛経験なんてゼロだし、そもそも恋愛感情が何かすら知らない。


「私、ファイティングポエマーさんの投稿に励まされてきたんです。大学の合格が決まるまで不安で眠れない日が続いてて、そんな時に貴方の投稿を見て私もこんな恋愛がしたいって思ったんです。『好きになりたいって気持ちがなくなった時に恋って言うんだよ。』が一番好き。『好きになった瞬間の事が思い出せなくてごめんねって言ったら「そういうトコ好きだよ」って言ってくれた。もう忘れない』も。こういう恋がしたいんです。だからお願いします!」


 ……貴女が見たそれらの投稿も、シュージが気分ノった時にカマしていたポエムをアレンジしただけの中身空っぽなやつです。本当にごめんなさい。


 これは良くない。ハードルが上がり過ぎてる。到底彼女の期待には応えられない。


 今までは後ろめたい気持ちがある一方、収益化は一切していないから詐欺行為って自覚はなかった。でもここまであの一連の投稿に入れ込んでいる人を目の当たりにすると、自分がやっている事が酷く邪悪に思えて仕方ない。


「あの……」


「はい!」


「すみません。他を当たって下さい」


「……」


 反応がない。怖い。逆に怖い。


 でもこっちの意志はちゃんと伝えた。これ以上関わるつもりもない。元アイドルと知り合いになれるチャンスなんてもう二度とないだろうけど、それより今の生活を脅かされたくない気持ちが強い。


「……理由」


「え?」


「理由を聞いて良い?」


 声色が変わった。さっきまでは猫被ってたのか?


「私が……炎上アイドルだったから?」


 違う。


 茜谷彩羽は、目に涙を浮かべていた。


「そんな奴とは関わりたくない?」


「……」


 目に映るもの、耳に聞こえる事全てが正しいとは言えない。この涙も、彼女の話も。


 脅迫行為に及んだのも切羽詰まっていたから――――なんてのも、俺の好意的解釈かもしれない。


 でも俺にはどうしても、彼女が嘘をついているとは思えなかった。


「……わかりました。本当の事を話します」


 俺自身が嘘つきだからだ。


 だからせめて、それだけは謝ろうと思った。真実を話して納得して貰えれば、俺に失望するだけの無駄な時間だったで終わりだ。


 それで良い。彼女には幾らでも味方になってくれる人がいるだろう。今はアイドル時代の炎上体験で疑心暗鬼になってるけど、大学生活の中できっと彼女の力になろうとする人が現れる。


 それは俺じゃない。


「――――って訳で、本当の俺は恋愛の教祖なんかじゃないんだ」


 大分端折ったり掻い摘んだりはしたけど、本当の事を話した。


 これで彼女も納得してくれる筈だ。



「……ない」


「え?」


「そんな見え透いた嘘、私信じない! だって何処からかコピペしてないか調べたけど全部オリジナルだったし! あれだけの人が見てるのにパクりって話全然出て来てないし! 私に教えるのが面倒臭くて嘘ついてるんでしょ!?」


「えー……違うって」


 そりゃ完パクじゃないけどさ。プライバシーの観点からシュージの名前を出さなかったのが裏目に出ちゃった。


「……あーもうこんな時間」


 スマホをチラ見した茜谷さんは、しかめっ面でそれを仕舞って立ち上がった。そういう顔も可愛いのは人生大分得してるよな。


「私、諦めないから」


 そんな捨て台詞を言い残し、個室から出て行った。


 ……まるで台風みたいな人だったな。


 気の毒に思う気持ちはある。けど俺には何の力にもなれそうにない。それに俺自身、あのアカウントを今後どうしていくべきかで悩んでいる。来週から始まる大学生活でどうやって友達を作ろうかって課題もある。他人の事情に気を揉んでいる暇はない。


 それに――――


「俺一人で支払うのか……」


 スマホ決済だから足りないって事はないけど、憂鬱だ。


 そんな事を考えていると、再び個室の扉がゆっくりと開いた。


「……ここは私が払います」


 顔を真っ赤にした茜谷さんはそれだけを言い残し、再び去って行った。




 それが、俺――――藍原律希あいはら りつきと茜谷彩羽の馴れ初めだった。






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