〖短編〗純情感情論争

YURitoIKA

夜の東側

 彼氏と別れた帰り道。

 なにも感情が湧いてこない。

 ぬるま湯に浸かっているようなむず痒い居心地。

 ヘッドフォンから爆音で流れてるはずのKAT-TUNのみんなの声も、なんつってるか分からない。

 駅を出る。雨が降っている。

 そういえば今日の予報は雨だった。

 傘は持っている。

 小雨だ。ちょっと強めでうざったい程度の。

 周りの人達はみんな傘をさして歩いていく。

 雨に打たれてわたしは突っ立っている。


      空白。


 ──別に理由はないけど。

   ただなんとなく。

   傘をささずに、

   わたしは歩き出した──


   ◆


 お互いに薄々感じていた。この関係がいつまでも続くことは無い、と。終着駅の待つ敷かれたレールの上を走る列車のように時間の問題だったわけだ。

 わたしはお酒を飲むのが好きだ。嫌なことを忘れられるから、とか。男と飲む酒が美味い、とか。そんなんじゃない。もっと珍味な理由だ。

 お酒を飲んでいるわたしのことが好きなんだ。

 大人の味。美味しいと必死に思い込もうとしている時点で答えは出ている。味が濃いのか薄いのかよく分からないモノが美味しいわけないだろう。

 大人になったことを味わう時間。それを手放したくないのだ。大人の女になったという優越感。周りのみんなに自分の魅力を見せびらかしたいという自己啓示欲。……そっか。彼氏を作ったのも、結局はそーゆーところに辿り着くわけだ。


『このみちゃんはどんな子がタイプなの?』

『え、ほらふつうに。なんていうかなぁ……。K-POPうたってそうな人?』

『まじめに』

『ブルダック好きだったらなんでもいいかな』

『いないんじゃん』

『ブルダックに謝れよ』


 そんな会話があったり。つまりわたしはタイプとか、ない。好きなタイプの男子なんて、小学校のお道具箱に置いてきた。

 彼氏がいない。その数文字が大人になった女わたしを穢すような気がしてたまらなかった。遊んでいる感じがしなかった。インスタやビーリアルに華を飾りたかった。誰かにぶちまける不幸話の種が欲しかった。子供が玩具をねだるように、わたしは大学生になって、手頃な男を側に寄せていたかった。 

 恋は桃色? 春の色?

 配色が間違っている。

 恋とは、空っぽな黒色だ。


 ──小雨の夜空。

 そう、こんな色だよ。今のわたしにぴったりな色。……温い風が吹く。気分が悪くなる温度だけど、夜の匂いで絶妙なバランスが取れている。家に帰りたくないくらいには、この世界が好きかもしれない。


 ふと思う。

 〝好き〟って彼に何回言ったっけ。輪ゴムのように伸びた今の心なら、あの雲の上で見えないお月さまの分だけ素直になれる気がする。


「好きだよ」


 するりと言えた。


 そっか──。 彼の前じゃないとこんなに楽に口から出てきた。


 わたしってば、嘘、苦手なんだね。


   ◆


 何も買う予定が無いのにコンビニに入ったり公園に入ってびしょびしょに濡れた遊具を意味もなく眺めたりして時間を潰し、ようやく家に帰ってきた。

 そういえば今日、なんとなくスマホを見る気分に一度とてならなかったので、通知がかなり溜まってる。その中にはお母さんからの連絡もあって、今日の夕飯が必要なのかどうかの確認だった。

 もちろん無視をしたので、母からは怒りのスタンプ連打と『いらないのね』の一言。ちなみに夕飯は食べてきてない。どうせ味がしないから。


「ふぅ」


 手洗いうがいに荷物を片付けて、自室のベッドの上にダイビング。彼とのLINEを開いてみる。やっぱり通知も新しいメッセージも来ていない。ブロックは……されてるのかな。でも彼、そーゆーこと自分からするタイプじゃないよな。わたしのアクションにオウム返しをするだけの、主体性のない男だったもの。つーか世間の男って大抵そんなもんだろうけどね。思わせぶりな行動だけの、顔を整えたナマケモノだ。

