サイコ松村、進撃ス2
……………
「はっ……」
「起きたかい。コーヒーを飲んだ割によく眠っていたようだね」
存在しない女の声を聞きながら、松村は周囲を見回す。クッションのような天井・壁・床に囲まれた白い部屋……。身体は拘束されていないが、出口は固く閉ざされている。
「……ここは……」
「言っとくけど私は知らないよ、君の幻覚なんだから」
「……言うな。それくらい知ってる。君も知ってることを知っているだろ」
松村の虚空への声に反応してか、部屋のどこか、クッションの中にあるのだろうか、スピーカーから音が響く。そして、先程の黒服のうちの一人の声が響く。
『君の部屋の心地はどうだね、松村ユウジ君』
松村は何時の間にか洗濯されたリクルートスーツのネクタイを緩め、その場に横になる。
「家よりもずっといい。だが、うるさいのが要るのは不愉快だな。まあ、それは僕個人の脳や精神の問題だ。あなたのせいではない。まあ、ともかくとして、僕は今すっきりしている。今ならあなたとゆっくり話せそうだ。対面はやめてくれよ、僕は今言ったように脳と精神が不安定だ。君の顔を見るとまた暴れ出すかもしれない。暴れ出さないかもしれない。今度は逆に自殺しようとするかもしれない。とにかくまあ、話を聞くよ」
『では、このまま続けようか……。君は我々の『エージェント』として飼われている。生殺与奪はこちらにある。君の一存で君の生命を決定することはできない。自殺も許さない』
「ふうん。そりゃ良い。僕も家族を悲しませずに済む。安心だ」
「君一人だと自殺に走るだろうからネ」
存在しない彼女は笑ってそう言う。
スピーカーの向こうの彼もご満悦だ。
『素晴らしい。君の資質を我々は大いに買っている。君のような人間はそうそういないのだよ。……だからこそ、こうして捕まえて来た』
「で? 仕事というのは何? もしかして事務作業か何かかい? それは嫌だなァ、人と関わるのも嫌だよ、殺すか自殺するかしてしまいそうになる。しないこともよくあるけど最終的にはそうなるよ、きっと」
『安心したまえ、君に向いたことしかやらせないよ。前に言ったように、我々は社会を構成するような組織ではないのだから、そんな社会的な行為を、君のような人間に任せる様な愚かなしがらみはない』
「そうかなァ、ヤクザやマフィアだって適性のない反社会的な人間集めてそう言う事が重要になるような仕事とかをやらせるか使い捨て集めて逃げられなくするかしかしてないからなァ……」
『大丈夫さ、我々はここ以外の業界でもやっていけるような人間がこの業界でのみ生きることを選んだ連中で運営されている。君はちょっと特殊なケースだがね』
「ふーん。なんか宗教か何かだろうな。で、仕事は?」
『やはり君は聡い……。そうだな。本題に入ろうか……。まず、君の仕事は無抵抗で殴られる事だ、何、直ぐに終わる』
松村は怪訝な顔をする。存在しない彼女はにやにやと笑いながら、松村の近くに寄る。彼女がにやけて寄ってくると言う事、それは松村にとって不吉なことが起きる予兆のようなものだった。
「今回のは凄いよ」
にやけた顔で彼女はそう言い、横になる松村の隣に座った。直後、壁の白いクッションの一部が開き、そこから一人の黒服が現れる。それは、さっき見た顔だった。松村が頭突きを二発食らわせ、スタンガンを奪い取った方だ。黒服はへし折れた鼻にギブスのようなものを付けて、松村を怪訝な目つきで見て言う。
「さっきはどうも」
松村は彼を見るとすぐに起き上がり、神妙な顔で姿勢を正し、ネクタイをキッチリ締め直して土下座した。
「さっきはすみませんでした。100%抵抗した僕が悪いです」
それは松村の本心だった。黒服はちょっと動揺したが、憐れむような目で見た後、口を開く。
「ああ……その……。まあ、おれも仕事だったから……。アレだ、今回も、仕事でな、お前を殴るワケだが……その、あまり暴れないでくれないか、アンタはおれの動きやら動向を見ていればいいんだ」
松村は土下座を続ける。
「それは約束できません。さっきみたいに暴れると思います。そちらのやり方によっては無抵抗になるかもしれませんが……」
存在しない女は床に頭をこすりつける松村に言う。
「アホみたいな状況だね。でも、向こうも仕事なんだし、仕方ないみたいよ。ほら、拳を用意している……今回は徒手空拳みたいだね」
黒服は松村に言う。
「とりあえず、顔を上げて、おれを観ていろ。おれの殴りや、動き、それ以外の全ても、観る……というよりも感じるのが正しいか……だが、観るのが一番早い。おれも人をいたぶる趣味はない……早く終わらせよう」
松村は立ち上がり、黒服を見る。彼は拳を握り締め、殴る用意をしている。松村は殴られる用意をする。存在しない女は笑ってそれを眺めている。
『ドガッ!』
「!?」
松村はみぞおちにしっかりと拳を受けた。だが、松村の期待とは裏腹に、痛みも衝撃もなかった。そこにあるのは一つの感覚。何か、大きな力が松村の腹部と黒服の拳の間で動き、拳とその力による衝撃がどこかへ消え去ったと言う事である。
松村の目……いや、目を閉じていても『感じられる』その感覚は生命体……『エネルギー』の動きをあらわしていることが松村にはすぐに理解できた。
彼の耳元で、存在しない声が囁く。
「もう、戻れはしない」
松村は世界に対する認識を一気に変えられ、その驚きや今までにない感覚に戸惑い、立ち尽くしてしまった。
(サイコ松村、進撃ス3に続く)
【即興クソ小説短編集】 パルプ・マガジン 臆病虚弱 @okubyoukyojaku
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