 あー、するする男の悪口が出てくるあたり、わたしも磨かれたな。主に心が。

 ビーリアルのアカウント。あいつを削除。インスタ。ブロック。LINE。ブロック。スマホの写真フォルダを開く。彼と写ってる写真を削除。

 削除。 削除、削除、削除、削除、削除。 また削除。


「こんなとこいったっけ」


 削除。


「もう数ヶ月経つんだ」


 削除。


「ここ行ったとき赤髪だったんだ、わたし」


 削除。


 ──結局こうやって自然消滅していくんだろう。

 恋も涙も雨も変わらない。


 削除──。


 この恋が見世物だったらいいのに。


 削除──。


 どっちが悪か、誰かが木槌を叩いてくれたらどれだけいいか。


 削除──。


 でも現実の恋は、白と黒を決着できるのはわたしとあいつしかいない。


 ならせめて──。


 木槌でぶん殴り合って死んだほうが負けとか。 潔い終わり方がよかったな………………………。












































                        











      寝落ち。



 目が覚めて、スマホを起動すると、充電切れ間近の表示と午前4時の表示。今日1限あったっけ……あったよな……まいっか。そこにいたお前1限が悪いってことで。

 メイクもろくに落とさずガサガサになった肌と油のついたボサボサ髪。ビーリアルに写真を投稿して『魔人ブウ』とかタイトルつけちゃいたいくらいの醜態を晒しながら、ベランダに出てみる。

 わたしの家はマンションの11階にあるから、比較的そこらの家より月にも太陽にも近い。

 丁度夜が終わって朝がやってくるタイミングだった。ここからだと綺麗に見える。写真に収めようとスマホを取り出すと──今更気づく。消し忘れた彼との写真。初デートのディズニーで撮った写真を、ロック画面にしていたことに。

 削除したところでスマホの電池が切れた。


「…………」


 もう一度、昇りかけの太陽を眺める。

 夜の東側。希望の灯火ってやつ。別に恋愛にオチとか正しさとか、求めてない。眩しいようで、薄暗いどっちつかずな半端なシナリオ。そんなもん。


「あれは眩しすぎるけど」


 朝が夜を焦がしていく。うざったいほどわたしを照らして、わたしを追い詰めるお日様は無慈悲だ。


「      」


 その時わたしがどんな表情をしていたのかなんて知らないし知る気もないけど、とりあえずこの頬を伝う温い涙を、必死で手で抑え込む。

 あいつにこの涙を取られたくなかった。この涙はわたしが招いたもので、わたしのためにあって、わたしだけの罪。



    ──「ごめんね」



   ◆


 恋にオチとかないので。後日談的なくだらない蛇足を付け足しておく。


「なんかもうシリアス飽きたから酒飲もうぜ!」


「一応聞いとくけどウチ先輩だよね?」

「選ばれたのはウーロンでした! はい、チャー」

「一応聞いとくけどウチ先輩だよね?」


 カチンッ。

 あまりにも、な乾杯の音頭でわたしのウーロンハイ入りグラスとと先輩のレモンサワー入りグラスのぶつかる音が響く。ちなみに今日は珍しく横浜の野毛で飲んでたりする。


「あと綾鷹って言いたいんだろうけどあれ緑茶」

「先輩って彼氏できたことないんでしたっけ」

「まぁ作らないだけだけどね」

「彼氏できないんすねー」

「もうこいつぶっ殺そうかな」

「先輩、わたし恋について完璧に理解しました。悟り、開いちゃいました」

「うん」

「わたし、叶わぬ愛こそが恋だと気づいたんです。夢物語に近いほうが、居心地がいいんだって。だからわたし、歌舞伎町でローランドみたいな人と酒を飲み明かそうかなって」

「…………」

「どうです? 悟り開いたわたしに寺作りたくなっちゃいました? 賽銭かましたくなっちゃいました? 崇めたいっすか?」

「………。綾鷹飲もっか」


   ◆


 駅を出ると、やっぱり小雨が降っている。あの日よりは弱め。傘をささない人がちょい多め。

 こうしている間にも、夜は着々と暮れていく。朝は段々と近づいてくる。隣り合わせの明日が待っている。そんなめまぐるしい毎日の中で、わたしはきっとまた恋をする。その恋がハッピーエンドに向かうのかバッドエンドに向かうのかなんて分からないけど、でも人を好きになるんだと思う。


 恋に世論や理論は通じない。

 他言も予言も要りやしない。

 予測も計測もできるわけがない。


 だからまた、好きになる。

 そんなリアル。


「今日は三枚あるんだな〜」


 ビーリアルを起動して、本日三枚目のビーリアルをパシャリ。暗くてよく見えない。けど、今日のこの瞬間を残しておきたかった。


 甘いものを食べて帰ろう。


 帰りにコンビニに寄って、お酒とチョコを買うことを決めたわたしの足取りは、軽やかだった。


 ゆっくり。

 ゆっくり、夜は暮れる。


 夜間飛行。


 わたしの進む先には、赤い空が待っている──。




                    /おしまい

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